嫌な予感に、彼らは顔を見合わせた。
 
「何があったんだ…!?プリシアは!?」
「ただ事ではないみたいですね、急がないと!」
 
 ガチャガチャと装甲板のふれあう音とともに菊一文字は走り出した。


 
 目の前に立った少女に、SAYは問い掛けた。
 
「そう…やっぱりあんたが『村雨』なの」
 
 SAYの言葉にCGの天女はにっこりとうなづいた。
まとった薄絹がふわりと舞う。
 
「わたくし、退屈してますの。遊んでいただけます?」
「なにをするつもり? しりとりでもしようって言うの?」
「あ、それはおもしろそうですわ♪ やりましょやりましょ♪」
 
 皮肉のつもりで言った言葉に、村雨はぽふぽふと手をたたいてはしゃぐ。
 
「普通にやったんじゃ面白くないから…どうぶつしりとりにしましょうよ♪姉様からどうぞ♪」
「え……じゃぁ………………ねこ」
「こ…ですのね? えーとえーと………ことり♪」
 
 すっかりペースに乗せられて、SAYはしりとりにつきあわされてしまった……(^-^;;;
 


 
「だぁぁぁっ! ちっくしょー!!!」
 
 跳び起きるなり白髪の少年は大声でわめいた。黄金の瞳がらんらんと輝いている。
まだ、耳鳴りはするし、視力も回復していない。
けれど、フェンリルがその場から姿を消した事だけはすぐに分かった。
 
「どこ行きやがったんだ!? あのやろー 向こうに合わせて刀使ったのに・・・ゆるせん!」
「さわいだって無駄だよ。とっくに逃げちゃってるはずだし…怪我しなかっただけでもラッキーだったと思わなきゃ」
 
 騒ぎ立てる彼をフェイが冷静に制止する。
爆発の中心から離れていたのでそれほど被害を受けなかったらしい。
あの手榴弾は、音と光だけの見かけ倒しだったらしい。
直撃を受けたと思った瞬間には生きた心地はしなかったが。
 …本物なら、確実に死んでいた…、いや…確実に仕留められたはずだ。
生かしておく理由があるのか…もしくはそれだけの余裕があるという事なのだろうか…。
 
「……くっ…」
 
 北は、頭を振ると身を起こした。強い光に焼かれた目の奥がじんじんする。
数回瞬きをして、彼は刀を拾い上げた。
刃こぼれした刀身を目を細めて見つめる。まだ、右手には軽いしびれが残っていた。
 今まで斬った事のある生き物とは全く異質な手応え。
むしろそれは固い金属隗を叩いたときのような…。
肉を斬る感触も確かに感じた。その証拠に、刃には血糊がこびりついている。
 
「アイツは……」
 
 先ほどまでそこに止まっていたエレベーターは既に無かった。
他のも電源が通っているようには見えない。
ゆっくりと立ち上がると彼は刀を鞘に納め非常階段に向かって歩き出した。
 
「先を見てくる」
「うん…気を付けてください」
 
 やっと見えるようになってきた目で、フェイは彼の背中を見送った。
 
「ずいぶんと見事な銀髪・・・・・・それに 逃げるにしてもあの手際のよさは・・・やっぱり」
 
 心当たりは一つしかなかった。…それほど詳しく知っているわけではないけれど。
しばらく考えて、フェイは小さくうなづいた。
 
「ねえ、ニィ。
トランシーバーでミチアキさんに、 ほかの人たちの中で誰か、フェンリルという人物に詳しい人がいないか探してもらって。
なるべく詳しい情報を教えてもらうんだ。・・・できる?。」
「あ、うん。できるけどさぁ、フェンリルってアイツの事? 何でフェイが知ってんの?」
「んー…自信はないけどさ、知り合いがちょっとね」
 
 納得いかないような表情で、白髪の少年はトランシーバーのボタンを押した。



 
「うん、分かった。…多分マスターなら知ってると思うけどさぁ…。
とりあえず、SAYさんたちにも知らせとくね。データベースから何か引き出せるかもしれないし。
じゃぁ…頑張ってね」
 
 何度かうなづくと、ミチアキは通信を切った。次に、もう一台のPHSの方を呼び出し、用件を手短に伝える。
 
「……それじゃ、おねがいします」
 
 PHSを置くと、ミチアキは小さく息をついた。
フェンリル…誰なんだろう。この施設をたった一人で制圧してしまった人。
そんな事が出来るなんてよっぽど強いか、中に詳しくなければ無理だろう。
 
「まったく…どーしてこんな時に限ってマスターはっ!」
「……呼んだか? ミチアキ」
 
 背後から突然聞こえた聴きなれた声に、ミチアキはゆっくりと振り向く。
 
でぇぇぇぇぇっ!!!!!!!! 何でこんなとこにいるんですかマスター!?」
 
 彼の肩くらいまでの身長の若い女が、人の悪い笑みを浮かべて背後に立っていた。
 
「何でって…、いてはいかんのか? 呼ばれたから来ただけだが…」
「いるなら居るで早く来てくださいよ! どんなことになってんのか分かってるんですか!?」
 
 早口で問い詰めるミチアキを、彼女はにやにやと楽しそうに見上げる。
 
「あぁ、知ってるさ。ちゃんとな。…だから、私は何もしなくて良いんだよ」
「…え…? 何で???」
 
 そして、彼女が告げた言葉にミチアキは愕然とした。
 
「そっ…そんな事のために貴女は!? 分かってるんですか!みんな命懸けなんですよ!?」
「心配はいらないよ。もうすぐ終わるからな」
「そんな悠長な事言ってるばあいなんですか!? もういいです!僕が行きますっ!!」
 
 どんっと、彼女を突き飛ばすようにして、ミチアキは駆け出した。
足元がふわりと浮き、ぐんぐんとスピードを上げる。
 
「全く…とっさにシステムキーまで奪っていくとはあの子もやるな…」
 
苦笑いすると、彼女は時計を見あげた。
 
「残り時間は…それだけか……どこまで出来る? 鋭雪……」



 
 第二通信室で、SAYはディスプレイとにらみ合っていた。
時折素早いタッチで何かを打ち込んでいる。
 
「ねぇ…『フェンリル』ってキーワードで何か検索できる?」
「それどころじゃないわよ!『る』のつくどうぶつ!あんた達も考えてってば!」
「る……ですか?」
 
 訳の分からないといった表情で、ショウと雷牙は顔を見合わせた。
 
「……そうですねぇ……るりあげは…なんていうのは?」
「ありがと。……さすがは最新鋭の人工頭脳……手強いわね……」
「って……なにやってんの?」
「何って……しりとりに決まってるじゃない」
 
 また、ふたりは顔を見合わせた。
 


 

「そっちの方が楽しいかな?」
 
 興味津々といった様子で彼の事を覗き込んでる少女に、フェンリルは苦笑した。
 
「…そうだな。手伝ってくれるなら面白いものを見せてやってもかまわないが?」
「面白いもの? なになに?」
 
 フェンリルはちらりと、腕時計を見た。
これ以上長く止めておくと悪影響が出そうだ。そう思った。
 左手で、耳元のピアスに触れ、彼は小さく数言つぶやいた。
 
「ほら、外を見てみな」
 
 透明な硬質プラスチックの壁に、プリシアはぴったりと張り付いて覗き込む。
コアは黒曜石のような鈍く暗い輝きを放っている。
 
 ぽうっと音も無く、中心部に青い炎が灯った。
煌きがその炎から舞い上がり、ゆっくりと輝きを増す。
 
「うわ〜!!!! すごぉい♪」
「こんな景色めったに見れるもんじゃねーだろ?しかもこんな特別席で」
「うんうん、きれー♪」
 
 窓にかじりつくようにプリシアはその光景に魅入っていた。
輝きがゆっくりと巨大なコアに広がっていく。
 
「……あと一時間か…」
 
 とりあえず、それだけは稼がなければならない。
そこまで持ちこたえれば自分の勝ちだ。
この娘がどのくらい役に立つのかは未知数だが、それでも時間稼ぎくらいはできるだろう。
 
「あぁ、そうだ。「村雨」の奴がお前に会いたがってるな。行くか?」
「むらさめってだれ?」
「ここのメインシステムさ。最新鋭の人工頭脳だぞ。
実体を持たないホログラフだけどな」
 
 ふーん、と彼女は首を傾げながらうなづいた。
 
「んじゃぁ…あたしはなにをすればいいのかな?」
「……そうだな………」
 



 
「なんだ…この匂い!」
 
 わずかに感じた硝煙の匂いが、彼を焦らせていた。
さっきの轟音といい、何かあったに違いない。
 やっと辿り着いたエレベーターホールには先ほど彼らを追い抜いていったフェイと白髪の少年の姿があった。
床の上には幾つかの血の跡が見える。
 
「大丈夫か!?どうしたんだ?いったい」
「とりあえず、僕たちは無事ですよ。黒幕には逃げられてしまいましたけど」
 
 ぽふぽふと服の埃を払いながらフェイは立ち上がりにっこりと微笑んだ。
 
「フェンリルという人に心当たりは無いです? さっきの彼が似てたから…」
「いや、聞いた事はないけど…菊一文字知ってる?」
「いえ…私もその辺は……村雨なら詳しいんでしょうが…」
 
 菊一文字は小さく首を傾げた。もちろん、その村雨がしりとり遊びに興じているとは思いもよらなかったが。

「ん〜、そんなにアイツの事が気になるのか?マイハニー……まさか」
「別にそんなんじゃないよ、たださ…本当にフェンリルだったら結構面倒だと思ってね」
「知ってるのか!?」
「……うん。少しだけね」
 
 俗称「フェンリル」。本名不明。
フリーの賞金稼ぎとして裏世界ではかなりの評価を得ている。
頭角を現わしてきたのは5年ほど前から。それ以前の情報はほとんど伝わっていない。
主に単独行動を好み、潜入・暗殺等を得意とするが、正攻法でもかなりの腕前を持つ。
彼を特徴づけるものとして幾つかの噂が広まっている。
 報酬額によってはどんな仕事でもするという事。
 そのわりには現金には執着せず、受け取らないまま去る事もあるらしい。
 報酬を値切った相手を「プライドを傷付けた」という理由で惨殺した事もあるという事も聞いた…
 
「・・・ぼくも聞いた話だから、これが全てかはわからないし、
今は顔も見れなかったから、彼がフェンリルだなんて確証はないけれど・・・。」
「へ〜、まぬけだよな〜。報酬受け取るの忘れて帰るなんて」
「そーじゃないよ。要はお金なんてどうでも良いって事なんじゃない?
報酬額って言うのは評価のバロメーターだからね」
 
 ……それにしても、なんであんなに躍起になって資料集めてたんだろ…写真ももってたし…。
まさか、ファンだったのかなぁ…彼女………それなりにいい男みたいだし……。
 
「とりあえず、強いというのは…確実ですね」
 
 その話にうなずいていた菊一文字は、ふと落ちている弾丸に気がつき拾い上げた。
指先で挟むとぷにっとつぶれるほどにやわらかい。
 
「……これは………」
 
 主に暴徒の鎮圧などに使われる特殊樹脂弾。
自分も主にハンドガンに装填するのはこの弾だ。
あたっただけでも柔らかくつぶれるので、皮膚を突き破る事はない。
もっとも、衝撃は通常弾よりやや大きくなるし、至近距離で食らえばショックで気を失う事もある。
けれど、これで致命傷にいたる事はまず無いだろう。
 
「…どうやら、命が目的ではないと?」
 
 菊一文字は、ぽとりとその弾をとりおとした。

「あーあ。
こんなことになるなら、聞き流さないでしっかり聞いとけばよかったなー。」
 
 特に苛立ちもせず、ひょうひょうとフェイは言った。
別にフェンリルなど彼にはどうでも良い事らしい。
 
「エレベーターは…くそっ!やっぱ使えないか……」
 
 リッキーは悔しげに透明な強化プラスチックの扉を殴り付けた。
6本あるうちの5本のエレベーターには電源供給が断たれており、残りの1本も認証エラーだかで全く動かない。
 
「それは関係者専用なんですよ。指紋照合でしかロックの解除は出来ませんね。
私も…指紋がないから無理です」
「そーだよなぁ…そりゃ無理だ。仕方ねえ…階段で行くか……」
 
 ふと、見たコアに小さな明かりが灯った。
 
「…おい。光ってるぞ!?」
 
 ゆっくりと輝きを増してくるコアに彼らの視線は集中する。
 そして…透明なエレベーターのチューブの上からふわりと落ちてきたのは一枚の鳥の羽…。
 
「……プリシア? 上か!?」
「まさか…連れ去られたのでは……」
 
 顔色がさっと変わる。
事態はさらに深刻化しているように彼らには思えた。
 



 
 どたどたと階段を駆け上がりながら彼は無性に腹を立てていた。
他の奴等はぐずぐずしているから置いてきた。
アイツがなにものかなんて彼にはどうでも良い事だったから。

「だぁぁぁっ!!!あんな卑怯な戦いかたするとはっ!
少しでもかっこ良さにときめいた俺が馬鹿だったっ!!!」
 
 ……そりゃぁ、馬鹿だよあんた…。
 
「……嬢ちゃんが一緒だ。むやみに手出しは出来んな」
 
 先行偵察してきた北の報告も彼の耳には届かなかった。
 
「アイツゆるせん!ぜってーにぶっころす!」
 
 持ち前のスタミナゆえか息切れもせずに最初のままのペースで彼は階段を駆け上がっていく。
 
「あー、もう!めんどくせぇ!」
 
 彼はおおきく右腕を振った。
先端が鞭のようにしなやかに伸び、ずっと上の手すりをつかむ。
それを一気に縮め、3段抜かしくらいで勢い良く上っていく。
 階段を上り終え開けた視界に映ったのは…。
 
「え…援助交際?」
 
 違う。
 
「そ、そんな馬鹿な!ふ、二人はできていたのか!?」
 
 彼に気がついて振り向くフェンリルの姿と、楽しそうに傍らにいるプリシアの笑顔だった。
ショックを受けたような表情で白髪の少年は愕然としたが、はっと我に帰る。
 
「まさか少女融解・・・もとい誘拐!?」
 
 違う。
 
「くそ、さてはお前・・・ ロリコンだな!?
「って……誰がロリコンだ!誰がっ!?」
 
 反論するフェンリルの言葉も聞かず、さらに彼はまくしたてる。
 
「何て奴だ、良い歳こいて恥ずかしくないのか!?この変態め!近寄るな!ぺっぺ!
俺だって11人の弟と9人の妹がいるけど今まで欲情した事なんか一度たりとも・・・・
・・・・いや・・・・えー・・・っと・・まてよ・・・あれはーーーーーうーん・・・・・
と、とにかくお前は変態だ!」
 
 妹がどうした?ぉぃ…。
 
「すまん、プリシア…。傷の手当てをしたらすぐ来る。それまで少し…時間を稼いでくれるか?」
 
 反論するのもばかばかしいと、肩をすくめたフェンリルは小さく彼女にささやく。
ドアの所のセキュリティボックスに素早くパスコードを打ち込むと、扉の向こうに消えた。
 
「っふ、図星だったな・・・!」
 
 勝ち誇ったように彼は胸を張った。
 
「……ばか?」
 
 小さく首を傾げてプリシアは冷淡に言いはなつ。
 
「あー馬鹿さ♪ 俺は馬鹿さ。それを言うなら男はみんな馬鹿さ〜はははっ♪
特にあんなロリコンの変態は更に馬鹿さっ♪
さぁ、あんな大人の色香に騙されてないで、道を開けてよ小鳥チャン♪」
「だーめ」
 
 短くもはっきりと聞こえたその言葉に、白髪の少年は愕然とした。
 
「なにー!!?? やはり若さより美貌と甲斐性とテクニックかぁ!?」
「かんけーないわ♪」
 
 くすすっと無邪気な、そして無慈悲な笑みを浮かべてプリシアは翼を広げる。
風が彼女の回りに巻き起こりはじめる。
 
「私はプリシア。楽しいことがあればそっちについてくの」
 


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