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染谷幸二の「道徳」のページ1
実践『森兄弟のオリンピック』で
生きることの素晴らしさを伝える
「1998年を振り返る」と大きく板書した。
| 【発問1】 今年1年間で最も印象に残っている出来事は何ですか。 |
「毒入りカレー事件」という声がすぐに上がった。
「体育祭総合優勝!」「合唱コンクール銅賞!」という学級での思い出が出てきた。
教室には、明るい雰囲気があった。
| 【発問2】 今年2月7日、何があったか覚えていますか。 |
「僕の誕生日」「地震があった日」「ワールドカップ」に続き、「オリンピック開幕!」という声が上がった。
大きく「長野オリンピック」と板書した。
| 【発問3】 長野オリンピックで、日本は何個の金メダルをとったのでしょか。 |
正解は5個である。
正解した生徒はガッツポーズをとった。
ここで、金メダルをとった5種目7選手の名前を確認した。
教室には明るい雰囲気があった。
黒板に「森敏選手」と書いた。
そして、新聞に載った顔写真を提示した。
森選手は、長野オリンピック・スキー複合の日本代表である。
団体では荻原兄弟とともに4位入賞を果たした。
しかし、彼の名前を知っている生徒は誰もいなかった。
| 【発問4】 森選手は、長野オリンピック後に引退するはずでした。しかし、森選手は今シーズンも競技を続けています。なぜ、引退を撤回したのでしょうか。 |
次のような予想が出された。
@気が変わったから。
A結果に満足できなかったから。
B次のオリンピックで金メダルをとろうと考えたから。
| 【指示1】 これから見るビデオに答えがあります。では、ビデオを15分間見てください。 |
森敏選手には2歳下の弟・徹さんがいた。
徹さんはスキー・モーグルの日本代表として長野オリンピック出場が内定していた。
しかし、オリンピックを目前に進行性の胃ガンで入院。
長野を断念し、次のソルトレイク出場を目指して闘病生活を続けた。
2月には病状も安定し、兄の敏選手を白馬村の会場で応援した。
そして、3月には日本選手権にも出場した。
しかし、その2日後には再入院。
病状は悪化し、体重が激減した。
手術もできないほど体力が落ち、ホスピス病棟へ移った。
カナダ人のガールフレンドとの再会が実現した誕生日。
その数日後に、帰らぬ人となった。
ビデオはテレビ朝日系で放映された『いい話スペシャル』から編集したものである。
涙を流しながら画面を見る生徒もいた。
感動的な15分間だった。
森敏選手は、「兄弟でオリンピックに出場しよう!」と徹さんに約束した。
闘病生活を続けながら、病室でトレーニングを続けた弟。
その弟との約束を果たすために、敏選手はもう1度オリンピックに向けてスタートを切ったのである。
| 【指示2】 今、みなさんが見た番組にタイトルをつけてください。 |
2分後、書けた生徒に発表してもらった。
「感動のスキー選手」
「森兄弟の絆」
「弟の分まで生きる兄」
「ソルトレイクに夢をつなぐ」
「夢をあきらめない森選手」
10分間、鉛筆を動かす音だけが教室に響いた。
以下、生徒の感想を紹介する。
ビデオを見て、私は何度も目から涙がこぼれそうになった。
徹さんがガンになり、日に日にやせていく姿を見て、すごくかわいそうだった。
無念だったに違いない。
徹さんは小さい頃からの夢であったオリンピックに人生をかけて一生懸命スキーを頑張ってきた。
でも、その夢は果たせなかった。
それでも、最後まで夢をあきらめないでいる姿を見て「そこまで命をかけてできること」があってうらやましく思った。
私は今、将来の夢を見つけられず悩んでいる。
でも、いつかきっと見つけようと思った。
徹さんの分まで…。
兄である敏さんの気持ちが、私にはよくわる。
最後の誕生日にガールフレンドからの手紙にたくさんの「I LOVE YOU」が書かれているのを見て感動した。
命があるから感動できる。
今日の授業で、強く感じた。
とにかく感動した。 (優子)
「先生、新聞を見て!」
優子が持った新聞には、「森敏、初めての表彰台」という見出しがあった。
1999年3月のW杯最終戦で、森敏選手は自己最高の2位を獲得した。
授業以降、優子は森選手の新聞記事をスクラップブックにまとめていた。
教室には「バンザイ!」という歓声が響いた。優子は「ソルトレイクまで森選手を応援する」と宣言した。

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