| 根室の銭湯・2000後半 |

根室明治公園から北方向(左)。世紀末に線路末(右)。***12/30撮影
| 根室の銭湯 | 1999年前・後半 | 2000年前・後半 | 2001年前・後半 | 返せ北方領土 |
| 根室クラブ | 読んだ本 | 北海道新聞社 | 根室市役所 |
■自宅
■2000年12月31日(日)
年賀状をつくろうと根室サティまで「プリントごっご」のインクを買いに行ったら、すっかり売り切れて、
残っていたのは「唐茶」「紅梅」「青竹」などとマニアックなものばかりでした。どんな年賀状ができるのか
イメージがわかないので、そこでは買わずに、近くのホームセンターで買いました。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年12月30日(土)
年越しまであと1週間ほしいです。仕事が多すぎて何の準備もできませんでした。毎年のことです
けど。私は1月1日午前の飛行機で釧路空港から実家へ帰省しますが、この日は初日の出どころか、
道東地方は暴風雪のようです。根室から140キロ離れた空港まで車でちゃんと走れるのでしょうか。
■みなと湯(根室市海岸町)
■2000年12月29日(金)
知り合いの水産加工場から、マダラのほお肉をたくさんもらいました。高級品だそうです。1匹の魚か
ら2つしか取れませんから。早速、昨日、会社で刺し身にして仲間と食べました。かるいコリコリ感がたま
らなかったです。今日は残りを自宅でバター焼きにして食べました。ほお肉だけに、ほおが落ちるような
思いでした。そろそろ年越しです。いいかげん表紙の写真を変えなければいけませんね。
■みなと湯(根室市海岸町)
■2000年12月17日(日)
アイスホッケー。日本製紙クレインズ、4連勝で4位キープです。次は西武の上にあがってプレーオフ
出場安全圏の3位を確保してほしいものです。
■自宅
■2000年12月12日(火)
厚床(あっとこ)の焼き肉屋がおいしいというので先日、釧路からの帰りに行って来ました。厚床は根
室から30キロちょっと西の人里離れた小集落です。地域でおそらく1、2軒しかない食堂で、夜は半分居
酒屋のようです。私が行ったのは日曜日の夜9時ごろ。中は、大勢の人でにぎわっているようでした。こう
いう田舎の店に、この時間にいるのはだいたいが常連さんなので、ちょっと入りにくさもあります。一人だ
ったらなおさら、何だか浮いてしまうような気がしてしまいます。それでも、勇気を持ってヨコ開きの扉を
ガラリ。すると、やっぱり・・・。カウンターにはジャージ姿の常連さんらしき人たちがずらりと並んでいます。
みんな一斉に私の方を見ます。・・・・・・・・。一瞬の沈黙。と、その瞬間、カウンターの人たちは全員声を
そろえました。「いらっしゃーい」。私は奥のテーブルに案内されました。
■自宅
■2000年12月11日(月)
今日も自宅です。「みったくめんこ」という根室のことばを教えてもらいました。見てくれは格好悪いけ
ど可愛いということだそうです。私の辞書にまた一言加わりました。
■自宅
■2000年12月8日(金)
今年9月、ある地元の同窓会らしきものに参加させてもらいました。私よりもはるか上の世代の方々
で、保養所に一泊しました。今は根室を離れ沖縄に住む同窓生の方も来ていました。沖縄と言えば「泡
盛」。その方は「沖縄の物産展だ」と言って泡盛とか黒砂糖とか沖縄の特産品をたくさん持ってきていまし
た。その泡盛。みんな好き勝手に飲んで、味も分からないままべろべろに酔っぱいました。それで飲み終
わってみんな寝ました。翌朝。酔いも醒めて、私はその沖縄の方に沖縄のことをまじめに聞いていまし
た。そのうち、昨晩に味も分からず飲んだ泡盛の話になりました。「あの泡盛。実は沖縄でも手に入らな
いものなんだ。値段は付けられないン十年の熟成もので、俺は一升瓶を5万円で買った」。一升瓶で5万
円。今どきそんなモノを買おうと思っても買えません。だったらもっと味わって飲むんだった、と思いまし
たが、もう後の祭りです。それを言わずに黙っていた、そのNさん。何を思って暴飲する姿を見ていた
のでしょう。
■自宅
■2000年12月4日(月)
昨日、ある用事があって、人けのない太平洋岸の断崖絶壁に一人で行きました。いつも通る採石場
は休みで門が閉まっていて車が入れなかったので、原生林の中を突き抜ける別のルートで行きました。
原生林の手前で車を降りると、あとは歩きです。
途中までは赤いテープが点々と貼ってあって、ルートらしきモノが分かります。その後は、自分のカン
だけで、ひたすら海の方角へ向かいます。そして木の生えない断崖上に抜け出て、そこで用事を済ませ
ました。帰りです。再び原生林の中。気がつくと薄暗い。それもそのはず、もう夕方4時すぎですから。
これは問題です。暗いと目印のテープが見えません。私には懐中電灯とかの装備は一切ありません。
林の合間から見える空は暮れ始め、寝床に急ぐ鳥たちが飛びかいます。少しぬかるんだ地面には
動物たちの足跡が無数あります。ここは街に近いですが、ヒグマ出没地帯です。そして時々、ぱーーん、
というエゾシカ猟の銃声らしきものが聞こえます。「食われる」「撃たれる」。どうしようもない恐怖感に久し
ぶりにしびれました。青木ヶ原の樹海で迷うとこんな気分になるのでしょうか。
でも最終的には最初の場所に戻れました。歩いた方向と地形を記憶から呼び戻したら、ちゃんと帰っ
てきました。ヒグマにも遭いませんでした。ただ、右の靴に水が入って靴下はびしょぬれでした。
■別海温泉郊楽苑(別海町)
■2000年12月3日(日)
20世紀最後のバレー大会は残念ながら負けてしまいました。よく粘って、マッチポイントはこちらが
握ったのですが、だめでした。とてもくやしい。郊楽苑の塩っぽい温泉の湯が今日は一層しょっぱく感じ
られました。
■別海温泉郊楽苑(別海町)
■2000年11月26日(日)
首都圏への帰省から戻りました。中標津空港に到着した飛行機を降りると、ロビーでは知っている人
がいるわいるわ。小学校の校長先生や病院の先生、北方領土返還運動の人たちとか、100人ちょ
っとしか乗れない小さな飛行機にこれだけ乗っていたんですね。東京の雑踏から、私たちだけが抽出さ
れた感じで一体感がわきます。
東京では高校時代の友人の結婚式がありました。最近は結婚式に出る機会も多くなってきましたが、
今回は出席者みんなで「結婚式ごっこ」をやって遊んでいるような感じでした。友人代表のあいさつも何
だか冗談で言っているように聞こえました。どうしてでしょうね。新郎の小学時代から大学時代までの友
人が方々から集まってお互い初対面なのに遅くまで盛り上がった珍しい結婚式でした。面白かったです。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年11月14日(火)
今日は埼玉県民の日です。埼玉県の学校は休みでしょう。私も土曜出勤の振り替えで休みでした。
でも、昨日の夜から腰痛です。日曜日のバレーボールの試合の疲れだと思います。我がチームは負け
ました。非常に悔しいです。転勤族の私にとって、今のチームでできる時間というのは限られています
から、どうしても負けたくない、と思っていました。みんなそれぞれ忙しい仕事を抱えていて、市外に遠征
(根室は陸の孤島なので行くとしたら片道100キロ)もなかなかできない中で、日曜日は中標津の2チー
ムが根室まで来て、私たちと初めて対戦しました。私たちは外に出ない無名チームなので、ここでガツ
ンとたたけば面白いなと思っていたのですが・・・。
明日、根室市長が衆議院の沖縄・北方問題特別委員会で、領土問題について意見陳述することに
なりました。根室市長として20年ぶりです。北方領土問題の年内解決がうやむやにされないように、頑
張れ、フジワラ市長! 根室の思いを語って来い! でも、国会議員は今、それどころじゃないみたい。
ちなみに、フジワラ市長も、私も、埼玉県出身です。
■自宅
■2000年11月7日(火)
風蓮湖のオオハクチョウは、はるかシベリアから来ているそうですが、彼らはワシのように滑空せずに
ずっと羽をはばたかせて飛んで来るので、それは大変なようです。人間の場合にたとえると、チェーンの
ない自転車をこぐようなものです。自転車が三輪車みたいに一こぎ一回転だったら疲れます。オオハクチ
ョウは偉いです。私も偉くなりたいです。
先日、3カ月ぶりに根室管内から外へ出て、車で釧路に行って来ました。その帰り、根室でシカが飛び
出しそうになってヒヤリとしました。往復240キロの帰りですから、ちょっと反応も遅れました。でも、少しの
ふらつきで抑えました。釧路には市立動物園がありますけど、根室は全体が天然の動物園です。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年11月4日(土)
北方領土のうち2島が先に返るだの何だのと騒がしいようですが、一番冷静で、そして「また期待を
持たせようとしやがって」と冷めた目で見ているのは根室の人たちです。55年間、裏切られ続けることの
繰り返しでしたから。1956年の日ソ共同宣言で「色丹と歯舞の2島が返ってくる」という時には、根室で
提灯行列までしてお祝いをしたそうです。もう期待していません。期待するほど疲れるからです。そして
不法占拠された土地に日本がプレゼントした数十億円は役に立つのか?
話は変わりますが、ひょんな流れから毎週土曜日は地元の中学生にバレーを教えることになりまし
た。バレー人口が少なくなる中で、部活だけでは物足りないと4人の中学生が、先週から私たちのクラブ
の夜の練習に足を運んでいます。うれしいことです。強くなってほしいです。みんな中学からバレーを始め
たとのことで、学校には熱心な若い指導者もいなくて大変ですが、先週よりもかなり上手になりました。驚
きです。
■あけぼの湯
■2000年10月31日(火)
抹茶湯でした。お茶の中に含まれる成分が身体を芯から温めるということです。
夏休みが終わった8月8日以降の3カ月間、私は根室管内から外に出ていません。北方領土ビザ無
し交流で訪問した択捉島ぐらいです。いや、択捉島も根室管内でした。すっかり出不精になっています。
私の住む根室半島は北海道の中でも盲腸のような場所。せめて釧路ぐらいは行って都会の空気を吸っ
ておこうと思いますが、釧路は騒々しい。実は過去に6カ月間、根室管内から出なかった記録がありま
す。更新なるか。
風蓮湖にオオハクチョウが集まってきました。ピークになると3000羽は集まります。この前の観察会
で、日本野鳥の会のレンジャーから「餌付けをされていない自然の姿を楽しむこと」を教わりました。ほと
んどの観光地ではハクチョウにパンを与えていますが、そのレンジャーは「ハクチョウのエサはパンでは
ありません。水草です。パンを食べるハクチョウを見ても、動物と植物の関係は学べないので、環境
教育にはなりません」と根室の風蓮湖周辺で餌付けをしない理由を話していました。パンがなくても、ハク
チョウが水中に頭を突っ込んで草を食べる姿を双眼鏡で見ると結構楽しめました。最後にレンジャーは
手作りの紙芝居「オオハクチョウの一生」を披露してくれました。シベリアで繁殖し、冬とともに東北地方の
越冬地に南下、春にはまたシベリアへ北上する。風蓮湖は国内飛来数2万羽の半数近くが通過するそう
です。勉強になりました。
■みなと湯
■2000年10月19日(木)
「お前らはさぎだ。どこが露天ぶろなんだよ。客をばかにしているのか!」。ふろ上がり、番台か
らこんな怒鳴り声が聞こえました。中年の男が番台の若い女性に大声を張り上げています。女性は
「吹き抜けになっていますから」と説明するが、男は「どうしてそれが露天ぶろなんだよ」と譲りません。
私はそのまま外に出てしまったので、その後の展開は知りません。たしかに、ここの露天ぶろは湯船
から空が見えません。屋根があるからです。ふろの前のスペースが吹き抜けの露天なのです。
みなと湯の肩を持つと、公共温泉の露天ぶろはどこも屋根付きです。そして、風呂の前が露天に
なっています。だから、露天ぶろが必ずしも屋根無しというわけではないでしょう。ただ、みなと湯のよ
うに壁しか見えないというのは珍しいです。街の中にあるから、しょうがないんですけどね。
■薫別温泉(標津町薫別)
■2000年10月15日(日)
根室在住の大学バレー部後輩Nとともに、知床半島の付け根にある超秘境温泉に挑戦しました。
夕暮れ時、愛車で国道から砂利道に入って、灯りもない林道をくねくねと進みました。標識がないの
で、この道でいいのかと不安になりつつも、崖が崩れた跡があるところ、谷底に落ちそうな道を行くと
、真っ暗な中にようやくマジックで「薫別温泉」と書かれた棒を発見。ここからは歩きです。ヒグマ地帯
なので、ラジオと手拍子で音を出しながら、沢の橋を渡ると左に下る場所がありました。崖を降りると、
その中腹が薫別温泉。岩をくりぬいてつくった温泉です。熱いので、置いてあったひも付きのバケツを
数メートル下の川に放り投げて、水を汲み上げます。10数回繰り返すとちょうどよくなりました。湯の
中に横になってお空を眺めますと、無数の星がきらきらと輝いておりました。
夜、根室に戻ると、ビザ無し交流で、北方領土の択捉島から来たロシア人女性が私を呼んでいると
のこと。行ってみると、彼女は昨年、私が択捉島に行ったときに訪問した家のお母さんでした。サッカー
少年アリョーシャのお母さんです。すごい喜んでくれて、ホテルの部屋に呼ばれてウォッカで乾杯。「アリ
ョーシャが根室に来たときに面倒見てくれてありがとう」と言われました。そして、風景画が描かれた白
樺の切り株をプレゼントされました。裏を見ると、私の名前と「アリョーシャより」という文字が書かれてい
ました。こういう贈り物はうれしいです。その後、部屋にロシア人6人が集まり、夜遅くまでウオッカを飲
みました。札幌を訪問した帰りで「初めて黒人を見た」などと話していました。
そのお母さんナターシャは17日、根室港から帰りました。前夜、ナターシャはアリョーシャのために
サッカーボールを買いたがっていたので、岸壁で別れ際に「買えましたか」と聞くと、「店が分からなかっ
たので買えなかった」とのこと。そこで私は「10分後に戻るから」とだけ伝えてスポーツ店へダッシュ。
サッカーボールを買って根室港に戻りました。するとちょうど船に乗り込む寸前でした。「アリョーシャへ」
と言って渡すと抱きしめられました。ちなみにボールは「日本サッカー協会公認球」。択捉島も日本だか
ら、公式戦で使える? そんなことはナターシャもアリョーシャも分からないでしょうけど。返還後に公式
戦ができるといいですね。
■自宅
■2000年10月14日(土)
根室市歯舞の道道根室半島線で、夕方、自転車に乗っていて転びました。薄暗い下り坂で握り拳ぐ
らいの石に突っ込み、自転車の後部が宙に浮き、私はアスファルトの上で見事なフライングレシーブ!
バレーをやっているおかげで、右ひじのすり傷ぐらいで済みましたが、8万円もした自転車は前輪のス
ポーク4本を破損、ドロップハンドルはねじまがりました。街路灯がなく、車は通らないのでヘッドライトの
灯りもなく、真っ暗で石に気付きませんでした。小さい頃、線路の置き石で怒られた記憶があるのですが、
ある知人は「置き石のたたりだ」と言っておりました。自宅まで、何とか自転車に乗れました。左右にぶれ
る前輪に哀愁が漂っていました。
■自宅
■2000年10月11日(水)ススキの中にエゾ鹿がいます。根室市東梅にて。10/10

おととい触れた根室のコンビニ「タイエー」は大手スーパー「ダイエー」とは関係ありません。田家さん
が経営しているコンビニです。市内に5店舗あって、カウンターで焼いてくれる焼き鳥弁当が名物です。
でも、根室にはダイエーがないから、優勝セールぐらいやっても良さそうですね。頼んでみようかな。もし
やってくれたら私は行きますね。
■別海温泉郊楽苑(別海町別海)
■2000年10月9日(月)
先日、根室生まれのコンビニ「タイエー」で、だぶだぶのルーズソックスを履いた女子高生を見付けま
した。彼女はお菓子を買うところでレジの清算を待っていました。その後ろに並んだ私はじっと彼女の太も
もにしがみつく靴下を見ながら、「そういえば最近ルーズソックスは話題にならなくなったな」と思いつつ、
根室ではルーズソックスが文化として定着しつつあるのかもしれないと感じました。都会では消えてしまっ
ても、気に入ったモノは文化として取り込んでしまう。願わくはこの文化が独自の発展を遂げてくれればと
思います。明日は10月10日「銭湯の日」です。
■自宅
■2000年10月7日(土)
そろそろサンマが三陸沖に南下する時期なのですが、まだ根室近海にいるようです。ここではサンマ
はトラックに直接積み込まれ、水産加工場まで運ばれます。そのトラックは運ぶ途中にサンマに混じって
積み込まれた海水を路上に落としていきます。だから、根室の道路にはサンマ風味の海水が線になって
描かれています。町中はサンマの香りです。最初はいやでしたが、2年10カ月も住むと慣れます。このに
おいをかぐと根室に帰ってきたんだな、とも思います。でも9月に着任したばかりの上司は「何だかくさ
いぞ。何のにおいだ?」と言っております。
やや古い話ですが、シドニー五輪が終わりました。メダル争いに世界中が熱中していたことと思います
が、日本より人口が少ない韓国がたくさんのメダルを持っていきました。すこし悔しい気もします。それを
言えば、日本より圧倒的に人口が少ないのにメダルが多い国って結構ありますね。ドイツにしたって、1億
人もいないです。種目の中にヨーロッパ系のスポーツが多いからかな。それにしてもインド。人口が10億
に迫ろうというのに銅メダルが一つだけ。ここは身分制度が厳しいから、優雅にオリンピックなんて思う人
は少ないのでしょうかね。スポーツを楽しめるのはありがたいことです。
■自宅
■2000年9月28日(木)
休日出勤が続いた振り替えで今日は休みました。市の温水プールで泳いだのですが、夕方から子供
だらけになりました。みんな水泳教室の受講生です。ある市内の知人は「ここのプールは小便くさい」と言
っていました。そんなに気にしていませんでしたが、そう言われるとそんな気も。消毒の塩素が強いのは
そのためでしょうか。プールの採暖室には貼り紙がありました。「きみが、ここで『おしっこ』をしているのを
しっています。みんな、こまっています」と書いてありました。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年9月25日(火)
「桃の葉湯」という香りぶろでした。初めて、のような気がします。桃の葉は桃の香りがしないようです。
最近、自宅ぶろでは『木酢液』を使っています。木を燻した煙を冷やしてつくる液体で、微生物が腐敗物を
分解する活動を活発にさせたり、動植物の成長を早めたりする効果があると聞いています。液体ですが、
ちょうどたき火をした時のにおいがします。近くのホームセンターでたくさん買ってきたので、1カ月ぐらい
使ってみようと思います。何か変わるでしょうか。身長が伸びるとか、頭の切れが良くなって質問が鋭くな
るとか、スクープを連発するとか。根室にいる周囲の人たちにはしゃべってないので、「何か変わりまし
たね」と言われるかどうか反応を待ってみましょう。
■みなと湯(根室市海岸町)
■2000年9月24日(日)
野生のイルカを初めてみました。ついに念願を叶えました。今日は根室海峡を航海する客船に乗る
ことができたので、今度こそ見ようと注意して見ました。そして野付沖で、ついに彼らは出現したのです。
船が立てる波間から突然二頭が横に並んでザブン。信じられなかったです。根室に来て2年半。今年に
入って5回目の航海でようやく願いが達成された瞬間でした。イルカは大きさが3メートルぐらいで、思っ
たより小さかったです。無表情でした。
昨日はさんま祭りでした。今年から祭りが大きくなって、殺風景な根室港があんな異様な不思議な空
間になるとは驚きました。このまつりは普通のサンマ好きの若者数人が、根室の別の祭りの片隅で便乗
商売?したのが始まりで、それが8年で急成長しました。サンマ漁師のうれしそうな顔が印象的でした。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年9月17日(日) ゚択捉島紗那の町並み。 煌ス迎するロシアの子供

北方領土とのビザなし交流で択捉島に行って来ました。仕事での参加で、2日間上陸しました。私は
二年ぶりの訪問になりました。自分としてはそこそこ充実していたと思います。ただ、もっと満足するに
は仕事をする力と語学力が必要なのですが、どちらもまだまだです。
この島はロシアが占領してから55年間もたち、すっかり支配が既成事実になってしまいました。それ
でいいのかといえば、そのままではだめでしょう。悪い前例はつくっちゃいけないと思います。
ただ、北方領土に住んでいた人は国内で超少数派なので、あまり理解されていないようです。他人の
ことを思う創造力を失った人たちには、故郷が占領されたままで宙ぶらりんになっている人の気持ちが
なかなか理解できないでしょう。「無理なことを言っている」「島民はわがまま」程度の認識でしょうね。
元島民の財産権を補償しないまま、北方領土のロシア人に年間20数億円も支援するようになったので、
みんな怒っています。「これは外交戦略だから、あなた方の生活のような小さな問題とは違う。我慢しなさ
い」という偉い人もいます。我慢しているうちに200v規制で海と魚を奪われて、ロシアが入漁料をつり上
げ、漁獲枠を締め上げ、根室市の人口はかつての5万人から25年連続減少し、今は3万4000人を切っ
て今年から過疎地指定です。
それでも元島民の中に「ロシア人を追い出してはいけない」という人が増えています。日本の領土だと
いうことさえ確認できれば良いのです。あとは島のロシア人と仲良く暮らせれば良いのです。
夏休みにバルト3国のラトビアに行って来ました。ラトビアはソ連から独立して10年。知り合った年配
の女性は「モスクワの連中は嫌いだけど、ロシア人ひとりひとりはお人よしで気の善い人たちですよ」と
言っていました。ビザなし交流に参加する根室の人たちと同じことを言っていました。
■光洋湯(根室市光洋町)
■2000年9月9日(土) 川面ですごす根室の秋。別当賀(べっとうが)川河口にて。9/8

何年かぶりで写真の整理をしていたら、晩飯も食わないまま午前2時になってしまいました。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年8月27日(日)
久しぶりにゆっくりとした夕方をすごしたような気がします。涼しくて気持ちいいです。あけぼの湯も。
登山の季節ももう終わりだなあ、と考えてふと思い出したのですが、先月、羅臼岳の頂上で撮った記
念写真がいつのまにかパノラマ設定になっていたために失敗したということがありました。きれいな景色
と充実感の記録が、上下3分の1ずつカットされ、一緒に登った3人の顔だけが分かる程度となり、残
念でした。そこで期待は一緒に登ったYのカメラで撮った写真です。その待ちかねた写真は今月上旬に
札幌から届きました。Yは、私の失敗写真を見て大爆笑した人物。さぞや素晴らしいものが・・・と期待さ
れましたが、Yの写真もいつのまにかパノラマになっていて失敗でした。顔も満足に写っていない。
今日、明治公園のとある団体の焼き肉パーティーにずうずうしくも混ぜてもらいました。炭火で焼いた
サンマがとてもおいしかったです。サンマに続いて網の上に登場したのがザリガニ。子供たちが沼で取っ
てきたばかりのものです。次々と焼かれていきます。「ザリガニって飼うもんじゃないのか」と疑問に思い
ながらも、生まれて初めて食べました。どうもなじめません。みんな「根室のロブスターだよな」「ハサミが
おいしいのよね」とか口々に言っていましたが、実際にザリガニを食べたのは15人ぐらいいるうちの3人
ほどでした。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年8月24日(木)
昨日、温根沼(おんねとう)の河口近くで、地元の漁師が仕掛けていたカレイの刺し網に、死んだヒグ
マが引っ掛かりました。とんだ大物の水揚げに町中大騒ぎになりました。私もヒグマを見に行きました。
まだ2歳か3歳の子供でしたが、全長が2メートルぐらいあってなかなかの迫力でした。魚を追って、川
に入っているうちに網にからまったのでしょう。前代未聞のことです。地元の漁師は「網にクジラや人が
掛かることはあるけど、クマは初めてだ」と話していました。そうか。人より珍しいのか。
根室沖で先日見つかった謎の巨大漂流物。結局、潜水艦基地の近くの海底に備え付ける最新の潜
水艦探査装置だったそうです。謎が一つ解けて良かったです。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年8月20日(日)さあ、サンマです。根室花咲港は二年連続水揚げ日本一.
先週月曜日からサンマの水揚げが本格化してきました。今年はでかくてうまい! 地元では評判で
す。でも、サンマは漁模様が日々変わるので、日帰り操業の漁船が朝に水揚げするまで、その日の様
子は分かりません。その分からなさがサンマの魅力です。多い日には200隻近い漁船が来ます。
加工会社はサンマを大きさ別に仕分けして、夕方の飛行機で東京に送ります。あっという間の流れ
作業です。サンマは鮮度が命で、水揚げが一日遅れると値段は半分になります。
この時期の脂の乗ったサンマはとてもおいしく、三陸沖まで南下した時の乾いたサンマとは全然違い
ます。ステーキのような肉で、刺し身もできます。これが食えるから根室はたまらないです。
あけぼの湯。今日は北方領土ノサップ岬マラソンの選手に配られた無料入浴券で入りました。大学
バレー後輩Nとはち合わせました。Nとは回転ずし「花まる」ごっつあんをかけ、この大会のハーフマラソン
を競いました。勝負はスタートから100メートルで、Nの方に「当確」ランプが出たようでした。Nは好記録
で19位に滑り込み、「いやあ、最後はばてました」と充実感いっぱいでした。うらやましかったです。私は
走りながら、回転ずしごっつあんにつける条件を「10分以内」とするか「青皿3枚で赤皿1枚」にするか「1
枚食べるごとにお茶を一杯飲む」にするか悩みました。でも、時間制限が現実的かと。
■別海温泉郊楽苑(別海町別海)
■2000年8月8日(火)
久しぶりです。夏休みで根室を離れていました。日中は東京にいたのですが、暑くて解けそうで、早く
根室に帰りたいと切に思った次第です。そして天然クーラーのような、気温18度の根室管内で温泉に
ゆったりつかって、ああ気分がいいなあと思いました。もう一度帰りたいなあと思える場所が故郷だといい
ますが、そういう意味では根室は立派なふるさとです。出発するときにはあまり見えなかった太平洋の
サンマ集魚灯の光がぼわっと見えます。まるで海の上に東京があるようです。
■みなと湯(根室市海岸町)
■2000年7月29日(土)
根室の落石沖で、謎の巨大漂流物が発見されました。長さは100メートル、横幅が5メートルで、
深さは15メートルほどあるそうです。鉄製で、水面下は網目状になっていて、表面にはロシア語で「出
火注意」と書いてあるもよう。ロシアからのモノだと思われます。街はこの話題で持ちきりで「船の残骸
だ」「桟橋が壊れて流された」「ロケット」「潜水艦」「タンカー」「ガンダムの足」等々、みんないろいろ言っ
ています。根室は地理的に隔離されてるので、さまざまな奇習があって多少のことでは驚きませんが、
これには驚きました。漁船がぶつかるかもしれないので真剣に危ないと思います。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年7月27日(木)
いろいろありましたが、全部書くには3時間ぐらいかかりますので、どうでも良い話にします。
先日、羅臼岳という素晴らしい山に登ってきました。強烈な晴れ男の面目約如で、知床半島のどまん
なかにある頂上からはきれいに大自然を堪能できました。大学3年目の時に知床峠から自転車で見て
以来、7年越しの夢を叶えました。大学バレー部の後輩N、Yの2人も一緒でした。
ところで、カメラのパノラマ機能は意味がないと思います。実際は通常サイズで撮影したのと同じレベ
ルの画像なのに、ネガの上下をわざわざカットしてパノラマをきどっているのです。いつのまにかパノラマ
スイッチが入ってしまうこともあり、そうなるとせっかくの写真が台無しです。羅臼岳は台無しでした。
根室西高でロシア語を1年間教えたタチアーナ先生が今日、根室を去り、ロシアに帰りました。高校の
授業のみならず、北方領土と接する根室市民にロシア語を覚えてもらおうと、夜は無償で市民講座に参
加していました。「日ロ友好にロシア語を役立てて下さい」。これが最後のメッセージでした。47歳女性。
自宅前に集まった私達とロシア式に抱き合ってお別れをしました。涙もろい人なのですが、我慢してまし
た。でも、プレゼントしたロシア語の仲間たちとの写真集をじっくり見たらどうだか。それは私が前の晩に
「一生大切にしてほしいなあ」と思って作ったものです。喜んでくれたと思います。
■自宅
■2000年7月17日(月)
取材で訪れた国内有数の野鳥の宝庫、春国岱(しゅんくにたい)で大きく転倒しました。手のひらが
流血し、カメラのストロボはクラッシュして破損。靴は両足とも脱げ、買ったばかりの靴下も破れました。
今日は幌茂尻(ほろもしり)小学校の児童がそこでごみ拾いをするというので、その取材に行きました。
ごみ袋を手にする子供たちの姿を正面から撮影しようとおもって前に走ったところ、新品の靴下と革靴と
のフィット感が悪く、靴がすぽーんと脱げたのです。転んで地面に横たわる私に対し、子供たちは「だい
じょうぶ?」と声をかけてくれました。情けなかったです。あとここは野鳥だけでなく蚊もたくさんいて、あちこ
ち食われました。傷の消毒で春国岱のネイチャーセンターに言ったときには、もう顔が虫さされで小岩さん
のように腫れ上がり、野鳥の会の人に「泣きっ面に蚊だね」と言われてしまいました。
大学バレー部の3つ下の後輩Yが札幌から根室まで何とスクーターで遊びに来ました。同じ根室にい
る後輩Nとバレーチームの練習にいったり、朝まで飲んだりで久しぶりにくつろいでいます。にしてもY。突
然会社に電話して「今根室にいます」。せめて到着するもう少し前に連絡をしてくれ。まあ別に構わないけ
ど。はるばる来てくれたことは率直に嬉しく思います。
■自宅
■2000年7月13日(木)
北方領土とのビザなし交流で今日根室に来たあるロシア人に、幸せを呼ぶという首飾りをもらいま
した。木を削って択捉島でつくったものだそうで「幸せになるから」と渡されました。たかが取材で立ち寄っ
ただけの私なのに、こんな温かいおみやげを個人的にくれるなんて、とても感激しています。
雪印乳業。スーパーから撤去されても、それでも商品があれば飲もうと思います。北海道生まれの
北海道の代名詞ともいえる企業ですから。怒りながらも飲みます。だから裏切らないでほしいと思います。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年7月11日(火)
暑い中で、バレーの試合をしたので疲れました。湯船にじっくり入る元気もありませんでした。加え
て腰にぬったサロメチールが効いて、湯船の中では痛くてたまりませんでした。試合はナイターリーグ
最終戦でした。何とか勝ちました。みんな「優勝だろう」と言っていました。私はとっくに可能性がなくなっ
ていたと思っていたので半信半疑です。セット率は同じなので得点率になりますが、夜9時半で体育館
の閉館時間だったので、バレー協会の人たちがあとで計算することになったようです。
天気がいい日が続いています。今度、漁業一家の娘と結婚した友人のつてで、コンブ干し体験を
させてもらえる雰囲気になりました。仕事の後のアイスクリームがおいしいそうです。楽しみです。
雪印乳業。北海道生まれの企業なので今回はショックを受けていましたが、それを通り越して怒り
がわいてきました。助けようと思って「サツラク牛乳」をやめて、あえて「雪印牛乳」を飲んでいたのに。
■なかしべつ温泉(中標津町)
■2000年7月9日(日)
久しぶりに新規開拓しました。聞くには今どき珍しい源泉100%の温泉だそうですから。市街地にあ
って銭湯感覚で利用できる、だから定年退職した根室市の校長先生がみんな中標津に移住するのです
ね。北海道民にとってお風呂は大事ですから。しかし、まけるな根室! 温泉がなくても大丈夫だ! そ
こで私の提案。コンブ湯だけじゃなくて、もっといろんな健康湯を提案しましょう。太平洋から取水した「海
水湯」。これは塩分が身体を引き締める。海の水を使うから経費もそんなに掛からないはずです。次に
「サケ湯」。食用に使われないサケの頭部をお湯になじませる。サケの皮膚に含まれるコラーゲンは、低
温海域の魚だけに低温でも保湿性が良いので、この成分をまぶしたお湯につかれば皮膚がすべすべに
なるかもしれない。サケのコラーゲンは人工皮膚にも良いそうですから。
札幌から飛行機で帰ってきました。たかだか35分の空の旅でしたが、台風の影響でかなり揺れまし
た。私は寝てたので最初は平気でしたが、スチュワーデスが機内放送で「強風で揺れています。気分の
悪くなった方は正面ポケットの袋を早めにご用意下さい。今後も揺れが予想されますう!!」と悲愴な声
で訴えるので、すっかり気分が悪くなってしまいました。その札幌は知人の結婚式でした。友人にも会え
て満足です。帰ってきた根室は台風一過でそれは素晴らしい空でした。
■なかしべつ温泉(中標津町)
■2000年7月9日(日)
久しぶりに新規開拓しました。聞くには今どき珍しい源泉100%の温泉だそうですから。市街地にあ
って銭湯感覚で利用できる、だから定年退職した根室市の校長先生がみんな中標津に移住するのです
ね。北海道民にとってお風呂は大事ですから。しかし、まけるな根室! 温泉がなくても大丈夫だ! そ
こで私の提案。コンブ湯だけじゃなくて、もっといろんな健康湯を提案しましょう。太平洋から取水した「海
水湯」。これは塩分が身体を引き締める。海の水を使うから経費もそんなに掛からないはずです。次に
「サケ湯」。食用に使われないサケの頭部をお湯になじませる。サケの皮膚に含まれるコラーゲンは、低
温海域の魚だけに低温でも保湿性が良いので、この成分をまぶしたお湯につかれば皮膚がすべすべに
なるかもしれない。サケのコラーゲンは人工皮膚にも良いそうですから。
札幌から飛行機で帰ってきました。たかだか35分の空の旅でしたが、台風の影響でかなり揺れまし
た。私は寝てたので最初は平気でしたが、スチュワーデスが機内放送で「強風で揺れています。気分の
悪くなった方は正面ポケットの袋を早めにご用意下さい。今後も揺れが予想されますう!!」と悲愴な声
で訴えるので、すっかり気分が悪くなってしまいました。その札幌は知人の結婚式でした。友人にも会え
て満足です。帰ってきた根室は台風一過でそれは素晴らしい空でした。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■2000年7月5日(水)
自分のための時間も大事にしないといけません。今日は自宅に帰ってからランニングして、それから
銭湯に行きました。洗い場で7分、サウナで5分、湯船で3分。これで午後10時の閉店時間になってしま
いました。まだまだ時間が足りません。自分だけの充電時間をたっぷり確保しないと、もぬけのからに
なってしまいます。浮き世の荒波にもまれているだけではいけません。それにしても森内閣の続投には
がっくりします。組閣も派閥の枠で大臣を埋めていって、と。内閣のそもそもの活動目的を見失っているの
ではないでしょうか。ニッポンの官民の良い子の皆さん、まねしないようにしましょう。
■別海温泉郊楽苑(別海町別海)
■2000年7月2日(日)根室で水揚げされた天然ベニザケ。高級品

郊楽苑の入り口で、根室市内で働くロシア人、ターニャとその彼氏に会いました。2人はちょうど湯上
がりでした。ボイラーが不調で、蛇口のお湯が冷たいとのことです。「でも気持ちいいですよ」と笑ってい
ました。日本の公衆浴場はみんな裸。ロシア人には抵抗がありそうですが、あの2人は平気なんですね。
むかし札幌で会ったロシア人は「一人だけロシア人だとじろじろ見られて恥ずかしい」と言っていましたが。
日本の習慣になじんでくれて嬉しいことです。
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