根室の銭湯・2001前半

                  

              桜前線終着駅。根室清隆寺のチシマザクラ***5/27

 根室の銭湯  1999年前後半  2000年前後半   2001年前後半    返せ北方領土  
 根室クラブ  読んだ本  北海道新聞社  根室市役所  

■自宅

  ■2001年6月15日(金)

  根室市に落石(おちいし)という地区があります。「北の国から」で蛍ちゃんがかけ落ちしたので有名

です。落石漁協や落石小、中学校とか一通りあって、それなりの集落です。先日、新聞を開いたら、社

会面にでっかい見出しで、『落石で中学生死亡』と、ありました。何?そんな事件は知らないぞ。担当地

域内でありながら、どこからも連絡がないということは、携帯電話の電源が切れていたのか。最悪だ。

と思って、もう一度見たら、別の見出しは「岐阜県」です。よくよく読み返したら『落石(らくせき)で中学生

死亡』でした。根室の話ではありませんでした。ともあれ、亡くなった中学生のご冥福をお祈り申し上げ

ます。

■あけぼの湯(根室市曙町)

  ■2001年6月14日(木)

  この銭湯をホームとして使い続けて3年4カ月。きょうも終了20分前の9時40分に飛び込んだとこ

ろ、番台のおばちゃんが突然こう言いました。初めてのことです。「いつも午後10時にあわてて出てくる

けど、10時を過ぎてもお風呂に入っていていいからね。ゆっくりしてって」。私「すんません。なんとか10

時に上がるようにしますから」。番台のおばちゃん「なんもだよ。どうせ点検するのはもっと遅くだから」。

というわけで、ゆっくり入っていました。閉店後のお風呂もなかなかでした。

■自宅

  ■2001年6月2日(土)

  ようやく暖かくなってきました。手袋が無くても外を走ることができます。登山シーズンも目前です。

去年は1回しか山に登れず、その一回も写真を失敗してしまったので、ホームページに載せることが

できませんでした。今年はきっと、それは素晴らしい道東の山並みをお見せできることでしょう。春と

いえば、根室の友人の一人は「俺が春を感じるのは、天気予報で根室の最高気温が札幌や東京と

20度ぐらい差を付けられるようになる時だ」と言っていました。何か屈折してます。確かに5月は寒か

った。ずっと根室は霧でした。それでも6月になって、昨日、今日と天気が良く、しかも空気が澄ん

でいるものですから、私の上司などは、この青空を見ながら「スペインみたいだ」と感動していました。

■自宅

  ■2001年5月22日(火)

  文化教室の経営者Kさんは頭をそり上げていました。きょうが私とは初対面です。場所はKさんの

自宅。仕事の話が終わって雑談になりました。話題は根室市温水プールへの批判です。私「6月から

利用料が値上げですよ。でも年間券を発行するとかまず利用が増えるような工夫が必要ですよね。

だいたい何で日曜日は4時半で終わるんですか。3連休の中日を休むのも信じられない」。Kさんは

大きくうなずきました。Kさんもプールには不満たらたらのようです。Kさん「俺も納得できない。この前、

泳いでたら、係員が走ってきて俺に注意するんだ。規則だから水泳帽子をかぶって泳げと。だから俺

は聞いた。どうしてそんな規則があるんだ、と。そしたら『抜けた髪の毛が配水管につまるから』と答え

やがった。本当に市役所はばかだねえ。俺の頭を見てから言え」と磨きがかかった頭をさすっていま

した。

■あけぼの湯(根室市曙町)

  ■2001年5月21日(月)

  新聞の天気欄をよく見ると、今日の東京は午前9時現在でもう25度もありました。札幌も日中は20

度を超えたようです。根室は午前9時で3.7度でした。昼間もせいぜい7、8度がいいところです。きょう

が特別寒いというわけではないので何とも思いませんが、当たり前のように上下スウエットを着て、手袋

をして外をランニングする、吐く息は白いという、この環境は本州人はもちろん、北海道民にも驚きでしょ

う。地元の人は「道東の夏は天然クーラーだ」などと言いますが、それを言うなら「天然の冷蔵庫」です。

缶ビールを外に置くと、よく冷えます。ほんとです。ちなみに私は冬人間です。とても心地よいです。あけ

ぼの湯の帰りにコンビニでトマトジュースを買って、涼しい外のベンチに座ってキュッと飲み干す瞬間が

たまらないです。  16日にチシマザクラが咲きました。

■みなと湯(根室市海岸町)

  ■2001年5月10日(木)

  みなと湯、満足な湯でした。でも今日の根室の最高気温は2.9度。寒いのは好きですけれど、春な

のでもう少し暖かい方がいいです。サクラが咲くのはいつになることでしょうか。今日は雨が雪に変わっ

てもおかしくなかったです。というわけで私の車はまだ冬用のタイヤです。

 レッサーパンダの帽子男が逮捕されました。札幌出身ということで、私は偽5000円札事件のように

犯人が根室に逃げてくるのではないかと冷や冷やしていました。道東に逃げる場合が結構多いので。

■あけぼの湯(根室市曙町)

  ■2001年5月6日(日)

  今日は第1日曜日。レモン湯でした。それにしてもなぜ、あけぼの湯の蛇口のお湯はぬるいのか。

根室市の温水プールの方が温かい。今日も混雑していた時は良かったのに、人が少なくなったら急に

ぬるくなった。風邪ひきます。客が少ない時はボイラーを弱めているのでしょうか。でもそんなこと、いち

いちやっているとは思えない。そこで考えた。おそらく、ここの銭湯は、水道の配管を洗い場の床下に

通して、温かい排水を利用して温めているのでしょう。たくさんの人がお湯を流すと、配管の冷たい水が

勝手に温まるので燃料代が安く済む。だけど、客が予想より少ないと十分に温まらない。この説、いが

がでしょうかね。湯船は十分熱いのですけど。 サウナでは写真店のMさんに2日連続で会いました。

■自宅

  ■2001年5月2日(火)

  先日、学生時代の後輩Hが札幌から根室まで遊びに来てくれました。そこで私おすすめの根室のB

級スポットを案内しました。フタオキの「コンブ荷揚げ場」、トモシリの「ろうそく岩」(私が勝手に命名)「海

岸の崖の氷瀑」、「花咲ガニの稚ガニ放流地」などです。B級どころか普通の市民は行きません。そこを

観光地と思って、暗くなってから歩いてみると、灯りもなく、亜空間にいるようで面白いこと間違いなし。

後輩Hはどう思ったか知りませんが、私は楽しかった。翌日は知床まで足を伸ばしました。海岸でも雪が

降る寒さでした。熊の湯温泉に入りました。その晩に根室に戻り、近くに住む後輩Hの同期Nを自宅に

呼んで、おいしいトキシラズを食べました。その翌日、後輩Hは帰路に就きました。次回はA級スポットを

探しておきましょう。

■自宅

  ■2001年4月24日(火)    知床半島・羅臼の露天温泉「熊の湯」付近。4/30  

                  

  草むらの絵ばかりを描いているKさんの個展が始まりました。Kさんは国外の絵画展で賞をもらって

いて、最近評価が高まっています。作品はどれも巨大な油絵です。寒くて厳しい根室の野原をクローズ

アップして、けなげに咲いている小さい花をたくさん描いています。その筆遣いをじっと見ていたら、絵の

表面からほんのりと花の香りがわいてきました。甘酸っぱい香りです。「さすがだ。Kさんのレベルになる

と、匂いまで描けるんだ」。そう思ってわきを見たら、お祝いの花がたくさん飾ってありました。

■あけぼの湯(根室市曙町)

  ■2001年4月22日(日)

  またまた風邪をひいて寝込んでしまいました。まだ根室は最高気温が5度ぐらい。重たい仕事が続い

たことに加え、サケ・マスの出漁や水揚げ関連の仕事で、夜中(午前2時)や明け方(午前4時30分)の

花咲港をうろつき、そのまま夜まで働くような日々でしたから。寒い格好で寝込むこともしばしばでした。

この週末は食事を作るのも面倒なので、土鍋で野菜と魚(シロザケ)を煮込み、ゆでうどんを入れながら

朝、昼、夜と、栄養をとりました。今週は無理せず、回復できるようにしたいものです。

■自宅

  ■2001年4月16日(月)

  忙しかったです。森首相が来たり、スウェーデン人のお客様が来たり、サケ・マス漁船が出漁したり。

  こういう時こそ、どうでもよい話を。「ホワーン、ホワーン、ホワーン」。会社で仕事をしていると、すぐ

前を通る国道で、大型車がクラクションを連発しました。「うるせえなあ」と、窓のブラインドの隙間から

外を見ると、根室交通の真っ赤な路線バスでした。バス停のスペースに違法駐車の車があり、どけて

ほしかったようです。それでも持ち主はでてきません。「ホワーン」。また鳴らしました。「少しぐらい手前

で客を降ろしてももいいだろうに」と思うのですが、運転手も粘ります。そのまま2、3分たちました。する

と隣の郵便局から持ち主がやっと出てきて車を移動しました。頭をペコペコ下げていました。「乗客は待

たされて困っただろうな」。そう思って車内を見ると乗客はゼロ。バス停にも人はいませんでした。空っぽ

のバスは、そのままバス停を通過し、どこかへ去っていきました。律儀なことです。

■自宅

  ■2001年4月5日(木)

  結局オーロラはだめなようです。どっちにしろ曇っていますし、今日は寝ます。オーロラが出ないと

思ったら、その代わりに「蜃気楼」(森喜朗の音読み)首相が土曜日、根室まで来ることが決まった

とのことです。北方領土問題の現地視察のためですが、やめる人に何を頼めるというのでしょう。

■自宅

  ■2001年4月4日(水)

  十勝管内陸別町の銀河の森天文台が「オーロラ警報」を発令しました。太陽の黒点で、先日の観測

時の10倍に相当する今回最大のフレアが観測されたそうです。5日から6日にかけてがチャンスという

ことです。絶対見てやります。そういえば今日NHKの映像が乱れたのも、フレアによる地磁気嵐の影響

なのでしょうか。でもオーロラは見えません。問題は明日です。明晩の根室は少し雲が出るようです。

  先日の道産子宣言の話。別の人に言ったら「よし、それなら道産子として認定しよう」と許可をもらい

ました。

■自宅

  ■2001年4月2日(月)

  今日で北海道移住10周年となりました。先日、根室の人に「これで道産子宣言してもいいですよね」

と聞くと、作家のTさんは「ばか。俺なんて30年いても認められないぞ」と却下。水産加工業のKさん

は「俺で3代目だけど、やっと道産子になりかけた。5代ぐらい続かないと本物じゃない」だそうです。

北海道で5代目ってことは開拓期の最初の移住世代。そんなのは札幌農学校の生徒かアイヌ民族ぐら

いです。しょせん、みんな流れ者ってことか。偉そうな顔はするな、と。道産子宣言は私の独り言程度に

しておきます。

  北海道で11年ぶりに低緯度オーロラが肉眼で見えるかもしれないとのことです。灯りのない根室は

絶好の観測地点。しばらく注意してみましょう。

■別海温泉郊楽苑(別海町別海)

  ■2001年3月28日(水)

  先日落下したロシアの宇宙船ミール。「万一の場合は地下に避難しましょう」と言っていたのをラジ

オか何かで聞きましたが、地下にもぐって助かるようなものなのでしょうか。私は地下にいてもだめだと

思います。何トンもの物体ですから、地表をつきやぶって地面に深くささり込むことでしょう。注意しまし

ょう、と言われてもどうしようもない。山道にある「落石注意」の道路標識と同じです。急に落ちてきたら

逃げられません。

  仕事で絵本読み聞かせの講演を聞いて、その中で紹介された作品「きつねのおきゃくさま」を買っ

てしまいました。悪いキツネが、ヒヨコやウサギたちを食べる目的で食事を与えて太らせたが、そのヒヨ

コたちの純朴な感謝の思いにキツネは心動かされそうになる。その時、そのヒヨコたちをオオカミが横

取りに来た。キツネはオオカミと戦う。そして勝つ。その勇敢さにヒヨコたちはますます感謝する。しかし、

傷だらけになったキツネはその夜、「恥ずかしそうに笑って死ぬ」という話でした。おすすめです。すぐ読

めます。

  今月のありがとう。仕事でとても疲れていて「もうぐったりですよ」と愚痴ったら、机の引き出しから

「アリナミンV」を出してプレゼントしてくれた図書館長Tさん。31日で定年退職ですね。お疲れ様でした。

汗びっしょりになりながら子供たちに「影絵芝居」を見せていた姿を忘れません。  

■自宅

  ■2001年3月22日(木)

  最近根室を訪問したという東京の出版社「地湧(じゆう)社」の社長に電話する機会があって、少し話

をしました。社長「根室の自然も人間も、神様が最後にとっておいてくれたんだね」。

  根室もいつの間にか春が近づいてきたようです。雪はアスファルト上からはほとんど消えました。流

氷も沿岸に取り残されたのがちょっとあるだけです。このまえはエゾシカの大群にあいました。写真は

デジカメで撮れば良かったのですが、スチール用のカメラしか持っていなかったので、残念ながら手軽

に皆さまにお見せすることはできません。忙しい仕事の合間に見える大自然はそれだけでエネルギー

を与えてくれます。頑張ろうと思うものです。

■自宅

  ■2001年3月12日(月)

  油断は禁物です。この週末はかぜをひいて寝込んでしまいました。今年の冬は冬らしくて良かった

などと、なめたことを書いたものだから、北風の神様が怒ったのでしょう。昨日の最高気温は氷点下7

度。寒い。そんなわけで、のどをやられて布団の中でずっとせき込んでいました。すると、私の部屋の

上からもせき込んでいる音が聞こえてきました。アパートのお二階さんもかぜをひいたようです。

■あけぼの湯(根室市曙町)

  ■2001年3月4日(日)

  私が勤務している会社は3月1日と9月1日が人事異動です。根室勤務も丸3年なので転勤する危

険が高かったのですが、何とかしがみつくことができました。うれしい限りです。もう1回、トキシラズとサ

ンマの刺し身を楽しめます。暴風雨の中、銭湯に出掛けて回数券を買って入りました。

  ところで今年の冬は冬らしくて良かった。10年前に北海道に来たころは「夏がない」と嘆いていまし

たが、もし今、東京に引っ越したなら「冬がない」と嘆くことでしょう。

■自宅

  ■2001年3月1日(木)  結氷した別当賀(べっとうが)川。2/27

                  

  久しぶりの更新です。仕事で高校の卒業式に行ってきました。来賓あいさつで、昨年と同じ根室市

役所の幹部がステージに立ちました。そして今年も言いました。「新年度には新校舎が完成する運びと

なりまして、道(北海道庁)ならびに関係者の皆さまに対し心より感謝申し上げます」。だから、それを

卒業生に言ってどうするの。

  釧路にいる同業他社のS君が、阿寒町の国道で車を運転中、凍結路面でスリップして道路標識に

ぶつかったそうです。私「それは危なかった。車は大丈夫?」。 S君「いや、それよりも問題はその標

識の方で」。 私「どうしたの?」。 S君「『スリップ注意』でした」。ははは。

  久しぶりなのでもう1話。先日、歩くスキーで結氷した別当賀川をさかのぼりました。自然への畏怖

(いふ)を感じるものすごい原生林です。シマフクロウ生息地で、しかも3、4月が繁殖期なので、あま

り刺激しないように林の中に行かないようにしていましたが、途中でかなりの至近距離から「ぼー、ぼー

」とシマフクロウらしき動物が鳴き始めました。まずい。近くにいる。人間が近づくと繁殖活動の邪魔に

なってしまうので、すぐに引き返しました。どこにいるかは薄暗くてよく分かりませんでした。街に戻

ってこの話を地元の知人にしたら「それは危なかった」と言われました。 私「やっぱり時期的にまずか

ったですか」。 知人「うん。でも君なら大丈夫」。 私「えっ、どうして」。 知人「人間じゃなくて動物と思

われたよ」。    

■自宅

  ■2001年2月11日(日) 流氷の納沙布岬から北方領土をのぞむ。2/17

                   右写真の奥に見えるのが北方領土・歯舞諸島です。

      

  午後11時40分に車で釧路の市街地を出てから、根室の市街地に着くまで、一体何台の車とすれ

違うか数えてみました。3連休の合間の深夜。おそらく少ないことでしょう。その距離は120キロ。2時

間の道のりです。1台、2台・・・・・。厚岸、浜中と通り過ぎ、根室に到着。なんとわずか10台でした。

そのうち2台は札幌行きの深夜バスでした。静かな夜です。

■自宅

  ■2001年2月4日(日)

  酪農家のSさんが年賀状で一等賞を当てました。Sさんは「子供たちの犯罪が問題になっているけど

ね。動物と触れあっていればそんな問題なんて起きるはずないんだ」というのが信条。去年は自分が飼

っている馬6頭を、市内の観光地、北方原生花園に観光用に放したり、今月のニムオロ冬の祭典では、

馬そりで子供たちに喜んでもらおうと、草競馬で優勝した「ノサップ号」を貸し出すとか、金にもならない

ことに、どんどん協力しています。酪農の仕事も忙しいはずなのに。「根室は昔の馬産地なんだ。コン

ブを運んだりで活躍したんだよ。根室の馬の伝統をみんなに見てもらいたいね」。そんな熱意と努力を

神様は見ていたのでしょう。市内でも2人だけという1等賞がプレゼントされました。そのSさん。選んだ

景品がマッサージいす。「いつも働いてくれるカミサンのために」だそうです。

■あけぼの湯(根室市曙町)

  ■2001年2月1日(木)

  あけぼの湯のおばちゃん。ボイラーの出力もっとあげてください。お湯がぬるくて寒いです。

■自宅

  ■2001年1月27日(土)

  有志による「歌会はじめ」の宴席に参加しました。出席は11人。1人1個「お題」を書いて、そのうち

任意の6つのお題に挑戦します。できた川柳なり句なりから出題者が最優秀1点を選びます。酒と料理を

楽しみながら私も一生懸命考えました。でもみんなレベルが高くて私はさっぱりでした。ほかのみなさん

は例えば「吹雪」というお題で、「雪女 吹雪に出てきて 道に迷い」とか、「カレンダー」というお題で、「

カレンダー その丸印が 意味不明」などとスラスラと読み上げます。私は「連」というお題で、「歌会や

 針のむしろの 連続か」という程度。もっと勉強します。 

■自宅

  ■2001年1月25日(木)

  昨日、札幌出張からJRで帰ってきました。車窓から見える北海道はきれいです。特に道東は。その

中でも厚岸から根室は格別です。青く澄んだ空の下にうねる真っ白な大地。太平洋。シカの足跡。声

も出ません。何度見ても。釧路から乗り換えた根室行きのワンマン列車では窓際に座って、ずっと外を

見てました。すると、隣にいた白髪のおばあちゃんが突然「ほれ」と私の手のひらにあめ玉を3つ乗せま

した。1つはレモン飴で、あと2つは白いミルク飴。ミルク飴の方を口に含むと、目前に広がる雪の純白さ

と、ミルク飴の甘さが一体になって私の口の中に広がりました。

■みなと湯(根室市海岸町)

  ■2001年1月20日(土)

  根室はNHKスケート解説でおなじみの元五輪スケート代表・浜谷さんを生んだ場所です。日本で

最初にスケートが伝えられた場所でもあります。その根室市営の屋外リンクで先日スケートを滑りました。

もちろん滑走無料。スケート靴は「レンタルはないけど貸し靴ならあるよ」と管理人が無料で貸してくれまし

た。私のホームリンクだったK越リンクとちがって、ここはK越で禁止されていたスピードスケートで一色。

みんな格好いい。ぴっちりタイツの子供たちがオリンピック選手のようにコーナーを回っていきます。そし

て親やコーチの「けつ下げろ、けつだ、けつ、けつ、けつ」という怒鳴り声がマイナス10度の根室の空に

響きます。私も少し下げてみましたが、これ疲れます。確かに安定感はでますけど、今の私が勝てるの

は根室では小学1、2年生ぐらいまでです。3年生にはもう勝てません。K越ではそう負けることはなかった

のですが。本場の底力を感じました。

■自宅

  ■2001年1月16日(火)

  最近は更新もろくにしないのに、なぜかアクセスカウンターの回転だけが早くなっていて、みなさん

こんなはしっぽにいる不精者のHPにわざわざ労力を使ってアクセスしていただいて有り難うございます。

基本的に私はこのHPは私の大切な知人の方々への近況報告のつもりで書いていますので、本当に

うれしい限りです。それで10日ぶりの更新になります。昨日は根室で私が世話になった大切な年配の

知人が手術を受けたので見舞いに釧路まで行って来ました。顔は元気そうだったのですが、その人は

女性なのですが「私は末期がんなのよ」と自分の口で言ってました。手術の時は大量のO型の血液を輸

血するほどだったそうです。その方は言いました。「私泣いたのよ。すっかり涙もろくなってね。きっと涙も

ろい人の血をもらったのね」。負けるなNさん。また帰ってきたらみんなで川湯温泉に行きましょう。

転勤で根室にいなくても万障繰り合わせて行きますから。 

■自宅

  ■2001年1月6日(土)

  実家への帰省から帰ってくると、発泡スチロール箱に入れて玄関前に置いていた「サンマのみりん干

し」が、なぜか中身だけごっそり消えていました。まだ10数匹残っていたのに。なぜだ。地元の人にその

話をすると、津野君のサンマのおかげで、きっと幸せに年を越せた人がいるんだよ、と慰められました。

冷凍庫代わりにと思って屋外に置いたのですが、そう言われると、あきらめようかという気分になります。

「かさこ地蔵(*)」の気分です。*注・あるおじいさんが年越しの資金稼ぎに「かさ」を売りに行ったが全く

売れず、帰り際にそのかさを通り沿いのお地蔵さんたちにかぶせて帰ったところ、その夜中にお地蔵さん

たちが雪の中をお礼に訪ねてきて、年越しの食糧をどっさり置いていったという昔話。


  根室の銭湯  1999年前半後半  2000年前半後半   2001年前半   根室の看板  
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