| 根室の銭湯・1999年後半 |

「十二月十二日の水」。根室の奇習。***** 私のホームページ
この日の朝一番にくんだ水で書いて台所や風呂場に張ると、火事にならないのだそうです。
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■自宅
■1999年12月30日(木)
1000年代の最後まで、あと1日になってしまいました。今日は仕事納めでしたが、ここのところ199
9という数字に追われて、なにか落ち着かない日々を過ごしていました。わけもなく「1000年代最後の
**」とか「やっとけば良かった」と後悔しそうなものがありそうです。案の定、今日は1999年限定の
「ファンタ・クリアピーチ」にお別れをしていないことに気づき、自販機で買ってきました。これ、味は合
成っぽくて気持ち悪いけど、たまに飲むのは嫌いじゃなかったです。期間限定にしたのは味に自信がなか
ったからでしょうか。いずれにせよ年明けとともに自販機から消える運命にあります。2000年には
「ファンタ・トマト」なんかやってほしいですね。
今年は独り勝ちの豊漁で、根室のスーパーも混んでいました。知人のMさんも幼い娘さんと一緒に
来ていました。しばらく話をしていると、娘Sちゃんが突然私に「きょうね。お父さんとお母さんがけん
かしたんだよ」と教えてくれました。Mさんは「そんなこと言うんじゃない」とあせっていました。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年12月23日(木)
正真正銘、本物のゆず湯でした。冬至は昨日でしたが。
さて。昨日、図書館のMさんから「十二月十二日の水」の短冊をもらいました。これは根室独特の習慣
で、この日の朝にくんだ水で墨をすり、この字を短冊に書いて台所や風呂場に張ると火事に遭わないそう
です。自宅には去年もらった短冊しかなく、古くなっていたので感激です。来年も火の元に注意します。
今年の短冊は進化しました。今回いただいたのは、裏面に両面テープが張ってあるので、手間を掛け
ずにワンタッチで取り付けることができます。
ちなみに、根室でこれをやっている家は商売人を中心に結構多いです。逆さに張る家もあります。由
来は不明です。
■みなと湯(根室市海岸町)
■1999年12月18日(土)
2000年問題で、長期間保存できる缶詰が売れているそうです。ぜひ根室のサケ・サンマ缶を買っ
てほしいものです。「2000」というきりの良い数字で、年配の知人から言われたことを思い出しました。
「いま何歳?」。 「26です」
「そうか。生まれてから1万日目っていつだか知っている?」。 「えー。いつですか」
「それは27歳と数ヶ月なんだ。ちゃんと覚えておいて、その日になったら、お母さんに『生まれてか
ら1万日になりました。ありがとうございました』って言うんだよ。喜ぶから」
―と、言われました。計算すると、それは7月ごろに来るようです。なるほど、ほとんどの人が気付
かずにこの日を通過してしまっているのではないでしょうか。生まれてから1万回朝日を迎えて、1万
回夜が来て。最初のころのは覚えていないけど、こうやって数えてみると、人生って案外短いのかも
しれません。2万日目はもう54歳ですから。
学生時代にフランス語を勉強したことがあるのですが、銭湯に入ると日本を感じます。特に豪快に
身体を湯の中に沈めた瞬間はそう思います。JAPON。
失礼しました。
■自宅にて
■1999年12月14日(火)
最近は火曜日ばかりに書いてます。日曜日のバレー大会で優勝しました。これはうれしかったです。
大学の後輩のNも一緒で、夜はチームメイトと祝勝会で盛り上がりました(すぐ寝ましたけど)。
その時に、試合中に撮ってもらった自分のプレーをビデオで見たのですが、余りの情けなさに
ショックを受けました。「俺ってこんなに跳んでなかったっけ」。まるで高校時代の自分のようでした。垂
直跳び60センチってね。反省しました。これからは謙虚に生きようと思います。
日本酒を飲んでいます。ちっともおいしいと思ってはいなかったけど、新陳代謝が下がってくると、が
ばがば飲むビールよりも日本酒やウイスキーの方が好きになるそうです。それで、今、おいしいです。
飲んでいるのは根室が誇る地酒。北の勝(キタノカツ)です。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年12月7日(火)
漢方湯がいつにも増して濃かったです。今日の根室は大雪だった他の地域とは違って暴風雨でした。
別海とか中標津は暴風雪で何十センチも積もったようですが、ここは風速36メートルの突風で、空き
家が倒壊したぐらいでした。インフルエンザが流行っているようなので、気をつけようと思います。
■自宅
■1999年11月30日(火)
根室にとって最高の季節、秋が今日で終わりました。きれいな空と星を堪能させてもらいました。
冬の空もきれいですが、ちょっと風が強すぎて、外でゆっくりするのには寒すぎます。
昨日、釧路で、映画「若者たち」3部作のうち「若者たち」「若者はゆく」を見ました。主演は田中邦
衛です。田中邦衛は5人兄弟の一番上の太郎役で、汚い現実に妥協しながらも精一杯働き続ける。
一方、3男の三郎は大学に進んで青臭いことを言い続け、太郎としょっちゅう衝突する。こんな話。
家の中のちゃぶ台が5分に1回、ひっくり返っていました。そして・・・。テーマソング。
♪君のゆくみちは〜 限り〜なく〜遠い。
この前の飲み会で、この世代の人たちと肩を組んで若者たちを歌ったのは、ちょっとやりすぎだった
かもしれない。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年11月23日(火)
NHKテレビで、えりも岬から宗谷岬まで走るジャーニーマラソンをモデルにしたドラマをやっていま
した。主演は筒井道隆。筒井道隆といえば、これまでに私は7人ぐらいから「似ている」と言われたこと
があります。でも、最近は言われなくなりました。良かったです。今、ドラマが終わりました。年内に一
度、ボロボロになるまで走ってみたいです。去年は凍死しそうになりましたが。
あけぼの湯。今日は繁盛していました。今日は勤労感謝の日だったんですね。
■自宅
■1999年11月20日(土)
今週はしし座流星群を見ました。根室は快晴だったので、これを逃すわけにはいかないと、午前2時
に家を出て、360度明かりが見えない牧の内の原野まで行きました。夜空に星はいっぱい。でもオホー
ツクのサンマ漁が操業中で、根室半島の北側はサンマの集魚灯で結構明るかった。
見えた流れ星は40分で6〜7個。予想より少なかった。でも、どこかで読んだこんな言葉。
「流れ星は大出現の時もあれば、外れの時もある。ただ、夜、外に出て星を見ようとしないものは、どんな
大流星群も決して見ることができない」。
いつか嵐のような大流星群を見てやろうと思います。
■別海町郊楽苑温泉(別海町別海)
■1999年11月13日(土)
湯船で1週間をふり返ると、字にはできなかった幻の記事のことを思い出しました。
それは「1」が並んだ平成11年11月11日のこと。私が担当する根室版でも何か「1並び」にちなん
だものが書けないかと思いました。そこで浮かんだのが11歳を迎える子供の誕生会。ちょうど小学5年
生なので、クラスで何かやってもらえれば記事になりそうです。そこで、市内中心部の大規模校に聞いて
みました。しかし、いませんでした。次に郊外のへき地校。一学年数人なので、ほとんど期待していなか
ったのですが、一人だけいました。しかも、その子は日本で「1」番東にある珸瑤瑁(ごようまい)小の児
童。つまり、日本で「1」番東の小学校で、平成「11」年「11」月「11」日に「11」歳になる・・・。
「やった」と思いました。しかし、先生がたは「何もする予定はありません」とつれない。そこで「そこを
何とか。せっかくなので、みんなで祝福しましょうよ」と粘りました。しかし、「そんなこと突然言われても」と
乗り気じゃありません。その後、一度はOKをもらったのですが、最終的には「お断りさせていただきま
す」との電話がはいりました。 ああ、一並びが・・・・。この話をある人にすると、「5年生ってのは微妙な
年頃だから、なかなか難しいのよ」と言われました。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年11月12日(土)
この漢方湯に入ったら、市役所のMさんが来ていました。家は離れているのですが、「むかしは近
くに住んでいたんだ。たまに懐かしくて入りに来るんだよ」とくつろいだ表情で語ってくれました。番台の
おばちゃんとも話し込んでいました。
昨日、年配の知人から自家製のイクラを1カップもらいました。根室の港に揚がる秋サケをもら
って、この腹をさいて卵を取り出して作るそうです。作るときは、バドミントンのラケットが威力を発揮する
とのこと。魚から取り出した時は卵が薄い膜に包まれた状態なので、これをラケットの上に乗せて、一粒
ずつほぐして分解するそうです。できあがったイクラはざる一杯。今年はイクラも高く、見るだけで感動で
す。でも、その家の息子は学校でバドミントン部なので、そのようなラケットの活用法を、あまり良く思って
いないそうです。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年11月3日(水)
久しぶりに漢方系の湯でした。いつも通り、午後9時半ごろに行ったのですが、客は3人だけです。
これは少ない。みなと湯の影響でしょうか。根室では車で銭湯に行く人が多いので、ほかの銭湯に
簡単に流れます。ぼくは、あえて、あけぼの湯に来たのですが、確かに「どうせならみなと湯に行こう」
という気持ちは分かります。露天ぶろですから。
ほかの銭湯は危機かもしれません。ぜひ深夜営業を。
先日、復活を誓った「頭の良くなる木」ですが、3本あった若い芽のうち2本が倒壊しました。現在、
原因を調査中ですが、根元が腐ってやせ細っていたようで、ショックを受けています。比較的順調に
育っているように見えたのですが・・・。魚焼き用の鉱石「魚焼きの達人」の使い古しを鉢に入れたの
が、良くなかったのかもしれません。いや、若い芽といっても太い幹のそばにあったので、そちらに栄
養を奪われた可能性もあります。残る期待は太い幹の上方にある葉か、10月に幹から切りとって、隣
に植え直した子供だけになってしまいました。これから冬ですが、果たして、どうなるでしょう。アデランス
のコマーシャルみたいに増えてくれれば良いのですが。
先週末は半年ぶりに札幌に行ってきました。北大のまわりに飲食店が増えたような気がします。不
況で独立する人が増えたのでしょうか。変わらないのは札幌にいる友人と、なじみの店と、むかし住ん
でたところでした。でも、懐かしさを消化しきれなかったような気がするのは、バレーボールをして汗をか
く時間がなかったからでしょうか。
■みなと湯(根室市海岸町)
■1999年10月19日(火)
おととい移転開業したばかりです。市内の銭湯で初めて露天ぶろが付きました。とても楽しみに
していたのですが、これを記事に書いた後で、他の銭湯の経営者から「どうしてあんな銭湯のことを
書いたの?。ほかの銭湯にとっては死活問題なんだよ」と言われたので複雑です。銭湯は零細経営
なので組合を結成して、お互いが支え合ってきたとのことです。知っています。家庭ぶろがない世帯
のために、行政は各銭湯の経営を手厚く保護しています。だから、浮いたサービスをされては困ると
いうのですが、でも、銭湯は独自性を競ってほしいものです。
例えば、夜遅い私のような人のために1軒ぐらい深夜まで営業してくれるとか。
■花山荘(中標津町養老牛温泉)
■1999年10月10日(日)
やっと山に行けました。今年2回目。たったの2回です。まだ雪が残る5月の雄阿寒岳(1371m)か
ら、もう紅葉の終わりかけた今日の武佐岳(1006m)まで飛んでしまいました。
2時間弱で着いた武佐岳の上からは根釧原野、そして国後島がぐるり。スキーウエアを羽織りました
が、意外と暖かく、沸かした紅茶を飲みながら30分ぐらいボーっとしました。煩悩が消えてなくなる・・・。
こうでなきゃ。やってらんないです。北海道にいる意味がない。帰りは温泉の露天ぶろから星を眺め、そ
の後はモンゴルの平野のように真っ暗な牧草地をひとっ走り。しました。
来週はもう寒いでしょうか。1500メートルを超す知床の羅臼岳や硫黄山は無理でしょうが、武佐岳
クラスの標津岳ならまだ行けるかも知れない。
先日。埼玉で高校時代の友人の結婚式がありました。根室の牛乳と縁が深い(偶然)新郎新婦で、新
婦は根室の牛乳を卸す会社で、友人の新郎はそれを消費者に売っています。私も根室を代表して、もっと
根室の牛乳をPRしてもらうよう新郎の上司にお願いしてきました。まずは良い結婚式でした。他人の結婚
式は親戚や先輩、後輩とかに出たけど高校時代の友人は初めて。好きなことさせてもらったし、感激です。
飛行機の関係で、二次会に行けなかったことが心残りで、別海の温泉の露天ぶろで、パチンコ屋の夜景を
見ながら「今ごろ盛り上がっているんだろうな」と考えていました。幸せそうな2人の笑顔が印象的でした。
その結婚式の帰り。予約した西武特急に乗り遅れてしまいました。でも電車は動き出したばかりだった
ので、駅員に「あれに乗る。止めてくれ」と、食ってかかっりました。しかし、若い駅員は「そんなこと言われ
ても」と止めたのは電車ではなく、オレの要求でした。「そうか、ここは根室じゃないんだもんな」。酔ってた
ので、あきらめました。
NHKスペシャルで「なぜ若者が会社を辞めていくか」という番組をやってました。登場した人達は団塊
ジュニアと呼ばれるオレと同世代。旧世代のお気楽ぶりに「アホかと思った」などと不満が続出。月曜日か
らはETV特集でもシリーズでやるらしい。
■自宅
■1999年9月27日(月)
「頭の良くなる木」が枯れてしまいました。最近のどたばたで、水をやるのを忘れていました。この木
は日が当たらない勉強机に置いても花が咲くので、こういう名前が付きました。しかし、この暑い夏に、
つい、窓際に置いてしまったため、カラカラになってしまいました。残念です。でも、私はあきらめません。
私は、真っ赤に枯れたアロエに、ビールをやって復活させた経験もあります。この「頭の良くなる木」
も蘇らせましょう。根元にはまだ3センチ程度の若い芽があります。まだ大丈夫です。そのアロエは
今では子供が2本生まれています。この木もやってみせましょう。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年9月18日(土)
よい天気。根室半島の夜空には、くっきりとした天の川が音もなく輝いています。銭湯帰りの気持ち
良さといったらありません。せめて毎日、こんな気分が味わえるよう、午後9時までには帰宅したいもの
です。花咲港には連日、サンマが1000トン以上も水揚げされています。これだけ多いと、小型魚が多
い船は見向きもされません。この前の花咲市場のせりでは、まだ二隻分が残っていたのに、みんな途
中で帰り始めてしまいました。困ったのは、市場のせり人。ちゃんと売らないと漁船の船主から怒られま
す。「おい、帰るな、まだあるぞ」。だれも反応しません。「180円。おい、バン(机をたたく)。150円」。
みんな無視。「ほら、どうした。100円だ」。もうほとんど全員が出終わるところ。「80円。50円。バンバ
ン魚屋ーーー!」。ようやく1人が手を挙げて、競り落としました。「せりはけんかだ」。誰かが言ってたの
を思い出します
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年9月7日(火)
根室では消え入りそうな「文化放送ライオンズナイター」でライオンズのダイエー戦勝利を確認して
から、雨の中を出掛けました。銭湯では消防署のYさんに会いました。Yさんはランニング愛好家で、い
つも走っています。この前は、走っている途中に、根室ではとても珍しいクワガタを見付け、支局に持
ってきてくれました。私も本州の実家にいたころはよく採りましたが、9年前に北海道に来てからは見
た記憶がありません。だから、とても懐かしかったです。
そのクワガタ。甥(おい)にプレゼントして1週間後に死んでしまったそうです。ヒシサンホーマのク
ワガタ飼育セットで育てたそうですが、弱っていたのでしょうか。
■光洋湯(根室市光洋町)
■1999年9月4日(土)
夜遅かったけど営業していました。あけぼの湯は終了30分前で受け付けが終わるけど、ここは
10分前でも大丈夫でした。おかげで久しぶりの銭湯を楽しめました。光洋湯、ありがとう。でも5分で
泡ぶろがストップ。掃除用のホースを持ったおばちゃんが入ってきました。
今晩はさんま祭りでした。炭火焼きのサンマ1トンが無料。YOSAKOIソーラン踊りのチームもほと
んどがサンマバージョンで、リズムに合わせて「根室のサンマは日本一」と叫んでました。サンマの炭
火焼きは並ぶのが大変なので食べませんでしたが、浜の母ちゃんが作ったサンマの竜田揚げとサン
マの昆布巻きを食べました。おいしかったです。いろいろと苦しい日々が続いていますが、やっぱり
人間を救うのはおいしい食べ物と踊りじゃないでしょうか。
会場でばったりNに会いました。
■自宅
■1999年8月10日(火)
金刀比羅神社の例大祭。人口3万5000人の小さい町なのに漁師町の祭りの派手なこと。今日は
市内のお店はほとんど休み。みな祭りの行列に加わっていました。いや暑いこと、暑いこと。根室で
も5年ぶりに30度を超えて30・4度まで上がりました。こんなにいたのかと思う若者はスポンジの水を
頭からかぶっていました。そして彼らの太鼓がうまいこと。祭りが最高潮になると帰省した連中も加わっ
て?代わる代わる太鼓をたたくのですが、出る人出る人みんなすごい。音がすかーんと響くのです。聞く
ところによると夜中まで相当練習しているそうで、ある大人は「そこまでしなくても」とあきれていました。
■光洋湯(根室市光洋町)
■1999年8月8日(日)
外からの帰りにミニスーパー「いちまる」に初めて立ち寄りました。店主のNさんは毎日市場に来て
います。それだけにやはり魚と野菜の生鮮品は充実していました。安かったのでみそ汁用の舞タケを
買い込み、サケもおいしそうでしたが、家にはサケ2匹分が冷凍庫に入っているのでそれを食べることに
しました。冷凍庫の2匹はシロザケとベニザケ。この前、自分で3枚におろしたものです。ステーキ並みの
厚さです。昔の本州みたいに爽やかな暑さ。名物の霧も今年はほとんどかからず、空は真っ青。からっと
焼いたサケは最高です。
■自宅
■1999年7月28日(水)
落石(おちいし)でコンブ船が転覆、乗っていた親子2人が死亡。泣き崩れる家族。
その場に居るのが本当に辛かった。
無線が入る。「1人見つかったぞ」と漁協幹部。「どうだった」と家族。「・・・・」。「どっちなの」。「・・・」。
救命胴衣を着ていなかったのが悔やまれます。夫はかみさんが漁船に乗るとき、必ず救命胴衣を
着せるそうです。でも、男性は着ない場合が多いとのこと。
コンブ漁業は家族経営です。一回の海難の影響ははかり知れません。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年7月24日(日)
今日は森林湯でした。色は青。森林だから緑の方がいいと思うのになあ。
仕事の方が重くて休日も楽しめない。リフレッシュしたいのに、ただ眠たくてずっと寝てしまいました。
それでもやらなきゃならない仕事があるので夕方に起きたけど、どうもすっきりしない。そこで地元の
歯舞漁協が今月初めに売り出した「天海美水(てんかいびすい)」というミネラル天然水を買って飲みま
した。海藻の成分が含まれたタラソテラピー(海洋療法)飲料で、360ml220円。220円で元気が買え
るなら安いモノ。ごくん。のどごしは柔らかく、しみ込む感じ。すー。力が湧いてきたー。
その後、ついキムチを食べてしまいました。
■あけぼの湯(根室市曙町)
■1999年7月11日(日)
しばらくぶりの銭湯でリラックスできました。頭の回転が良くなりそうな気がします。
今日は北方領土からビザなし交流で来ていたロシア人青少年を根室港で見送りました。北方領土行き
の中型客船が港を離れると、日本の子供もロシアの子供もみんな手を振り振り仲良く別れました。領土問
題が解決した後もこんな感じで定期的に交流を続けたいものです。
根室港を去った子供の中に択捉島から来た13歳の少年アリョーシャもいました。彼は前夜に「楽しい。
帰りたくない」と言っていましたが、この日はありったけの笑顔で帰っていきました。「家族によろしく伝え
て」と私が言うと、「もちろん」と答えて船に乗り込みました。
私がこの家族を知っているのはなぜか。それは、つい2週間前、択捉島でお世話になったからです。
■1999年6月24日(木)=北方領土5泊6日訪問=
一行は元島民、北方領土返還運動関係者ら60人で、私は報道機関の枠で行かせてもらいました。北
方領土は本来は日本領なので、ロシアのビザを取得して入域することは、ロシア領であることを認める
ことになるので、外務省の通達で禁止されています。だからビザなし訪問以外で行くことはできません。ビ
ザなし交流はロシア人に領土問題を知ってもらうことと同時に、返還後に日本人とロシア人が仲良く暮らせ
るようにと1992年から続けられています。
23日夜、4時間の航海を終えて国後島に到着。翌朝に上陸しました。出迎えた地元の子供た
ちはみんな帽子をかぶっていて、ヤクルト、西武、広島などの野球帽もありました。私が「それ、どこで買っ
たの?」と聞いたら、「海岸に落ちていた」とのことでした。それほど日本に近いというわけです。
昼は家庭を訪問。ゲンナジーさんの家でイワシをごちそうになりました。「魚は買うものじゃなくて取ってく
るモノだよ」。自然が豊かな島なのです。
夜は広場でお祭りでした。ロシア人の同世代の男性から声を掛けられました。「あなた津野さんでしょ」
「え?」「花咲港で見たよ」「は?」「折り紙を折った」「なんで?」「やすけで飲んだでしょ。1年前に」。これで
思い出しました。確かに飲みました。スラーフスクという船の乗組員で、たしかに花咲港の居酒屋で会った
ことがあります。この時に会社の先輩の子供と一緒に折り紙をしました。彼もよく覚えてた。偉い!今は別
の船に乗っているそうです。この日の夜は客船に泊まりました(以下、全泊同じ)。
■1999年6月25日(金)国後島
この日も国後島。軍用のトラックだかバスだかに乗せてもらい、手付かずの大自然を案内してもらい
ました。「あの山の名は何ですか」「バリシャーヤ・ガラー(でかい山だ)」「この滝は?」「バダパート(滝だ)」
。さすが母なる大地の国。おおらかです。
■1999年6月26日(土)択捉島
択捉島まで13時間。海上が荒れたため出発が遅れ、択捉島には午後6時に着きました。私たちを
待ってくれている家族がいるので、そのまま上陸しました。そして夜8時から2時間、3人ずつ別れて各家庭
を訪問しました。私が訪れた家庭は今日見送ったアリョーシャの家でした。家族総出で迎えてくれ、もの
すごいごちそうを用意してくれていました。死ぬほどの料理を食べ、そして「乾杯!」の嵐でウォッカを飲まさ
れました。心から歓迎してくれているのが肌で分かりました。
家には日本製のテレビやステレオがそろい、なかなか良い暮らしです。35歳の女性のフランソワさん
と夫、そして祖父母がいて、13歳のアリョーシャはなぜか正装でした。あと2歳の子供。みんな私のつたな
いロシア語を一生懸命聞いてくれました。そこでアリョーシャが7月に根室に来ることを聞きました。
■1999年6月27日(日)択捉島
別飛(べっとぶ)という街に近い草原で昼食会。前日の一家も来て、ウォッカを飲みました。それにして
も凄い大自然。根室もすごいと思ったけど、ここは根室の原風景を見るよう。舗装道路がないので、余計に
自然の豊かさが感じられます。高山植物が咲き乱れ、遠くには雪をかぶったチップリ岳。馬に乗ったりなん
だりで、すっかり楽しみました。日本だったら開発しちゃうかな。「択捉プリンスホテル」とか。
最終日は買い物です。私はみんなと離れて丘の上から写真を撮っていると、アリョーシャが年下の友達
を連れてきました。好奇心旺盛です。見える建物を一通り教えてもらい、体育館2つ分ほどもある室内テニ
スコートや、ドーム型の温水プールなど、根室にはない最新施設を知りました。町並みの古さと比べて違
和感がありますが、なにせ立派です。新興財閥が建設した水産加工場で作るイクラがモスクワに多く売れ
ているとのことです。みんなから「次はいつ来るの」と言われましたが、私は元島民でないので、北方領土が
戻らない限りもう行けないでしょう。「いつか」とだけ答えておきました。根室から近いんだけどなあ・・・。
■1999年7月8日(木)根室港
そして日本に帰って10日ほどした時です。今度は北方領土のロシア人青少年で構成するビザなし訪問
団が根室港に到着しました。いつもは知らないロシア人を迎えるだけの取材でしたが今回は違いました。択
捉島で会ったアリョーシャが名簿に入っています。待っていると、最後の方に降りてきました。「ようこそ」と声
を掛けると「ハーイ」。そして「船で2日もかかったんだ」と疲れた顔をしてみせました。
北方領土に行って生活を見たことで、四島のイメージが実感を伴ったモノに変わったなあと感じました。
■再び1999年7月10日(土)、11日(日)
土曜日の夜は公民館で日ロの子供たちが一緒に踊っていました。ロシア人のYOSAKOIソーラン踊り
の飲み込みの早さもさることながら、その後のディスコタイムは圧巻。女の子はおへそを出してくねくね踊っ
ていました。年齢は11歳から17歳なのに日本人では考えられません。夜10時の終わりが近づくと、11歳
のお子さまが「最後は静かな音楽でチークにしてくれ」と言ったとか言わないとか。
日曜日。帰る前にアリョーシャは「将来はサッカーをやって、その後は日本語とロシア語の通訳になり
たい」と熱弁してました。サッカーはサハリンの大会に出場した腕前だそうです。択捉で彼のおばあちゃん
から聞いた話です。私の方は、もう少しロシア語を勉強しようと思いました。
楽しい交流でしたが、船が出航後、ある元島民二世が「交流は進めど領土返還は進まず」とぼそっと
つぶやいていたのが印象に残りました。
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