新洋信販公正証書国賠事件

 新洋信販という中小企業金融専門ノンバンクが、釧路に支店を出してまもなく、新洋信販が連帯保証人A男に対して保証債務を支払わなければ給与に対する差押えをすると言ったという相談があった。そして、A男は、公正証書を持参した。
 その公正証書には、次のような特約条項があった。

「本書の再貸付日、金額及び返済日の記入、消込及び公正証書作成時の元本金額及び委任日付等の記入を債権者が記入することを債務者、連帯保証人は異議なくこれを承諾した
承諾年月日  平成  年  月  日」

 私は、これを見て、驚いた。これは、明らかな白紙委任状ではないか。
 貸金業規制法では、白紙委任状の取得は禁止されている(貸金業規制法第20条)。もし、この規定に違反して白紙委任状を取得した場合には、三〇万円以下の罰金に処せられる(同法第四九条五号)。
 これまでにも、債務者が委任状に記載した時には、「白紙」であった旨、訴訟で主張したが、公証人が公正証書を作成する段階では、それらがすべて記載されていたということ、さらに、債権者が、債務者が委任状に署名・押印するときには書いてあったと証言するということから、裁判官に、「白紙委任状である」という認定を受けることは極めて困難であった。

 ところが、この委任状は、白紙委任状であることが明らかである。
 しかも、この委任状の利息の支払い方法の欄には、「経過分を元本返済と同時に支払う」と記載されている。
 しかし、新洋信販の利息等の支払いは、「天引き」である。明らかに事実と異なった内容の公正証書となっていた。
 そこで、私は、新洋信販から、「給料の差押えをする」と言われた相談者の事件で、「国家賠償訴訟」を提起した。
 この事件が、審理されている最中に、又、この同じ委任状で、同じ公証人が、同じ内容の公正証書を作成し、それによって、給料に対する差押えをされるという事件が発生した。
 これについても、「国家賠償訴訟」を提起した。
 この事件において、新洋信販の主張は、次のようなものだった。



 本件公正証書作成嘱託委任状(以下 本件委任状という)の本文3行目の「継続的金銭消費貸借取引」と書かれているのは、甲第二号証の契約書のことであり、本件委任状は甲第二号証の内容を基にして作成されることが前提となっているということである。又甲第二号証は継続的金銭消費貸借取引及び限度付根保証の承諾書なので、継続反復して金銭消費貸借契約を履行する為の契約書であり、これと連動する本件委任状も甲第二号証の範囲内で絶えず総貸付金の額が変化することを想定して作成されたものであり、債務者、連帯保証人等の債務不履行があって始めてその時点での元金が確定するとの特徴をもたせたものであります。
 従って元本金額欄が空白であるのは当然の帰結と言わざるを得ないし、又利息損害金は利息制限法上の規定があり、又甲第二号証中の第四条、第五条に利息損害金の規定があるので空白としたいやわざわざ記入しなかったのが現状です。右のごとき経緯でありますので、被告が、本件委任状を悪用して原告に損害を与える意思等が全くないことが窺知されると思います。
 以上の理由により原告の主張は受け入れません。(尚、新洋信販は、支配人が出頭していました。)
 新洋信販の主張は、極めて正直なものであるが、根本的に公正証書に関する理解が間違っている。

1、新洋信販が主張する継続的金銭消費貸借取引に関しては、「執行認諾」付の公正証書を作成することができないことは、学説・判例上明らかであり、立法経過からもその点は争いがない。

2、公正証書は、そもそも、予防司法として、契約時に作成し、契約に定められたとおりの履行をしなかった時には、公正証書によって強制執行をされることがあるから、公正証書に定められたとおりに履行しなさいよという、目的で作成されるものであるにもかかわらず、新洋信販は、「債務者の債務不履行をまって作成する」と主張している。これは、明らかに、本来の公正証書のあり方からして問題である。
 確かに、支払い期限が経過した後に作成された公正証書も有効であるとされているが、本来の公正証書のあり方からして問題であることは明らかである。 ところが、新洋信販の場合は、最初から、「債務不履行があって始めて作成する」という目的で公正証書を作成している。ということは、明らかに、「裁判回避」であると考えられる。

 この事件の判決では、新洋信販の関係では、本件公正証書が無効であると明確に断定された。
 しかし、公証人にはなんの過失もないとされた。判決理由は、次のようになっている。

〇仮に公正証書の作成嘱託が白紙委任状の取得によってなされたとしても、そのことによって当然に作成された公正証書が私法上無効なものとなるわけではなく、白紙委任状を取得することにより委任の趣旨を超えて公正証書が作成された場合に無効の問題が生ずるにすぎないというべきである。
 したがって、当初委任状が白紙委任状であったことのみを理由として本件公正証書が無効であるとする原告の主張は採用できない。

〇右委任状により作成が嘱託されるべき公正証書の内容については、少なくともその債務の元本金額が未確定であったものというべきである。
 (中略)
 原告の委任により被告会社がなすべき代理行為の内容が一義的に確定していないことになり、原告の代理人として選任された被告会社の従業員が最終的に公正証書に記載されるべき原告の連帯保証債務額を決定することになるから、そのような本件公正証書作成嘱託の代理行為は、民法第一〇八条の規定する双方代理の禁止に抵触する無効なものというべきである。

〇公証人が、本件委任状は当初貸付に係る確定した債務につき公正証書作成嘱託を委任したものと判断したことには何ら不合理な点はないというべきである。

〇本件委任状に「継続的消費貸借契約等の取引」との文言な本件特約条項が記載されていることから、直ちに、公正証書作成嘱託の委任内容が確定しておらず、双方代理禁止規定に反するのではないかとの具体的な疑いを生じるとまではいえず、他に右具体的な疑いを生じるような事情を認めるに足りる証拠もないから、公証人がこの点についてさらに当事者らに必要な説明を促すなどの調査をすべき注意義務があったということはできず、同公証人に原告の主張するような過失があったとはいえないというべきである。

〇当初貸付において利息の天引きがなされ、結果的に、本件公正証書に実態と異なり、利息制限法の制限を超える請求権が記載されている点についても、公証人が利息天引きの事実を知らなかったことは前記認定のとおりであり、他にこの点についての具体的な疑いを生じるような事情を認めるに足りる証拠もないから、同公証人にこの点についての過失があったともいえない。

感想

 債権者の認識が、前述のとおりであるとするならば、公証人が、債権者に対して、どのような貸金業務に付随して公正証書を作成するのかを尋ねれば、債権者は、「公正証書作成の目的」を公証人に説明するはずではなかろうか。
 そうすると、公証人は、そのような公正証書は強制執行認諾付では作成できないと説明するはずではなかろうか。
 本件公正証書は、債務者の問題というよりも、債権者の立場でも、「公正証書の効力」や、「公正証書作成の意義」について誤解があったことは明らかではなかろうか。
 私は、少なくとも、公証人は、公正証書を作成する場合、債権者に対して、どのような内容の契約なのかを確認した上で、最も、その契約内容にふさわしい公正証書を作成するべきではなかろうかと思う。勿論、債務者の公正証書作成に関する意思の有無を確認した上で。

 尚、新洋信販が作成している公正証書は、「主債務者」は当事者とはなっておらず、連帯保証人のみが当事者となっている。従って、公正証書を作成する段階では、主債務者に対しては、請求する気持もなく、もっぱら、連帯保証人のみから債権回収を図る意図であることが明らかだと思う。
 この事件を提起した時、新洋信販の支配人は、「これまでこの公正証書が、再三強制執行をしたが、この公正証書に問題があると言われたことはない。」と再三主張していた。