日本公証人連合会の申入れに全国銀行協会ノー!

 「日本公証人連合会から全国銀行協会宛の『公正証書遺言に基づく預金の払戻し等についての要望』について」と題する論文が、判例タイムズbP163号(2005年1月1日)92頁以下に掲載されている。

 筆者は、元日本興行銀行惨事 木内是壽氏である。

 出だしは、次のような記載から始まる。

 日本公証人連合会は、全国銀行協会宛に平成15年2月17日付けで、公正証書遺言により指定された遺言執行者への預金払い戻しを認めることの要望書「公正証書遺言に基づく預金の払戻し等についての要望」を提出し、全国銀行協会が回答書を出している。

 要望書の要旨は、公正証書遺言で指定された遺言執行者からの預金払戻しの請求に対し、依然として共同相続人全員の同意書等の提出を求める銀行があり、このような取り扱いは、遺言制度の趣旨を没却するものとの批判も免れないとし、その理由として次の4項目を掲げる。

  1. 公正証書遺言は、自筆証書遺言と異なり、信頼性が格段と高い。
  2. 遺言執行者は民法1012条、1013条、1015条で定める権限を有する。
  3. 共同相続人全員の同意書等を提出しなければ払戻しを拒絶するのは違法といわざるをえない。
  4. 遺言執行者からの払戻請求に応じた後、万一、遺言の取消しとか、遺言無効の判決があったとしても、銀行は債権の準占有者への弁済として免責される。(中略)

 一方、全国銀行協会は、関係部会の委員銀行(都銀等7行、地銀3行、信託銀行1行、第二地銀1行、計12行)における取扱状況を調査・検討の結果、次の理由により事務手続きを統一するとの要望には応じられない旨を回答している。

  1. 各銀行は長年の実績等に基づいた事務手続きを制定しており、当協会が統一的・画一的な事務手続きを制定することは困難である。
  2. 公正証書遺言に基づく払戻であっても、顧客とのトラブルを回避する観点から慎重を期して処理する必要がある。

 次に「公正証書遺言の信頼性」として次のような記述がある。

 公証人が作成する公正証書遺言は、信頼性が高い遺言書として取り扱われ、本要望書も自筆証書遺言と比較してその点を強調する。とくに遺産もめが心配されるようなケースでは公正証書遺言が一般的であることが認められる。

 ところが平成元年以降に公正証書遺言の無効が裁判所で争われた件数は、法律専門誌に紹介されている事例だけで、24件と以外なほどお得、そのうち11件に無効の判決が下りている。当然ながら、裁判で争われた事案はわが国の訴訟事情からみて氷山の一角にすぎないことは想像に難くない。

 裁判例に多く現れるのが、判断能力が低下した痴呆性高齢者や病人の遺言であり、事前作成された原稿を公証人が読み上げるに対し、遺言者はただ肯定の言葉や首を上下左右に振るということで示す程度のことしかされず、民法969条2号に定める口授を欠き、方式違反として無効とされている。

 遺言者の口授は、本人の真意と遺言能力を計る上で絶対に必要な手続きで、公正証書遺言の中核をなすものである。遺言者が病人である場合は、遺言能力をめぐって相続人間で争われやすいものだけに、健常者の遺言の場合と異なり、口授は極めて不可欠な手段であり慎重でなければならない。かかる遺言原稿の事前作成と遺言者の口授をめぐっての問題はかねてから学者や裁判所関係者の論稿によって警鐘がならされているが、一向に改善されている様子がない。

 このような公正証書遺言の作成に慎重さを欠く裁判例が絶えない原因には、現在の公証人の任用方法と正規の養成制度を欠くことに理由があるとの指摘がなされている。すなわち、公証制度の実情をみれば、わが国には公証事務の専門家養成制度がなく、その資格試験や6カ月以上の実地研修が法律に規定されているだけで、実際には裁判官、弁護士、行政官等の職歴を持つ者が公証人法13条の免除規定によって無試験で、しかも公証人に不可欠と思われる実地研修さえも免除されて任用されていることである。(注・現実の公証人の出身母体は、裁判官・検察官・行政官等であり、現在は、弁護士出身者はいないと思われる)

 特に、問題となるのが高齢社会が進む中で、痴呆性高齢者の遺言である。民法973条は、成年後見制度によって後見開始の審判を受けた者が遺言をする場合には二人以上の医師の立ち会いを求める厳格なものでありながら、同じ程度の判断能力に問題があっても、後見開始の審判を受けていないものの遺言は野放し状態である。

 そもそもにおいて、遺言能力が問題となるほどの高齢者や死期が近く衰弱した病人が、自ら積極的に遺言をるすというのは考えにくい。遺言者を囲い込み、あるいは看護する周囲の「希望」が「強い影響力」となり、さらには「圧力」になる場合もある。

 殊に、危篤となって以後の臨床遺言では新しい遺言がなされ、前の遺言が取り消されることが多いことは、裁判実務上顕著な事実といわれる。

 公正証書遺言は遺産もめに対し未然の防止に役立つとされてきたが新たな紛争を生み出し、相続人間の対立を激化させることさえ珍しくない。

 このように遺言者の死後に相続人間で遺言の無効が争われることになると、本来は、相続人間で解決すべき事象であるが、銀行は、相続預金をめぐって一方からは払い戻し請求を受け、他方からは銀行が払い戻しに応じる場合は、損害賠償を請求するといった当事者の双方からの激しい攻撃を受け、訴訟の相手方となることが多い。つまり、銀行は、問題のある公正証書遺言の被害者となっている現実がある。

 公正証書遺言作成の8割が65歳以上の高齢者である。(以下 略)




感想

 日本公証人連合会がこのような要望書を全国銀行協会に出したのは、次のような判決が出されたことを契機している。

ある銀行が、公正証書遺言の遺言執行者からの預金(1億4000万円余)の払い戻しに応じなかったことに対して、遺言執行者から損害賠償訴訟を提起され、不法行為責任を認められ、弁護士費用を損害賠償として支払えとの判決が出された。

 このような判決がでたことを前提としても、全国銀行協会は、日本公証人連合会からの要望には応じないとしたのである。いかに、銀行が公正証書遺言に不信をもっているかを表しているかを示している。

 公正証書遺言の問題についてはこれまでにも数多く、判例が出されている。遺言無効による国家賠償訴訟において、国が1000万円を越える損害賠償を命じられた事例もある。この事例では、「骨肉の争いとなった」として慰謝料も100万円認められている。

 法律行為に関する公正証書の二つの大きな分野は、「遺言公正証書」と「貸金関係公正証書」である。貸金関係公正証書についても、極めて重大な問題があることは、全国クレジット・サラ金対策協議会などが広く訴えてきたものである。

 遺言公正証書の関係で、銀行が公証人の実務に対して、このように正面から「信頼をおけない」旨の意思表示をした意味は大きい。

 世の中における常識と、法律家の常識とにずれがあることを示す一つの事象かもしれない。

 真に、信頼される、予防司法としての立場を確立するためにも、公証人法の改正は急務であると考える。