公正証書の内容は、何時、成立するの?
原稿打ち合わせ段階で成立?

2012年 1月 10日

 公証人法第39条は、次のように定めている(法律は、漢字カタカナ文字)。

1項 「公証人は、その作成したる証書を列席者に読みきかせ叉は閲覧せしめ嘱託人叉はその代理人に承認を得、かつ、その旨を証書に記載することを要す」
3項 前記1項の記載をなしたるときは公証人及び列席者各自証書に署名・捺印することを要す。

 公正証書は、公証人の面前で、当事者が列席(立ち会い)し、公証人からその内容を読んで聞かせてもらうか、閲覧させてもらって内容を確認した上で、そのことを確認し、公証人と、当事者が、署名・押印することによって作成されることになっている。
 特に、金銭に関する公正証書は、給料の差し押さえや、不動産競売をされてもよいという内容になっているときには、給料の差し押さえや、預金の差し押さえ、不動産競売の申立などができる(民事執行法第22条五号)。

 ところが、驚くべきことに、公正証書の内容の打ち合わせ時に、あらかじめ、公正証書につける「署名・押印」をもらっておくという方法で、公正証書を作成しているという公証人が、いるということがわかった。

Aさんは、突然、妻から離婚すると言われた!

 Aさんは、平成6年12月に結婚し、男の子3人を授かり、親子5人で、仲良く生活していたと思っていた。
 ところが、平成20年1月1日、奥さんから、「もう、あなたの奥さんはやめるわ」と言われた。
 子供たちは、長男が、満9歳に、次男は、満5歳に、3男は、満2歳になっていた。
 家族で暮らす住宅も購入し、夫婦共稼ぎで、住宅ローンも順調に支払い、特別夫婦の危機というようなことはないと信じていた。
 ところが、お正月早々の妻の通告に、驚くというより何がなんだかわからないという状況だった。
 妻は、3月迄には離婚したいと、期限まで言った。
 驚いているAさんに、妻は、「仲のよい離婚だから、いつでも子供にも会える別々に暮らすだけだ」というように言った。
 それなら、なんで離婚しなければならないのか、Aさんは、妻の真意がわからなかった。子供も3人もおり、家族の重大決心なので、真剣に悩んだ。

離婚の条件について、公証人の前で、打ち合わせ!

 離婚の話は、妻のペースでどんどん進んだ。
 妻は、平成20年3月中旬、公証人役場に一緒に行こうと言った。
 公証人の前で、離婚の条件について、メモに基づいて、いろいろな話し合いがあった。

  1. 3人の子供の親権者は、妻。
  2. 養育費は、平成20年4月から平成30年3月まで毎月3人分で、8万円の他 毎年7月と12月は、20万円を加算
    平成30年4月から平成37年迄、毎月12万円の他、毎年7月と12月に20万円を加算
  3. 面接交渉を認める。
  4. 財産分与(土地・建物のAさんの持ち分を妻にし、離婚後も、Aさんは、住宅ローンの支払いをする・持ち分の引き換えに、一部妻が、Aさんに金を支払う)
  5. 子供ら3名の学費保険を解約してはならない。
  6. Aさん名義の生命保険の死亡保険金の受取人を妻から子供に変更し、保険を解約してはならない。

 Aさんは、この打ち合わせのとき、この内容で公正証書が作成されてしまうということは聞いていなかったという。また、公正証書が作成された後、もし、公正証書の内容どおりの支払いをしないと、給料に対する差し押さえがされるというようなことの説明は受けなかったという。

宇佐見公証人の離婚に関する公正証書の作成のやり方

 宇佐見公証人は、Aさんの事件に、証人として出廷し、およそ、次のような証言をしている。
 宇佐見公証人は、平成11年2月4日から平成20年11月14日迄公証人として仕事をしていたという。
 宇佐見公証人は、昭和41年に裁判官になり、平成10年12月31日に裁判官を退官したという。この間11年間、法務省に出向していたという。
 宇佐見公証人は、離婚にともなう公正証書の作成について、工夫をしたという。
 それは、もっぱら「離婚に伴う養育費の支払い等」については、夫婦二人にきて貰って内容について打ち合わせた段階で、出来上がった公正証書につける当事者(夫と妻)の署名・押印を「あらかじめ得ておく」というふうな方式である。
 なぜ、このような方式でやるかということについて、次のように証言している。「○月○○日に、既に、こういう合意ができたっていうことで来られているわけですから。合意の内容は確定してるわけです。先程申し上げたのは、署名・押印がずれるとその間に意思が変わることがある、変わっても二人でそのとおにしてほしいっていうことで変わってくれば、こちらが印刷し直せば済むことですからやることはありますけども、しばしば一方が、当事者ごこういうふうに変えてくれっていう場合が多いんです。だから、そういうことにならないようにするために、○月○○日に署名・押印しておいていただくてっいう意味があるんです。」

 Aさんは、公正証書が送られてきて、初めて、打ち合わせで公証人役場に言ったときの内容(一部、記憶とちがうところがあるという)で、公正証書が作成されていること、公正証書の内容どおりに養育費を支払わないと、給料の差し押さえがされるということを知ったという。
 しかも、いつでも、子供に会えると言われていたのに、全く、子供にも会えない状態になってしまったという。

 離婚の原因については、Aさんの妻は、その前から考えていた等と裁判で主張している。
 Aさんは、給料の管理等も奥さんに任せっきりで、どの程度の預金があるのかさえもわからない状態だったという。裁判で、奥さん名義の預金を明らかにするよう求めても、奥さんは、明らかにしないという。
 Aさんは、公正証書の内容が、奥さんの主導で、どう考えても、Aさんに一方的に不利な内容だと思っている。
 Aさんは、公証人が、この内容で公正証書が作成されたことになる、この内容で公正証書が作成された後は、約束どおりに養育費を支払わなければ給料の差し押さえがされるなどの説明は受けていないという。


 筆者は、日本弁護士連合会の消費者委員会が公正証書問題についてドイツに調査に行ったとき、ドイツの公証人が、現実に、当事者を列席させて公正証書を作成する様子を見学させてもらったことがある。
 公証人は、公正証書を現実に作成する前に、何回も打ち合わせを行って内容を確定し、いよいよ、公正証書を作成するときに、当事者を左右に座らせ、出来上がった条文を、一つずつ読み上げていた。その間に、当事者の一人が、何かを言うと、公証人と両当事者が、いろいろと意見を言っているようであった。筆者は、全くドイツがわからなかったから、何が話されているのかはわからないが、議論しているようであった。そして、公証人が、やおら、定規を出して、公正証書の内容を訂正していた。何回か、訂正していた。
そして、最後に、公証人と両当事者が署名していた。

その後、公証人から、いろいろ説明を受けたが、公正証書の原本は、当事者が列席して作成された、訂正された書面になるということであった。

離婚と離婚に伴う条件( 親権者・養育費・財産分与等)については、両当事者の意思が完全に一致していればいいが、いろいろ意見が食い違うことが多い。
 特に、離婚については、たとえ、離婚届けに署名・押印したとしても、「離婚届け不受理願い」という制度がある。やっぱり、「離婚はしたくない」という場合には、一旦離婚届けに署名・押印しても、離婚届けを受理しないでほしいという届出をすれば、離婚届けは受理されない。

 宇佐見公証人は、既に、退官しているという。
 宇佐見公証人は、Aさんの件で法務省から、「注意処分」をうけたという。

 私は、公正証書は、最も、慎重に作成されるべきものであり、当事者から、その作成について疑義があるというようなことは許されないと思う。

 Aさんは、公正証書が無効であるとする裁判を提起している。
 裁判所は、Aさんの公正証書によって、「強制執行」をすることはできないと認めたが、内容については、すべて有効であるとする判決をした。
 Aさんは、現在、控訴している。