適用される刑罰規定と、適用されない刑罰規定?

 日本には、適用される刑罰規定と、適用されない刑罰規定がある。適用されない刑罰規定の最も代表的なものは、いわゆる「行政処罰規定」である。

 9月1日、防災の日に発生した新宿のビル火災では、44名の人の命が失われた。このビルについては、消防庁が、防災設備の不備を指摘し改善勧告を出していたが、守られていなかったと報道されている。

 一旦、火災事故が発生すれば、多数の命が失われる危険が高いことは、何度も指摘されている。新宿のビル火災では、「かまどの中で、逃げようとしても逃げられない状況」だったと専門家は指摘している。「五右衛門風呂」状態だったのだ。

 消防法で義務付けられている防災器具の設置がない場合には、処罰規定がある。しかし、それら消防庁の勧告に従わなかったとしても、全く処罰されることなく、長い間、大勢の客を相手とする営業が行われていたのだ。それが許されていたのだ。

 速度違反取締で、検挙されれば、間髪をいれずに処罰される。100%の処罰率である。行政処罰の場合、なぜ、行政処罰がされないのだろうか。
行政処罰規定こそ、厳格に適用され、100%の処罰がされる必要があるのだ。なぜなら、大勢の人が被害に会うという危険性があるからだ。

 私が、ライフワークとしている消費者関係の法律では、驚くほど多数の処罰規定がある。例えば、次のようになっている。

貸金業規制法関係
3年以下の懲役若しくは300万円以下罰金
1.不正の手段によって貸金業者登録を受けた者
2.貸金業者登録をしない貸金業を行った者
3.貸金業者登録を名義貸しした者
4.業務停止中に業務を行った者

6月以下の懲役若しくは100万円以下罰金
1.営業所・事務所以外で貸金業務を行った者。
2.誇大広告の禁止に違反した者
3.取立行為の規制に違反した者

30万円以下罰金は7項目にわたって定められている。書面交付義務違反などである。
10万円以下罰金は4項目にわたって定められている。報告義務違反や虚偽報告などである。


割賦販売法関係
2年以下の懲役若しくは50万円以下罰金
1.前払式割賦販売業の許可の届出をせず、
  割賦販売を業として営んだ者
2.前払式特定取引業の許可の届出をせず、
  特定取引を業として営んだ者

1年以下の懲役若しくは30万円以下罰金
1.割賦購入あっせん業者登録をせず、
  割賦購入あっせんを業として営んだ者
2.業として証票等を譲受け、又は資金の
  融通に関して証票等の提供を受けた者


 その他、10万円以下の罰金に処せられる多数の行為が規定されている。書面交付義務違反などもこれらに当たる。

 ところで、これらの規定に違反したとして、処罰されている事例は、非常に少ない。クレジット契約書等に、必要的記載事項が記載されていないものは極めて多数にのぼる。これらの必要的記載事項がきちんと記載されてさえいれば、いわゆる、クレジット被害の多数が防止できるのではないかと思われる。貸金業規制法関係では、これらの処罰規定が例外なく厳しく摘発され処罰されていれば、現在のよう「闇金融」が大手をふってはびこることはないだろう。

 これら行政処罰規定に関しては、行政側の取締の必要性が事件が発生する毎に声高に指摘される。しかし、あらゆる行政処罰規定に違反している状態をその都度摘発することなど不可能である。日々刻々、その内容が変るからだ。そうだとするならば、摘発した場合には、必ず厳罰に処するという以外には、法律を遵守させることができないことは確かである。

 なぜなら、行政処罰規定は、それを遵守しなければならないことを、該当者は知っていなければならないからである。

 しかるに、日本では、行政処罰規定は、ほとんど、「ざる」規定と課しているとしか考えられない。行政指導という名目で、改善を指摘し、その行政指導が全く遵守されていないという現状が打破されないという状態が、継続し、そして大事件が起こる。

 44名もの働きざかりの人間が「殺された」ということについて、もっと、真剣にその責任が問われるべきであるが、将来にわたって、この種事故を減少させるには、行政処罰の厳格適用以外にはないと考える。

 貸金業規制法違反や、割賦販売法違反は、直接的な被害は、命にかかわるようなものではない。しかし、消費者が、非常な被害に巻き込まれていることは間違いが無い。それら被害を根絶するという国家意思を明確に示すためには、行政処罰を厳しく適用する以外にはないと、私は思う。

 給料の未払は、懲役6ケ月以下の罰金だ。速度違反や、無免許違反も、6ケ月以下の罰金だ。速度違反で年間処罰される(反則金を含む)善良な運転手は、約200万件近い数である。私は、弁護士となって25年を過ぎた。しかし、この間、給料未払で検挙されたという弁護の依頼を受けたことはない。しかし、給料が未払であるのでなんとかしてもらいたいという相談を受けた事例は、多数ある。

 法適用の不平等について、今こそ、真剣に考えるべきではないか。