369メートル右方に直進車両を見て、十分に右折できると考えて右折した場合にも、右折運転者には過失がある!

2008年 3月 22日

弁論要旨

 上記の者にかかる業務上過失傷害被告事件について、次のとおり弁論の要旨を提出する。

平成20年 2月15日
弁護人   今  瞭 美

釧 路 地 方 裁 判 所  御 中
被告人  Y     D
弁護人   今  瞭 美

1、本件被告事件については、被告人は無罪であると考える。

2、本件の概要
 被告人は、平成19年1月23日午前5時ころ、トレーラーを連結した三菱ふそうスーパーグレートという車名の牽引自動車(以下 本件牽引自動車もしくは被告人車両という)を運転し、K社(勤務先会社)から国道に出る取り付け道路を運行し、右折しようとして、国道上を走行する右方向・左方向の車両の有無を確認したところ、右方向約369.9メートルの地点に、A氏運転のスバルサンダートラックという名称の軽トラック(以下 A車両という)を認め、十分に右折が可能と判断して右折をしたところ、最後尾に、A氏運転車両が衝突し、A氏が傷害を負ったというものである。

3、被告人の経歴と本件牽引自動車の運転歴
1) 被告人は、平成6年3月31日、普通第一種免許を取得した。
 被告人は、平成8年夏ころ、大型免許、けん引免許を取得した。
 被告人は、平成19年1月当時、約6年間のとトレーラーの運転経験を有している。
 被告人は、これまで、シートベルトを装着していなかったとして、2回の検挙歴があるが、それ以外の交通違反等の前歴はない。
2) 被告人が、勤務しているK社は、6台の牽引自動車( ヘッド) を有し、トレーラーの荷物の運搬の仕事をしている。
被告人は、本件牽引自動車を専用に運転している。本件牽引自動車は、「セミオートマチック」になっており、K社が所有する他の牽引自動車とは異なっていた。
 被告人は、本件牽引自動車を平成17年7月から運転しており、本件事故時には、約1年半の運転歴である。
 被告人は、平成6年に普通免許を取得してから、本件事故時まで約13年間、事故を起こしたことがないばかりか、交通違反もシートベルトを装着していないという違反以外にはない。
3) 被告人は、毎日のように本件牽引自動車を運転しているが、毎朝運転する際には、本件牽引自動車及び本件牽引自動車に接続する事業用大型貨物自動車(以下トレーラーという)についても、ランプ等がきちんと点灯するか否か、いずれかに異常がないかを確認することにしている。
4) 本件事故当日も、被告人は、車両の点検をした後、トレーラーを連結して出発をした。

4 被告人が、本件事故時、本件国道を右折した運転行為に過失があるか。
1) 平成19年3月12日付実況見分調書添付交通事故現場見取図(甲2、以下単に、現場見取図という)、及び検証調書並びに検証請求書添付図面から、被告人が、本件牽引自動車を運転して、事故現場道路を右折した状況は、次のとおりである。
 被告人は、国道に出る直前(現場見取図@)で、右側を確認した際、A氏運転車両(以下 A車という)を、ア地点に見た。
 ア地点には、丹頂をかたどった標識(以下 丹頂標識という)があり、見間違うことがない明確な地点である。
 被告人は、被告人運転車両の位置と、ア地点とがどの程度の距離であるかを正確には知らなかったが、それまでの運転の中で、相当の距離があり、その地点に車両を確認した場合には、十分に、右折できるとの経験を持っていた。
 当日も、被告人は、丹頂標識がある付近にA車両を見て、十分に、A車両が制限速度ないし制限速度を若干上回るような速度で走行しても、A車両が被告人車両が右折している地点に来るまでに右折し終わると確信し、右折を開始した。
2) @とア地点との距離は、369.9mである。
 ア地点と、取り付け道路の右端までの距離は、366.2m(現場見取図参照)である。
A車と被告人車とが衝突した地点(エ)と、ア地点との距離は、次のようになる。
 366.2m−4.8m=361.4m
 A車が下記のような時速で走行している間に、1秒間で走行する距離及びア地点からエ地点までの距離を走行する間に要する時間は、次のようになる。
時速1秒間で走行する距離361.4m走行に要する時間
60Km  16.67m    21.68秒
70Km  19.44m    18.59秒
80Km  22.22m    16.26秒
90Km  25.00m    14.46秒
3) 被告人車が、@地点からC地点まで走行する間にかかる時間は、実況見分時に現実に、被告人が走行した結果が、次のようになっている(甲13・平成19年 7月1日付実況見分調書)。
時速約5Kmで走行した場合 19秒47
時速約10Kmで走行した場合15秒21
事故当時の感覚で走行した場合12秒68
 尚、本件実況見分調書時に使用された車両は、事故時の被告人運転車両に連結されていたトレーラーより0.32m短い。従って、前記時間より若干長い時間を要することとなる。
 被告人車両が、@地点からC地点までに走行する距離は、約30.64mである。(検証請求書添付書類)
 30.64m走行するために要する時間は、計算上は次のようになる。
 時速 1秒間で走行する距離30.64m走行に要する時間
 5Km   1.39m    22.04秒
10Km   2.78m    11.02秒
 即ち、現実に、被告人が「事故当時の感覚で走行した場合の時間が、12秒68となっているのは、極めて正確であると考える。
 即ち、前記検証時(甲13)において、時速10Kmで走行したときに、15秒21という時間を要したとなっており、事故当時の感覚で走行した場合の時間との間に約3秒弱の差がある。即ち、最初から最後まで時速10Kmで走行した場合には、事故当時の感覚で走行した場合の時間に比較して、時間がかかりすぎであると思われる。それは、被告人が検証時に、時速10Kmで走行するよう指示されたとしても、最初は、10Kmもの速度を出すことはできないことから不正確となったものであると考える。
 従って、現実に、被告人が、@地点からC地点まで走行するために要した時間は、「12秒68」程度の時間であったと合理的に推認できる。
 よって、以下の検討には、時速5Kmでの走行と事故当時の感覚で走行した場合の時間とを前提として検討する。
4) 以上の結果、次のようになる。
 A車両が時速60Km走行の場合、被告人が、時速5Kmで走行していた場合にも、事故当時の感覚で走行した場合にも、A車両は、衝突地点には到達しない。
 A車両が時速70Km、80Km、90Kmで走行していた場合、被告人車両が時速5Kmで右折開始から右折終了まで走行していた場合のみ、A車両は、被告人車両と衝突する。しかしながら、被告人車両が、事故時の感覚で走行していた場合には、A車両は、被告人車両との衝突地点まで到達しない。
5) A氏は、本件軽トラックを運転するについて、常に、時速80Kmで走行していたと証言している。
 仮に、A氏が、ア地点からずっと時速80Kmで走行していたとした場合にも、被告人が、事故時に走行していたと考える速度での走行の場合には、衝突することはない。
 被告人は、取り付け道路から出発するについて、最初は、極めて低速で走行を始めると思われるが、ア地点にA車両を確認し、安全に右折できると判断して走行を開始した場合は、徐々に速度があがる。
 被告人は、走行当初は、時速5Km程度で走行を開始し、右折を続けて時速10Kmに加速した旨供述している(乙2・被告人調書3項・4頁)。
 被告人が、7月1日、起訴後の実況見分において、「事故当時の感覚」で運転し、そのときに要した時間が、約12.68秒となっている。
 被告人は、毎日のように事故時に運転していた車両を運転しているものであるから、本件事故時に運転していた時の感覚で運転した結果出された約12.68秒というのが最も事故当時の走行時速に近いものと思われる。最初から最後まで時速10Kmで走行していたと仮定して計算上算出される時間は、11.2秒となるが、その時間とも矛盾しない。
6) A氏は、本法廷で、時速80Kmで走行していたと証言している。
 仮に、A氏が、法定速度である60Kmを超える80Kmで走行していたとした場合においても、A氏が、A氏が走行している国道を右折しようとしている車両(被告人車両)を見た場合には、速度を落とすのが自動車を運転するものとして、当然のことである。
 即ち、眼前を右折している車両があることを認識しながら、法定速度を超えた速度で運転を続けるなどということは、あってはならないことである。
 右折を行う車両の運転手は、右折することにより遮断することとなる道路を走行する自動車が、交通法規を遵守し、運転するものと信頼して右折を行う。特に、横断している右折車両を認識した場合には、速度を落として右折車両が横断することを妨害してはならない。
7) 本件において、検察官は、「被告人が、丹頂標識の地点においてA車両を認めたが、その後、同車の動静を注視し、その安全を確認しながら右折横断すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠った」結果、A車両が接近するまでに、被告人車両が右折を完了できると軽信し、A車両の動静を注視せず、その安全確認不十分のまま、漫然、時速約5Kmで横断右折進行した過失」があると主張する。
 しかしながら、以上検討したことから明らかなように、被告人が、ア(369.9m)地点にA車両を確認し、その車両が、被告人車両の地点(取り付け道路)まで、通常の速度(法定速度 時速60Km)で運転している場合には、A車両が取り付け道路付近に到達するまでの間に、十分右折できると判断したことには過失がない。
 尚、A車両が、時速80Kmで速度を落とすことなく走行していた場合においても、被告人車両と衝突することはない。
8) 検察官は、被告人が、実況検分調書@地点からA地点までの間「A車両の動静を確認しておらず、この点は、捜査段階から公判段階まで一貫して認めるところある」とし、被告人が、@地点からA地点まで、A車両の動静を注視して安全を確認することを怠った結果、本件事故が発生したことが明らかである旨主張する。
 被告人は、@地点で、被告人の左側方向からの走行車両がないこと(被告人が、右折して走行することとなる車線)及び右側方向からのA車両を丹頂標識地点にあることを確認し、被告人が、そのまま取り付け道路から国道に出て右折してもA車両が、取り付け道路付近に至る前に、右折を完了できると判断して右折を開始した。
 被告人が、右折を開始した後は、車両前方を見て、被告人車両が道路からはみ出さないように全体の長さ(5.8m+12.5m=18.3m)を頭に入れ、無事右折をさせることに集中しなければならない。検察官が主張するように、被告人が走行する正面ではない右側(真横)の少なくとも200m以上右方にあるA車両の動静を注視することなどできるものではない。検察官の主張は、被告人に対して被告人が運転している長大トラック・トレーラーを道路にはみ出させて横転事故を惹起させるような危険な運転を強いるものである。
 被告人が、丹頂標識地点にあるA車両を確認し、十分にA車両が右折地点に至る前に右折が完了できると判断したことには過失はない。
 検察官の主張によれば、被告人は、丹頂標識地点にあるA車両を確認した後も、A車両が、交通規制である最高速度60Km(時速)を20Kmも超える速度で走行し続けることまでも確認しなければならないこととなる。
 被告人が、先例として引用する事例は、本件に比べて被害車両を確認した地点が、短く、数秒で衝突地点に至るような事例であると考える。
 本件においては、既に、検討したように右折開始から右折終了まで10秒以上という時間があるものであり、本件とは全く事案を異にする。

5、A氏の本件事故時の国道運転行為の問題について。
1) A氏が、本件国道を走行する頻度
 A氏は、毎年、週に2〜3回、本件国道を走行している。
 従って、A氏は、本件取り付け道路の存在、本件取り付け道路から、トレーラーを連結した大型車両が、出入りしていることを熟知していた(A氏調書3頁)。

2) A氏の事故当日の行動
 A氏は、事故当日、朝4時に起床し、ニンニクを積んで、釧路の市場(新富士)に行き、荷物を卸して、自宅に帰る途中であった。
 A氏は、当日、朝食はとっていない(A氏調書11頁)。
 なんらかの必要があって決められた時間までに目的地に行き、目的を達して帰宅する場合、眠気が襲うことは、よくあることとして知られている。

3) 被告人車両のランプ等の取り付け状況(検証調書添付別紙2)
 被告人車両には、正面にヘッドランプ2個が、片側に、ウインカーが車両の正面の右側及びトレーラー部に各1、トレーラーの側面に5個のマーカーランプ、トレーラーの側面に2個の反射板が取り付けられている。
 本件事故時、これらのランプが正常であったことは、現場において、警察官が確認をしている。

4) A車両からの見通し状況(検証調書添付「検証見取図」)についてのA氏 の証言
 A車両からの見通し状況は、検証の結果、次のようになっている。
 「検証見取図」によれは、次のようになっている。
 A車両D地点(甲2・現場見取図ア地点)において、「ウインカーの点滅、マーカーランプ5個の点灯が確認できた。」
 A車両C地点において、「ウインカーの点滅、マーカーランプ5個の点灯が確認できた。」(検証請求書添付図面「図B−10」被告人車両の先頭部分が、国道の中心まで至ったところにおけるA車両の位置)
 A車両B地点において、「ウインカーの点滅、マーカーランプ5個の点灯が確認できた。」(甲2・現場見取図イ地点)
 A車両A地点において、「ウインカーの点滅、マーカーランプ5個の点灯が確認できた(検証請求書添付図面「図B−20」被告人車両のヘッド部分が、A車両の走行する車線の反対車線に完全に到達した地点におけるA車両の位置) 即ち、検証時、A車両が、丹頂標識にさしかかった時点では、はっきりと、被告人車両を視認できる状況にあった。
 A氏が、丹頂標識地点から、ほぼ直線道路である国道を、「前を向いて」運転している限り、A車両の前方にあった被告人車両の動向は、はっきり認識できる状況にあったこと明らかである。

5) A氏の本件事故時の状況
 A氏は、本件事故時、被告人車両に気がついた地点について、次のように証言している。
 一番初めに気がついたのは「ヘッドライト」である(A氏調書5頁)。
「トラックの横のライトは全然見えなかった(5頁)。」
「ヘッドライトは両方見ました」(23頁)
 両方のヘッドライトを見た地点というのは、「20メーターか30メーターくらいありますかね」と証言している(23頁)
 その次に見たものについて、次のように証言している。
「車、擦れ違うとき、トラックの後ろのトレーラーつなぐ後ろ」(6頁)
 その時のA氏の認識について次のように証言している。
 「自然にかわせると思っていた」
 A氏は、次のようにも証言している。
 ヘッドライトが、「照らしていました。真っ正面です」(同6頁)
 トラックのトレーラーの「おしり」は、「全然見えなかった」(同7頁)
 「相手のトラックのトレーラーのおしりの部分も全部対向車線にいってしまっているというように思っていたのか」との問には、「そうですね」と証言している(同7頁)
 A氏の車線は「空いている」と思って、そのまま「速度を落とさなかった」(同7頁)
 トレーラー真ん中から後ろの部分についているライトは「全然見えませんでした。真っ暗でした」(同7頁)

 トレーラーの長さについては、次のように答えている。
質問 トレーラーが長いという感覚がなかったの?
A氏 感覚が全然なかったんですよ。あんなに長いとは思わなかった。
質問 長いという感覚がなかった。つまり、短いと思っていた?
A氏 そうです。
質問 なんで短い思っていたんだろう?
A氏 いや、あんなに長いトレーラー、見たことないです。

 ブレーキを踏んだことについて、次のように証言している。 質問 あなたが危険だと思ってブレーキを踏むのは、何を見て危険だと思ったのか。
A氏 結局、後ろのタイヤが出てきたから踏んだと思います。後ろのタイヤが出てきたと思ったから、まだこっちに入ってないとおもったから踏んだと思います。

6) A氏証言の矛盾
 A氏が、初めて、被告人車両に気がついたのは、被告人車両のヘッドライト両方を見たときであると証言している。
 A氏運転車両から、被告人車両のヘッドランプが「両方」見える地点というのは、被告人車両のヘッド部分が完全に対向車線に入ってからである。そうでなければ、中央線よりのヘッドランプが見えても、道路端側(A氏から見て、右側)のヘッドランプは見えないと思われるからである。即ち、検証調書添付検証見取図のa図地点である(検証請求書添付図8−20)。
 被告人車両が、a図地点に到達するまで、取り付け道路から国道を横切って右折しているが、この間に被告人車両は、少なくとも10秒以上、A氏運転車両の前を横断していたことは間違いがない。
 A氏が、走行していた速度により異なるが、10秒間という時間に、A車両は、次のような距離を走行することとなる。
時速 1秒間で走行する距離10秒間で走行する距離
60Km  16.67m 166.7m
70Km  19.44m 194.4m
80Km  22.22m 222.2m
90Km  25.00m 250m
 A氏は、「真っ暗」であったから、自動車のライトは見えなかった旨証言しているが、「真っ暗」であるからこそ、自動車のライトは、鮮明に見えるものである。
 A氏が、経験した事故時の状況は、A氏の記憶にしたがって証言されたものであると考えるが、そうであるならば、A氏は、真正面を向いて、そもそも車体重量が軽い軽トラックの運転としては危険ではないかと思われるような時速80Kmで走行しながら、運転車両の真正面に見えている被告人車両のウインカー・マーカーランプが全く見えていなかったということになるのである。
 A氏は、被告人車両を認識していたが、「自然にかわせる」と思っていた(6頁)と証言している。即ち、A氏は、相当前から、被告人車両を認識していたということが明白である。
 被告人車両が右折していることを、相当前から視認し、確認していたが、「自然にかわせる」と思っていたということは、被告人車両が、それほど長いトレーラーを連結していることに気がつかなかったから、A車両が、被告人車両の右折地点に到達するまでに、被告人車両が、反対車線に入ってしまうと思っていたということであると考えられる。
 A氏は、被告人車両を相当前から視認し、確認していたが、被告人車両が「長いトレーラー」を連結していることがわからなかったということとなる。
 即ち、A氏は、被告人車両を初めて視認し確認した地点から、被告人車両が長いトレーラーを連結していることを確認するまでの間、「睡魔に襲われて居眠り」状況であったことの証左である。
 A氏が、いわゆる「よそ見」をしていて、気がつかなかったという状況であるならば、その時間は、極めて短時間1秒とか2秒であると考えられる。最も、走行中にラジオの選曲をしていたり、落としたものを拾おうとしたり、DVDを入れようとするなどの操作をしていた場合には、相当な秒数、前方を見ないということも考えられる。しかしながら、本件において、被告人車両の長さから考えると、少なくとも「丹頂標識」かその近くで、被告人車両のウインカー、マーカーランプを目に入れていた場合には、それが、大型トラックでありトレーラーを連結しているということに思いが至るはずであるから、「よそ見」をしたりするようなことはしないはずである。
 そうであるとするならば、A氏が、被告人車両の側面についているウインカー・マーカーランプに全く気付かず、少なくとも200m以上の距離を走行していたということは、「居眠り」状況で、睡魔に襲われ、瞼がくっつくような状況で運転を続けていたことから、被告人車両のウインカーやマーカーランプに気付かず、被告人車両が、対向車線に入り、国道とほぼ一直線になった状況で、初めて、ヘッドランプに気がついたという証言と合致する。
 A氏は、「パッシング等」をして合図してくれれば、早く、被告人車両に気づき、ブレーキを踏むなどして危険を回避できた旨話している。  被告人は、突然、パッシングをすれば、逆に、A氏を驚かせ危険であると証言している。それは、被告人の運転経験からえた知識である。

7) 検察官は、マーカーランプやウインカーは、「遠方からでは小さな点にしか見えないので視認しにくく視認できたとしても、それが直ちに被害車両の4・7倍もの長大な車両であると確認することは困難であるとも認められ、そうすると、本件事故当時、被告人車両にはマーカーランプやウインカーが点灯していたとしても、それを認識できず、前方に長大な車両が右折を開始しており、そのままでは衝突するとの認識もできなかったとする」ことはやむをえないことであり、A氏に対して「遠方から長大な被告人車両が右折を開始していることを正確に認識することを期待するのは酷である」旨主張する。
 検察官の主張は、その主張自体、A氏の証言とは異なっている。
 即ち、A氏は、ウインカーやマーカーランプは「全く見えなかった」と何度も断定しているのである。検察官の主張からは、A氏が、「前を見て運転している」限り、ウインカーやマーカーランプを見たこと、見えたことは否定しないと思われる。
 暗闇で、転々とマーカーランプやウインカーを見、そのマーカーランプやウインカーが少しずつ動いて、自分が走行する車線を横切る形で真正面の道路を動いているのを見れば、それが、大型トラックが右折しているのであると認識し、理解し、それに対応した措置、本件の場合でいえば、走行速度を少なくとも交通規制である時速60Km程度に落とすことは運転者として当然のことである。
 A氏は、自分が、トラックが右折しているところまで行く間に、トラックが右折し終わると判断していたのであるから、相当前の地点(丹頂標識あたり)で被告人車両を視認していたにもかかわらず、意識が覚醒している状態で運転していれば、当然「目に入る」ウインカーやマーカーランプが見えない状況、即ち、前方に何があるかを認識することができないという危険な状況で運転をしていたため、本件事故か惹起したものである。
 検察官は、A氏が、マーカーランプやウインカーを見ていたが、それが「何であるか」を認識できなかったというが、マーカーランプやウインカーが「何のために」あるのか、そのようなものを見れば、どのように判断して運転をするかを決めることは、運転者として基本的な知識であり、「酷」であるとして済まされることではない。

6、A氏の時速について
1) A氏は、一貫して時速80Kmで走行していた旨証言している。
2) 起訴状においても、A氏は時速80Kmで走行していたとされている。
3) しかしながら、A氏走行車両のメーターは、事故時87Kmのところで止まっている(甲1)・写真29・被告人調書14頁)
 同写真では85Kmともみえるが、事故直後に見た被告人会社の同僚等は、87Km程度のところで止まっていたと言っている(被告人証言)。
 よって、メーターが87Kmのところで止まっていることを前提として検討する。
4) 検察官は、衝突後のメーターが指示している速度は、必ずしも衝突時の速度を示すものではなく、衝突の衝撃で、メーターが破壊されるため、それを前提として衝突直前の速度を指示していない可能性が高いという内容の証拠を提出している(甲17)
 しかしながら、交通事故等の実務において、衝突後に示しているメーターの速度とスリップ痕から、衝突直前の速度を推計することは広く行われいる。
5) 弁護人において、スリップ痕とスリップ開始時の速度について推計した結果、別紙のようになる。
 スリップ痕を3.4mとした場合、時速は、約90.04Kmとなる。
 スリップ痕を6.1mとした場合、速度は、約92.2Kmとなる。
 時速が約90.04Kmであった場合、A氏は、約74.9m手前で、ブレーキをかけなければ、衝突を避けられない。
 時速が約92.2Kmであった場合、A氏は、約78m手前で、ブレーキをかけなければ、衝突を避けられない。
6) 本件において、A氏は、少なくとも約369.9m手前の丹頂標識の地点で右折しようとしている、被告人車両を確認することができた。
 従って、A氏が、前記のように時速90Kmを超える速度で運転していた場合にも、十分安全に、ブレーキをかけて衝突を避けることができたこと明らかである。

7、A氏の事故時の状況
1) A氏は、本件事故で傷害を負い事故現場に到着した消防隊員に救助された。そのときの状況につき、全く記憶がない、意識を失っていた旨供述している。しかしながら、事故現場で救助にあたった際に作成される「救急活動記録票」によれば、「現場到着時の傷病者(A慧三氏)の意識レベルは「JCS 1−1R・1・A」であると記録されている(弁7・回答書)。
 「JCS 1−1 R・1・A」の記載は、「意識レベルの評価:3−3−9度方式(Japan Coma Scale:JCS) のことである(弁8・報告書)。
前記分類は、次のようになっている。
T 刺激しないでも覚醒している状態
  1.意識清明とはいえない。
  2.見当識障害がある。
  3.自分の名前、生年月日がいえない。
 即ち、A氏の事故現場における意識レベルは、「意識清明とはいえない」が「刺激しないでも覚醒している状態」であったことが明らかである。
 尚、事故現場において、A氏は、主訴として「右大腿部痛」「腰部痛」を訴えている(弁7・回答書添付「救急活動記録票」)。
 A氏が、事故現場に消防隊員が到達して救助した時点において、意識があったことは明らかである。
 被告人は、衝突後、A氏の車両のところに行き、「おじさん、おじさん」と呼んだところ、最初は、返事がなかったが、少しして「うー」というような声を出したと証言している。従って、衝突直後は「意識を失っていた」と推測されるが、衝突後まもなく「意識を回復」したと考えられる。
 従って、A氏が、ベットの上で初めて「気がついた」ということは、事実とは異なると考える。
2) A氏が、本件事故時、眠気に襲われて「居眠り」をしていたことを覚えていなかったとしても、事実としては、眠気に襲われた状況で運転を続行した結果、本件事故を惹起したことは事実あると考える。
 交通事故時によそ見をしていたということにより、事故が発生することがあるが、本件の場合は、少なくとも15秒前後の時間があり、A氏の真正面を横切っていた被告人車両について、相当前(少なくとも、丹頂標識時点)から被告人車両を視認し、「自然にかわせる」と思っていたが、被告人車両に接近した後初めて、被告人車両が長いトレーラーを連結していることに気がついたということは、「よそ見」ではなく、「眠気に襲われて」いた状況で運転を続行していた結果、「ふっと眠気」をもよおし、また、「はっと」覚醒するという状況で運転を続行していたことにより、被告人車両のトレーラー部分に気がついたのが、被告人車両に極めて接近した後であったと考えられるのである。
 A氏の証言が、虚偽であるとまでは主張しないが、A氏が、本法廷で証言したことからも、A氏が「居眠り」状況で高速運転をしていたことから本件が惹起されたものであるというのが事実であると考える。

8、被告人が本件事故を回避する行動をとることが可能であったか否か。
 被告人は、ア地点で、A車両を確認し、十分に右折が可能であると判断して右折を開始したことには過失がないことは、すでに論述したとおりである。
 被告人が、本件牽引自動車のヘッド部分を国道上に入れた段階において、本件牽引自動車を国道上から別のところに移す等の運転行為ができなかったことは明らかである。被告人車両の長さから、一旦、国道上に入った被告人車両をバックさせるなどして国道上から再び取り付け道路上に戻すということはできない。
 右折を開始した被告人は、被告人車両を道路から落とさないように安全に右折をするために、被告人車両の全体の大きさを頭に入れて運転している。
 被告人が、A車両が相当な高速で運転して被告人車両に接近していることを知ったのは、同乗していた同僚から、言われて気がついたのである。
 被告人が、A車両がひどい高速運転で、国道上を走行しており、被告人車両の方向に近づいてくると認識した時点においては、本件牽引自動車は国道を完全にふさいでいる状況にある。従って、被告人が、本件牽引自動車をA車両が走行している国道上から取り除くようなことができなかったことは明らかである。
 被告人は、A車両が、交通法規を守り、走行すると考えることは、当然のことであり、A氏のように、被告人車両が右折していることを知りながら、制限速度である時速60Kmを大幅に超える高速で、速度を落とさず走行するということまでも、被告人が予測して右折をしなければならないという義務はない。