交通事件の取扱い

伊藤栄樹


 この夏休み、家内といっしょに北海道は稚内でレンタカーを借りて、ドライブを楽しんだ。稚内から、宗谷岬、ノシャップ岬、サロベツ原野を経て増毛海岸へ。さらに、留萌、富良野、十勝岳を経て、旭川までの500km余りの旅である。利用した道路は、ほとんどが国道又は道道であるが、よく整備され、道路表示・標識や案内表示も行き届いていて、快適である。制限速度は、市街地や集落の周辺で40km/hになるほかは、おおむね法定の50km/hである。
 ところが、およそ制限速度以下で走っている車は全くない。警察のパトカーも例外でない。かく申す私もまた、制限速度を守れなかった一人であると白状しなければならない。70km/hから80km/hで走っていると、前後はるかに他の車影を認めることができるが、60km/hで走る車があると、たちまちそれを頭に数珠つなぎができ、反対車線へはみだしての追越しが始まる。そこが追越し禁止区間であっても同様である。後続車を対向車との衝突の危険から守るためには、制限速度を無視してスピードをあげるほかはなさそうである。車道と歩道の分離をはじめとする道路環境の整備、それに自動車の性能の向上などを考え合わせると、制限速度などは、状況に応じてもう少しきめ細かく定めてもよいのではあるまいかと感じさせられた次第。
 さて、犯罪白書によると、昭和40年代の初めには1,000万台に満たなかった自動車台数が59年には5,100万台となった。しかし、交通事故による死者は、人口10万人あたり45年の16.2人をピークに59年には7.7人に減り、自動車1万台あたりの死者も45年の9.0人から59年には1.4人に減っている。一方、検察庁における59年中の交通人身事故事件の受理人員は、51万7千人で、依然として全刑法犯の58%に達している。その処理は、全体の65%が起訴、うち公判請求が2%、罰金の略式命令請求が63%、不起訴25%、家庭裁判所送致10%となっている。これを一般事件の起訴40%、うち公判請求22%、略式命令請求18%という数字と比べると、起訴率が高いことと略式命令請求の率が圧倒的に高いことが目につく。さらに交通事故事件について一審裁判所が言い渡した罰金刑のうち54%は5万円未満、84%が10万円未満となっていることも注目される。
 いま検察の内部では、交通事件の取扱いについて、事件数の多さに目を奪われて、一律に罰金を取りさえすればいいという安易な考えが頭の隅にありはしないかが真剣に反省されている。ひとつひとつの事件が持つ性格に応じて、昔と金銭感覚の変わってきた今日、悪質なものについては、公判請求を多くするなり、罰金額を上げるなりすべきではないか、また、交通事故の場合、被害者の最大の願いが被害の救済にあることを考えれば、過失の程度が小さく、被害弁償が完全に行われたケースについては、思いきって起訴猶予にすることを考えてもいいのではないか、などというのが検討事項である。
 他方、交通事故の予備軍ともいうべき道路交通法違反についてみると、59年中に検挙されたのは1,370万人、うち反則事件としてキップによる告知ですんだのが1,160万人、検察庁に送られたのが210万人となっている。検察庁では、その取り扱う全事件の69%という大きな数を占める。こちらの起訴率は84%にのぼり、その98%は、5万円未満の罰金で処理されている。もちろん公判請求される者もいるが、そのほとんどは、無免許又は酒酔いである。
 道交法違反についても、もっと、“重かるべきは重く”で対応してもよいと思われるが、その一方、もう少し刑罰から反則金処理に落とす余地があるのではないかと思う。先般の道交法改正で一部実現したところではあるが。違反者が恐れるのは、罰金より免許の取消し・停止であるという現実は、大いに考慮されなければなるまい。

(最高検察庁検事総長)


出典:時の法令 61.No.1289 より