「面白くなってまいりましたわ♪」
 
 ようやく返してもらえたセキュリティシステムに流れてくるデータを読み込みながら、
幻影の娘は楽しそうにそう言った。
 今まで回線を遮断されていて退屈を強いられていたのだ。
完全復旧したわけではないが、暇つぶしくらいは出来るだろう。
 
「あら…そちらに向かう方々もいらっしゃるみたい…丁重に歓迎してあげなくてはならないようですのね」
 
 くすりと笑みを浮かべて彼女は、ヘッドセットを両手で押さえた。
 
『SG-βNo.20から26は2-Dポイントへ、No.40から43は4-Cポイントにて待機。
赤外線センサーによるレベルB警戒を行ってください。それ以外は工事を続行』
 
 無線による指示を作業用ロボットたちに与える。一台から応答が無い。恐らく機能停止に陥っているのだろう。
何も無い空中にちょこんと腰掛けると彼女は、何処から取り出したのかミルクティーを飲み出す。
もちろん、それも幻影なのであまり意味はない。単なる気分の問題である。
 
「頑張ってくださいましね、お兄様たち♪ わたくしはここで見物させていただきますわ♪」
 
 無邪気な笑みを浮かべて彼女はデータの流れに身を任せた。
 


 
 みんなが出ていったドアに目をやって、ミチアキは小さくため息を吐いた。
こんなに大変な事になっているのに、自分は何の役にも立つことが出来ない。それが不満だった。
 北が置いていった小銭を見つめる。そのうちの一枚に意識を集中させる。
 
ヒュォッ…
 
 空中を滑るように小さな硬貨が彼の手元へ飛んでくる。
まだ、マスター以外には教えたことがない僕の本当の力。
あまり好きじゃないから誰にも知られたくないけど、本当に必要なときには使うつもりでいた。
 その時が今かもしれない、そうは思ったけれど…やっぱり僕はこの店を離れる事は出来ない。
誰かが来たときに、安心させてあげるのが僕の仕事。そう割り切ってもいる。
 もう一枚に意識を集中させはじめる。
 
「いやぁ…わりぃわりぃ、忘れ物♪」
「全く…ニィってばおっちょこちょいなんだから…」
 
 突然戻ってきた二人に、思わずミチアキは遠くの小銭に手を伸ばした姿勢のまま凍り付いた。
浮き上がりかけていた硬貨がチンッとテーブルの上に落ちる。
 
「ん? 何固まってんの? ミチアキ」
「なっ、何でもない何でもないって! どーしたの? 二人とも…」
「ほらぁ、懐中電灯。せっかく用意してくれたのに…、ニィ…ちゃんとしてくんなきゃ…」
「ま、こんなこともたまにはあるさ、ハハハっ」
「…たまにじゃないでしょぉ?」
 
 カウンターの上の懐中電灯を拾い上げると、フェイはそれを白髪の少年に手渡した。
かちかちとスイッチが入る事を確認して、彼はうなづいた。
 
「あ〜、そうそう。ツケの方はもうちょっと待ってくれよ、ミチアキ♪」
「ん? うん。別にいいんだけどさぁ…毎度毎度ただで食べさせるわけにもいかないしね」
「あ、相変わらずそうなんですか? ニィの奴」
 
 さっき洗ったコーヒーカップを磨きつつミチアキがうなづく。
 
「全く…ごはんちゃんと食べてるの? 何にお金使ってそんな貧乏なのかしらないけどさぁ…。
あぁ…彼のツケ、僕が払いますよ」
「駄目駄目、君からはもらえないよぉ。そういうタイプって言うのは甘やかしちゃ駄目なの。
ちゃんと自分でお金とか管理できるようにならないと…」
「…そうですね。分かってるぅ? 自分の事言われてるんだよ、ニィ」
「分かってる分かってる♪ かわいいフェイちゃんの言う事ならなんでも聞いちゃうよ♪」
 
 言いながら肩にさりげなく回された手を、フェイはそっけなくぺしっと払いのける。
 
「んじゃぁ、ちゃっちゃといこーぜ♪ なっ、フェイ♪」
「…そんな気楽で大丈夫なの? ま、良いけどさ…」
「いってらっしゃい♪」
 
 喫茶店を後にして彼らは長い廊下を歩き出した。
 


 
 コアに続く長い渡り廊下を彼らは進んでいた。
とりあえず、辺りに気配は感じられない。
 
「…あのメカ、ただの暴走じゃなかったみたいだな…」
 
 ぽつりとリッキーが呟く。さっきの作業用ロボットの動きはどう考えてもおかしかった。
 
「えぇ…先ほどから無線通信らしい電波が数回飛んでますね…周波数が違うので解析は出来ませんが…」
「そっか…じゃぁやっぱり?」
「発信元はどうやら管制室の方みたいですね…」
 
 上を見上げて菊一文字が言った。あそこからなら全ての装置を思い通りに動かす事が出来る。
ただ、手動でやるのはあまりにも大変だが。
『村雨』からの連絡が途絶えているのも気がかりではある。

「また、今のメカみたいなのが居るかもしれないな…」
「センサーの有効範囲内には確認できませんが、警戒はするべきですね」
 
 先ほどからプリシアは見える範囲を行ったり来たりしたり、彼らの回りをぐるぐる回ったりしている。
どうも退屈そうだ。
 
「だいじょぶだいじょぶ♪ そんなのきたって菊一文字がどっかーんって倒してくれるよ♪」
「あんたが一番の戦力みたいだからな。もしもの時は頼んだぜ」
「もちろんですよ。それが私の職務ですからね」
 
 菊一文字はぐっとこぶしを握って見せる。
その動きが少しぎこちないようにもリッキーの目には見えた。
 
「そういや。お前大丈夫か?どっか修理した直後じゃねえのか。確か」
「えぇ、放熱系統が少し…先ほど雷牙さんにみていただいたのですが…」
 
 長いマントを外すと、見やすいように彼は身をかがめた。
背中の装甲板を開け、リッキーはその中を覗き込む。
 

「…応急処置はしてあるな。一応、少し手を加えておくか」
 
 手袋をはめると、ポケットから絶縁素材のテープを取り出し、その部分を保護する。
 
「あぁ…ついでにその上の黄色いチップも外せませんか?」
「これか?」
 
 言われたそれを見つけて、リッキーは眉をひそめる。
 
「これ…安全装置じゃないのか?」
「えぇ、一定以上の破損個所を検出すると自動的に休眠モードに入るようになってるんですよ」
「って…あんた、それ外しちゃっていいのか!? ほんとに!」
 
 破壊される寸前に自動的にバックアップを取って電源を切る。ここのメカなら大抵装備されている機能である。
このモードにしておけば、たとえ完全にスクラップにされても、データだけを取り出してシステムを再構築する事が可能なのだ。
 
「でも…これが働けば…最後まで戦えませんからね」
 
 ガーディアンたる自分が真っ先に意識を失うわけには行かない。
最後まで守り通さなければならないのだ。だから、そんな装置など必要はない。
 
「…覚悟は出来てるって訳か。分かったよ」
 
 リッキーは慎重にそのチップを外しはじめた。
プリシアは暇そうにその辺をぷらぷらしている。
 
 …とんっ。
 
 突然天井裏から和服姿の青年が飛び降りてきた。
 
「うわっと! あなただれ…?」
 
 青年は答えず、辺りをちらっと見まわした。
 
「先に行く」
 
 一言だけ言い残し、彼は床を蹴ると姿を消した。
 
「ちょ…ちょっと何処いっちゃったのぉ? まってよぉ!」
 
 プリシアは翼を広げると、彼が消えたらしい方角に向かって飛び立った。
 



 
 懐中電灯で先を照らしながら、彼らは注意深く階段を降りていった。
今のところ聞こえる物音は自分たちの足音だけ。小さな明かりに映し出されるのは無機質なコンクリートの内壁だけだった。
 
「今降りた階段これだよね? んじゃぁ…次は右側かな?」
 
 気を利かせてミチアキが持たせてくれた避難経路図を覗き込んで雷牙が言う。
 
「そのようですね。……? ちょっと待って、静かにしてもらえませんか?」
 
 何かに気がついたようにショウが立ち止まり、闇の中に意識を凝らす。
微かにモーターの作動音が聞こえてくる。
 
「何かいます。…機械みたいですね……」
 
 いったん懐中電灯を消し、暗闇に目を慣らしていく。
見える範囲には二体。どちらも作業用の無骨なデザインのようだ。
 少し頭を出して廊下の先を観察する。10メートルくらい先の壁に手動で閉められる防火戸が見えた。
その奥にはとりあえず気配は無いようだ。
 
「あれを利用するつもり?」
「えぇ…気がつきましたか」
 
 SAYの言葉に、ショウは静かに答える。
 
「他の道を探すほどの余裕はありませんからね…一気に突破するしかないでしょう」
 
 彼はそう静かに呟くと右腕にはめたブレスレットを見つめた。
『S.S.H.』…そう呼ばれるこの腕輪はエネルギーの収束装置だと思われる。
もっとも、いつから持っていたのか分からないため、どういう原理になっているのかは知らないが。
 使う事になりそうだ…それだけは確実に分かった。
 
「いく?」
 
 問い掛けてきた小柄な少年に彼は黙ってうなづいた。
一台が向こうを向いた隙に一気に廊下に飛び出す。
 彼らを感知したロボットがけたたましい警告音を発する。
一番先に辿り着いたSAYが防火戸の取っ手を引っ張る。
 
「何これ! 重いっ」
 
 横からショウが手をだし、二人がかりでやっと扉が動き出す。
その間にもロボットがこっちへと向かってくる。
 
「うるさいんだよっ!!」
 
 雷牙は目ざとく端子の部分を見つけると、右手袋に仕込まれた電極で触れ、スイッチを入れる。
一瞬カッとロボットのLEDがまばゆい光を放ち、ガクンと動きが止まる。
 
「早くこっちへ!」
 
 しまりかけた扉に、雷牙は慌てて飛び込んだ。
それを確認してショウは一気に扉を押し、完全に閉めると上下のロックをかける。
ガンガンと金属製の扉を叩く音が向こうから聞こえた。
 
「ふぅ…あぶなかった」
 
 壁によりかかって雷牙は息を整える。
 
「んでも…案外脆いね。戦闘用じゃないからかな?
菊一文字の作りだったら表面に端子なんて絶対出てないもん」
「倒せない事は無いみたいね。あまり会いたくは無いけど…」
 
 携帯用端末を抱え直してSAYが言う。
 
「出来れば、こっちでの戦闘は遠慮したいわ。あたしは電脳世界のほうが専門だし」
 
 次の階段を降りれば第4層。そこから第二通信室までは後少し。
彼らは黙って階段を降り出した。
 

 天井裏から北は、通路を見下ろした。
見張りらしき作業用のメカが2体。このくらいならばなんとかなるだろう。
後から来る者のためにも、排除しておいたほうがよさそうだ。
 懐から火炎玉を取り出し、火を付けて通風孔から投げ込む。
けたたましい警報音を上げ、ロボットはその炎に向かう。
天井のスプリンクラーが作動し、水を撒き散らした。
 
 音も無く彼はメカたちの背後に降りる。
一台が胴を回転させて振り向いた瞬間に、鞘ごと刀で一撃入れる。
パリンと、前面の光学センサーのレンズが割れ、動きが止まる。
 返す刀でもう一台の胴を払う。
一瞬動きが鈍ったのを見逃さず、頭部にもう一撃。
入った亀裂から水が入り込んだのか、火花を散らしながらもう一体も停止する。
 
 刀を納めて、北は微かな気配に顔を上げた。
通路の先に誰かがいる。…ただ者ではなさそうだ。
 
「こういうのはあんまり主義じゃねぇんだがなぁ…」
 
 頭を掻きながらそう呟くと着物の襟元を正した。
向こうもこちらには気がついているだろう、確実に。
だからこそ、彼は堂々と通路の先のホールに入っていった。
 シースルーのエレベーターが数本、空に向かって伸びている。その背後には輝きを失ったコアが透けてみえた。
エレベーターの一本は電源が通っているのか、明るい光を放っている。
その前に立っていたのは一人の若い男。軍用と思われるケブラー素材のコートを羽織っている。
 
「二体を10秒弱か…さすがだな」
 
 ふぅっと、煙草の煙を吐き出すと、男はそう言った。
片手は、コートのポケットに突っ込んだままだ。
 静かに、二人は対峙する。
 
「アレはあんたの仕業かい?」
 
 男の背後のコアを顎で示しながら北はそう聞いた。
煙草の火を揉み消すと男は目を上げる。
 
「…あぁ。この手の仕事はあまり好きではないが…依頼だから仕方ないさ」
「ふーん…意外と素直だな。…ま、いいか。
本来俺がとやかく言う筋じゃないんだろうが、俺も結構迷惑してるんだ。
元に戻してくれないか…って言ったら戻してくれるかい?」
 
 冷酷そうな青紫の瞳が北の姿を捉え、また手元に視線を落とす。
 
「悪いが…俺みたいな稼業ってぇのは信用第一でね。
途中で手を引いたとあっちゃ、評価ががた落ちになる訳だ」
「戻す気は、無いと?」
 
 男は静かにうなづく。
 
「何なら俺が戻してもいいんだ…機械は苦手だがね
…と言って、通してくれるのかな?」
「通っても良いとは言いたいんだが…これも仕事のうちだからな。
どんな面倒な事でも、それ相応に腕を評価されてんならやらなきゃ気が済まないんでね」
 
 ちょっと肩をすくめて男は言う。
北は腰の刀に手を添えた。
 
「んじゃ、あんたとやるしかなさそうだな。」
 
 静かに刀を抜き放つ。
 
「俺の名は北 乙次郎。
仲間内では「神速のO.kita」なんて言われてるがね」
 
 片手で真っ直ぐ切っ先を相手の胸元に向けると片目をつぶって見せる。
 
「俺はこっちのほうが得意なつもりなんだぜ?」
「ほう…そいつは面白い。俺も退屈していたんでね」
 
 男は左手に拳銃を取り出した。まだ構えず、銃口は床に向けている。
 苦笑いを浮かべて、北は一歩前に出た。
 
「あんたみたいなのは嫌いじゃないんだが…仕方ないやな。
あんたは?」
「……俺か?
いろいろと呼び名はあるが、『フェンリル』ってぇのが一番しっくり来るな」
 
 フェンリルはゆっくりと銃口を上げていく。
北は正眼に無銘の愛刀を構える。目つきがすっと鋭くなる。
 
「ならば…フェンリル殿、腕前拝見!」
 



 
「ん〜、こういうシチュエーションってわくわくするねぃ♪」
 
 懐中電灯片手にスキップしながら白髪の少年は楽しげに言った。
 
「…不謹慎だよ、ニィ。大変な事になってるのにさぁ…」
「大変大変大いに結構♪ 障害があるほど燃えるのさっ♪」
 
 何に燃えるんだか知らないが………。
 
「そうだ、これ…ニィが持っててくんない?」
 
 フェイは先ほど雷牙から受け取ったヘッドセット型の通信機を取り出し、彼に手渡す。
 
「え? なんで? フェイに渡されたんじゃねーの?」
「なんで? って…それは、君を頼りにしてるからだよ」
 
 コイツに渡すのは非常に不安だけど、かぶったら髪型乱れるしなーなんて事は全く表情に出さずに、にっこりと微笑んでフェイは答えた。
 
「おお、安心して任せてくれ。その信頼熱く受けとってしまったよ!はっはっは!」
 
 とかなんとかいいながら、彼はさりげなくフェイの肩に腕を回す。
フェイは無言でその手を叩き落とす。
 
「ん? なに照れてるんだぃ、ハニー♪ 俺と君との中じゃないか♪」
 
 懲りずに彼はフェイの肩を抱き寄せる。
 
 チャッ。
 
「やめてね☆」
 
 取り出した拳銃を白髪の少年の額につきつけ、さわやかな笑みを浮かべてフェイは言った。
 
「はは、OK。了解したよハニー♪」
 
 冷や汗を浮かべつつ、彼はぱっと手を放す。
ふざけるのも命懸けである………。
 
「もー。遊んでる場合じゃないだろ? 状況分かってんの?」
「分かってるって♪ そういう状況だからこそこー言う余裕も必要なのさ♪」
 
 言いながら懲りずにフェイの背中をつつつと撫でる。
 
「ニィ! 全然分かってないじゃないかっ!」
「うひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 
 お間抜けな追いかけっこを続けつつ、彼らは先を急ぐのでした。
 


 
「うん。ここだね」
 
 地図と場所を照らし合わせて、雷牙はうなづいた。
重い金属の扉には電子錠が掛けられており、力を加えてもぴくりとも動かない。
 
「電源は通っているのね。ここだけ非常電源かしら?」
「解除出来そうですか?」
 
 この程度なら3分あれば、と言って彼女は携帯端末を接続した。
暗号解読ソフトが、凄い勢いでパスコードを打ち込んでいく。
セキュリティが間違いに気がつく前に次のパスコードが入力される。
間違っている事に気がつくよりも合っている事に気がつくほうが早いのを利用しているのだ。
 
「パスコードは『CLOSE_SESAMI』…ふざけてるのかしら?」
 
 ゆっくりと扉が開く。薄暗い4畳半ほどの室内の中で、大きな通信端末のLEDが光っている。
彼女はそっと、それに手を掛けた。
 


 
 廊下の隅でうずくまっている鎧姿とその前で何かをしている人影が目に入った。
彼らの懐中電灯の明かりに気がついて人影は軽く片手をあげる。
 白髪の少年は駆け出し、その後ろを中性的な美少年が追う。
 
「ん? なんだそれ、なにしてんだ?」
「菊一文字だよ、ここのガーディアンの」
 
 そっけなく答えたリッキーの言葉に、分かったんだか分からないんだかうなづいて、
白髪の少年はその金属の装甲板をぺたぺたと触り出した。
 
「話には聞いてたけど・・・ホントにロボットなんだなあ?
すげーなあ・・・おお、固い。冷たい!?」
「こらこら、触んなって。今調整中だ、手元が狂ったら大変なんだぜ?」
「ニィ! 大人しく出来ないの?」
 
 フェイに首根っこ捕まれて彼はそこから引っぺがされる。
 
「なぁ、こういうのって『ますた』とかいう奴がつくってんだろ?」
「そうらしいけど…それがどうしたの、ニィ?」
 
 ちょっと首を傾げて彼は言う。
 
「そんなスゴイ奴ならこんな状況ちゃっちゃと解決できるんじゃねーか?」
「…そんな単純に世の中行く訳無いだろ? どっか行ってるか、もしくは捕まってるかどちらかじゃないかな?」
「そっか…そーだよなぁ」
 
 うんうんと、納得したんだかしないんだかうなづく。
 
「あれ?」
 
 ふと、鋭い金属音が聞こえたような気がして、フェイは通路の先のほうに振り向いた。
 
「ニィ、なんか聞こえなかった?」
 
 呼びかけると同時に今度は銃声が聞こえてくる。
 
「おぉ、ほんとだ! 誰か戦ってんじゃねーか!?」
 
 青かった彼の瞳が黄金色に輝き出す。

「行こうぜ、フェイ♪」
 
 どさくさに紛れてフェイの手首をつかみ、二人は駆け出した。
 



 
「………すごぉい♪」
 
 通路の陰から彼女はホールの中を覗き込んでいた。
彼女の目の前では二人の青年が一騎打ちを繰り広げている。
 
「せやっ!」
 
 北は大きく踏み込み、袈裟懸けに刀を振り下ろした。
フェンリルは下がらず手元に飛び込んで、手の甲で北の手首を払いのける。
そのまま低く身を沈めて足払いをかけるが、北は彼の横を摺り抜け、跳躍して間合いを離す。
 振り向きざまにフェンリルは引き金を引くが、弾は北の足元を掠めていく。
 
「当たらんよ!」
 
 言って北は、一気に間合いを詰め、真横になぎ払う。
体を反らしてぎりぎりでかわすフェンリルの銀の前髪が数本切れて舞う。
体勢を崩した所に返す刀でもう一撃。
 
「…痛ぅっ……」
 
 とっさに避けきれなかった刃が、フェンリルの左腕を浅く切り裂いた。
コートの袖が赤く染まっていく。
 
「そんなものか?」
 
 まるで、力を出し惜しみしている…そういう風に北には思えた。
フェンリルは顔を上げると、にやりと冷酷な笑みを浮かべた。
 
「…あんた…強ぇな……。
ここで抜く気は無かったんだが…俺も結構刀は好きでね♪」
 
 腰に下げていた小太刀をするりと抜き放つ。
 
「まぁ…俺の場合は趣味で持ってるんだけどな。あんたらの所じゃ、まだこういう武器も現役なんだろ?」
 
 やっと本気を出す気になったか…、そう思いながら北は刀を構え直した。
 
 

「…ここからの方がよくみえるかなっ?」
 
 戦いに気を取られている二人の横をそーっと通り抜けて、プリシアは一つだけ開いたエレベーターの中へ入り込んだ。
透明な樹脂製の壁にぴったりと張り付くと、暗闇に浮かぶ大きなコアがよく見えた。
 
「うーん…これも黒曜石みたいで奇麗だけどさぁ、やっぱり光ってる方がいいよね♪」
 
 のんきにそう言うと、またホールの方へ目をやった。
 
 
「くぅっ!」
 
 脇腹を押さえて、北はうずくまった。
さっきとは動きが全然違う。戦いなれている、そう感じた。
 だが、倒せないほどの相手でもない。
後ろに跳び退って体勢を立て直し、もう一度剣を構え直す。
峰で打たれたので致命傷ではない。まだ少しは戦える。
 
「まだ、やるか?」

 とんとんと、小太刀の峰で肩を叩き、フェンリルは余裕を見せる。
 左腕の傷はもう、乾きはじめていた。

「おーおー、殺ってるよ♪」
 
 楽しげに歓声を上げたのは、白髪の少年だった。
息を切らしてはあはあ言ってるフェイに懐中電灯を手渡すと、とととっと彼らの方へ駆けてくる。
 
「面白そー♪ 俺も混ぜてよ」
 
 右腕に光が集まり、細い刃の形になる。
フェンリルは銃口を彼に向け引き金を引いた。
 
ヴンッ!!
 
 彼の手のひらを中心に空気が歪む。
はじかれた弾が床に転がった。
 
「ほう…面白い力を持ってるな…お前、名は?」
「名前? そんなの知らないね。適当に呼んでくれよっ!」
 
 言いながら少年は光の刀を振り下ろす。
空気を切り裂いて衝撃波がフェンリルを襲う。
フェンリルは跳躍してそれを避ける。コートの裾が風に千切れる。
 そのままの勢いで振り下ろされる小太刀を少年はフィールドを貼って止めようとする。
 
「うわわっ!」
 
 刃は止めたが勢いまでは殺しきれず、少年は数歩蹈鞴を踏んで下がった。
 
「おー強い、強い♪」

 にやにやと楽しそうに少年は笑みを浮かべる。
続いて打ち込まれた北の斬撃を峰ではじくと、フェンリルは後方へ転がって間合いを放す。
 北は床を蹴った。瞬時にして空間を渡る『神行法』。これならば反応しきれないはず。
文字どおり目にも止まらない勢いで、フェンリルに肉迫し、胴を薙ぐ。
 
 ギンッ!

 思わぬ手応えに北は驚愕した。
肉を切る感触の後に来たこの固い手応えは一体!?
人を斬ったときの手応えとは全く違う異質な感触に戸惑う。
 
「…ぐっ……」
 
 脇腹を押さえてフェンリルはよろめいた。
とっさにコートのポケットからグレネードの弾丸を取り出し、彼らの足元に投げつける。
 
「やべぇっ!」
 
 少年は慌てて防護フィールドを貼るが間に合わない。
 
ズガァァァァンッ!!
 
 轟音と閃光が荒れ狂う。フェンリルはコートを翻し、待機してあったエレベーターへと飛び込んだ。
 



 
「何です!? 今の音は!」
 
 応急的な調整を終えて道を急いでいた菊一文字とリッキーは突然の轟音に驚いた。
 
「何にしろ、先を急いだほうがいいみたいだぜ。今の音はまずいかもな」
「えぇ、急ぎましょう。何事も無ければよいのですが…」
 
 二人…いや、一人と一体は、その音のほうへと歩を早めた。
 


 
 電脳空間の迷宮の中で、SAYは一人の少女と対峙していた。
 
「あら、先ほどのハッカーの方ですのね♪ わたくしは、GDMS-002『村雨』ですわ。
以後お見知りおきを♪」
 
 恭しくホログラフィーの天女はあたまを下げた。
 


 
「…くっ!」
 
 脇腹に走った痛みにフェンリルはよろめき、エレベーターの壁に寄りかかった。
コントロールパネルに手を当て、指紋の照合が認証されたのを確認し管制室行きのボタンを押す。
静かにエレベーターは動き出し、ずるずると彼は床に座り込んだ。
 少しこの傷は深かったようだ。バンダナを外して傷口を強く押さえる。
ふと感じた気配にフェンリルは目を上げる。
 
「…誰だ? お前…」
 
 背中に羽根を背負った少女がじーっとフェンリルの顔を覗き込んでいた。
 
「あたしはプリシア。 ねぇ、あなたに付いてったら面白いかな?」
 


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