同居家族に対する訪問介護(いわゆる家族ヘルパーへの報酬支払い)に関する意見書

平成11年9月20日

樋口恵子

 昨年10月、当審議会に提出された、同居家族に関する訪問介護者の取り扱いについて、意見を申し述べさせていただきます。以下の意見は私個人の見解であると共に、「高齢社会をよくする女性の会」において、介護保険導入時の現金給付の是非を含めて討議を重ねてきた結果であり、最近では9月11〜12日の当会第18回全国大会(島根県松江市)においても、島根県59市町村の実行委員をはじめとする参加者(延べ約3000人)の討議を経たものであります。

趣旨

 同居家族を一定の条件のもと認定し報酬を支払う、という今回の諮問は、形を変えた現金給付の復活であり、わが国における介護保険制度の当初の理念、目的に反するものであり、到底承服できません。ただし、離島・僻地などで現実に介護労働力の確保が困難な地域もあり得るので、介護保険スタート時期が迫っていることを考慮し、対象地域限定と見直し時期の設定が妥協点です。地域限定などの歯止めのない家族への報酬支払いは、介護保険自体が本来の趣旨を離れ、集金と現金分配装置に陥りかねません。

以下、反対の理由を申し述べます。

1.自治体の現物給付サービスを遅滞させます。

 「介護」は昔からやってきたことではありません。介護という単語が日常化したのはここ15年ほどのことであり、高齢化と共に現在の「介護」が顕在化したものです。「介護」への支援は新しい時代の要請なのです。かつて、たしかに家族内で行われていた「介抱」「看病」に比べて現在の「介護」の特徴は、@長期化、A老老介護、B重度化、C重複化(1人で複数の要介護者を介護)です。

 その中で、老いた介護者が要介護者を殺したり無理心中する事件が起こっています。介護殺人、介護心中はまさに介護地獄というべきでしょう。多くの例は、そうした家族が「ヘルパーを拒否した」「施設利用をためらった」など社会的介護サービス利用への心のバリアーが高かったことを示しています。

 介護保険はこうした社会サービス利用への国民の心のバリアーを取り除き、家族が家族としての良好な関係を保てるよう、要介護者の自立を社会的に支援するために出発したのではありませんか。「家族ヘルパー現金給付」では介護保険の精神は死んでしまいます。「家族がやっているから」と現物サービスを抑制的にはたらくことになりかねません。

2.密室化した家庭の中で介護の質は保証されません。虐待の恐れさえあります。

 人間は社会的動物と言われます。要介護者も介護者も、地域の一員として社会参加して生きることを認められて当然です。要介護者にはデイサービスなど社会参加の方法を、介護者には家庭以外の社会活動が保証されて当然です。これは後述の男女共同参画社会基本法(本年6月成立・施行)第6条に明記されているところです。

 要介護認定、ケアプランという社会的関与があるとはいえ、家庭は密室化する危険性があり、プライバシー保護の名のもとに介護の質が保証されないことも配慮しなければなりません。家庭介護のよさが保たれるよう、外部サービスを利用し、双方のストレス解消を目指すことが必要です。

3.介護者は長期間健康であるとは限りません。必ず社会サービスが必要なときが来ます。共倒れから共立ちへ。

 地域差があるとはいえ、日本の平均世帯人数は3人を割り、1人世帯は高齢者を含む世帯の2割近く、夫婦世帯と1人暮らしを合計すると4割を超えます。これは全国的な傾向です。介護者自身の高齢化がすすみ、厚生省の調査でも2人に1人が60歳以上です。私たち「高齢社会をよくする女性の会」の調査では介護者の半数が医療機関に通院し、さらに5人に1人が自覚症状があるにもかかわらず通院時間がとれずにいます。家族の介護過重負担は共倒れの危険に満ち、結果的には社会的に医療費、介護費用の増大につながります。社会サービスの整備は大きな意味で社会公共のため、お国のためでもあります。

4.「現金」は親族関係に新たな緊張を生みます。不正受給の心配もあります。

 現に医療保険では医師の家族への診療給付を行っていません。介護においても、「現金」は必ずしも介護の質の向上につながるとは限らず、不正受給が起こる危険性があります。

 また、親族や家族から「家族ヘルパー」に対して「お金を貰っているんだから」という視線が向けられ、新たな緊張関係が生まれることも考えられます。現に介護している女性とくに嫁の立場から、しばしば聞かれる意見です。

5.「現金」」によって、介護の一極集中が加速されます。

 前項の延長線上に、特定家族への介護負担一極集中がすすみかねない、という問題が生じます。現金の報酬があることによって、他の家族、親族の「おまかせ」傾向が強まるからです。

6.「性別にかかわりなく個性と能力を十分に発揮」をうたった男女共同参画社会基本法の理念に反します。

 現在、在宅で介護にあたる家族の85%は女性であり、とくに同居する「嫁」のひりつはの高さは、他の高齢社会には見られぬ特徴です。その「嫁」もまた少子化の子世代として、このままでは実家の親の介護を背負わねばならなくなります。親の介護予期のため、独身を余儀なくされる介護シングルも増えました。介護の社会化は少子化対策としても有意義です。

 この6月、成立・施行された男女共同参画社会基本法は、第4条で「社会における制度または慣行が、性別による固定的な役割分担等を反映して、男女の社会における活動の選択に対して中立的ではない影響を及ぼすこと」が「男女共同参画社会の形成を阻害する要因となるおそれ」があることを指摘し、制度や慣行が男女の社会活動の選択に中立的にはたらくよう、配慮を求めています。「家族ヘルパー」は女性に偏った介護負担の現状を固定化し、女性の多様な選択を妨げることにつながります。

 さらに「基本法」第6条では、「家族を構成する男女が、相互の協力と社会の支援の下に、子の養育、家庭の介護」など家庭生活を支えるために、家族としての責任を果たすよう規定しています。これは「男性(夫)が外で働き、女性(妻)が育児・介護」という性別役割分担的「協力」ではありません。第6条は家庭を支える活動と共に、それ以外の「活動を行うことができるようにすること」を明記しています。第6条の「社会的支援」については、衆参両院の論議でとくに焦点の1つとなり、両院の付帯決議に「特に、子の養育家族の介護については、社会も共に担うという認識に立って、その社会的支援の充実強化を図ること」とあります。また「基本法」第9条は地方公共団体に「基本理念にのっとり」「国の施策に準じた施策」を実施する責任を課しています。

 以上のような「基本法」に、今回の制度は逆行しているのではありませんか。

7.国民の生活を支える公共サービスは「現物」が基本です。まず「現物」の基盤整備を。

 学校教育は国と自治体の責任で全国に整備されています。どんなへき地でも「現金」を給付するから家庭だけで教育せよ、とは誰も言いません。介護も今は国民生活に必須の要件となり、これを公共で支えていくとき「現物」が基本です。

 来年度概算要求では、離島等におけるホームヘルパー養成事業費4億円が計上されています。

 現在、日本中で主として女性たちが、職を失い、身を削りながら介護の負担に耐えていることを私たちはよく知っています。その負担は、限られた介護報酬で償われるものでなく、同居家族の立場に立てば介護時間は1日24時間です。在宅介護によって増大する経費の支援、介護者の一時休暇のための措置などの施策は当然のことです。また、「現金」の報酬を言うなら、それ以前に介護期間の年金権を男女問わず介護者に保証してください。

 介護サービスの基盤整備がすすみ、介護サービスに選択の余地ができたとき、家族介護に対する「現金」が何らかの条件のもと、選択肢の1つに入ることに、私は必ずしも反対ではありません。

 現状においては、介護保険の原点に立ち返り、国も自治体も要介護者と家族を支える介護の社会サービスの基盤整備にご尽力くださるよう切に望みます。

以上

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