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ピアノ・ソナタ ヘ長調 K.533

  1. Allegro ヘ長調 2/2 ソナタ形式
  2. Andante 変ロ長調 3/4 ソナタ形式
  3. Allegretto ヘ長調 2/2 (ピアノのためのロンド K.494
〔作曲〕 1788年1月3日 ウィーン
1787年12月





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1787年12月7日、モーツァルトは念願の宮廷作曲家になることができた。 それはグルックの死(11月15日)によりポストが回ってきたものであったが、宮廷内にはモーツァルトを採用することに反対が多かったようである。 それは、前任者の給料2,000フロリンに対して、モーツァルトは800フロリンに過ぎず、さらにモーツァルトの後任者となるコゼルフのときには、再び2,000フロリンとなったことに如実に現れている。 この話は「かわいそうなモーツァルト」を物語るエピソードの一つとしてよく取り上げられるが、しかしグルックとモーツァルトの報酬の違いは「評価の差ではなく、実利に基づく対応のゆえである」とヴォルフは言う。

2000フローリンというグルックの俸給には競争がからんでおり、フランス宮廷への対抗策として、この額が設定された。 こりに対してモーツァルトの800フローリンは、次のように考えてのみ、適切に理解される。 すなわちそれは、受領者が演奏と作曲の活動をどんな制約も受けずに行うことを可能にし、報酬の上乗せさえ先々期待できるような、永続する奨励金なのである。 しかもその額は、サリエーリが1785年からボンノの代理として宮廷オペラに配属された1787年にかけて、同じポストで(職務はずっとたくさんこなしながら)貰っていた426フローリンの、ほぼ倍額であった。 グルックとモーツァルトの俸給の違いは、任命時の二人の年齢、60歳と31歳、を比べても、納得いくところだろう。
[ヴォルフ] p.26
モーツァルトにとって待望の宮廷作曲家の職であったが、彼の場合、その仕事は毎年冬期間の舞踏会でのダンス音楽を作ることに過ぎなかった。 しかしそれはモーツァルトにとって決して不名誉なことでなかった。 「義務らしい義務がないにもかかわらず与えられたこの栄誉ある称号にモーツァルトは飛びつき、自分の肩書きとして使った」(ヴォルフ)のであった。
だからと言って金銭的に何不自由なく暮らせるわけではない。 モーツァルトは宮廷作曲家の名にふさわしい生活をしようとしていたはずだし、また、12月27日には長女テレージアが誕生している。 残念ながら翌1788年6月に死亡するが。 なにかと経済的に苦しくなってきたことが想像できる。
オペラのような大きな仕事をしたくても注文がこない。 社会情勢としては、第2次露土戦争(1787〜92年)にあたり、宮廷にも作曲家モーツァルトをもてはやしている余裕はなかったと思われる。 そして、よく知られているように、モーツァルトは1788年6月からプフベルクに借金を繰り返すようになる。

モーツァルトは自作カタログに1月3日付けで「クラヴィーア独奏のためのアレグロとアンダンテ」(上記の第1〜2楽章)を記入したが、それに第3楽章として2年前の1786年6月に作られたアレグロ K.494 を加えて1つのピアノ・ソナタを完成し、ウィーンのホフマイスター社から「フォルテピアノまたはクラヴサンのためのソナタ」として初版した。

彼は友人であり出版者であったホフマイスターに借金をしていたが、おそらくこんな仕方でいくらかずつ返済したのであろう。
[アインシュタイン] p.341
出版が1月末か2月初めに急いで行われたことから、単純に借金返済だけが目的ではなく、自分の名誉ある地位を広く宣伝したいという意図があった。
そのタイトル・ページには、重要なニュースが光っている。 それは著者名の下に目を引く字体で綴られた「皇王室陛下にお仕えする」という一行である。
同時期か少し後に市場に出た『2台ピアノのためのフーガ ハ短調』K426でも、タイトル・ページを使っての発信は繰り返された。 今度はフランス語ではなくイタリア語で、「皇王室陛下に現在お仕えする」とある。 二つの鍵盤作品が同じホフマイスターから並行して出版されたのは、偶然ではない。 そのタイトル・ページには、自分の昇格を音楽界にどうしても伝えたいというモーツァルトの熱望が現れている。
[ヴォルフ] p.97
こうして小ロンド(K.494)が第3楽章に置かれて一つのソナタに仕上げられた。 そのとき、大胆な和声の変化に富む第1〜2楽章に合うように、ロンドには対位法的なカデンツァと低音域の終結部27小節が加えられたが、後世の評判はあまり良くない。
その際彼はいわゆる様式の統一などいささかもかえりみていない。 これらの追加作曲された諸楽章は和声的・多声的な構想の雄大さ、感情の深み、それに彼の最後の諸作品にのみ特徴的な和声上の大胆さを持つものである。 これらの曲は、ほとんど楽器の中音部にとどまっている無邪気なロンドとは全然別物で、もっと強力な楽器のための作品である。
ロンドには、ホフマイスターの版刻のためにはじめて対位法的なカデンツァと低音域の終結部を追加作曲したのえある。 それにもかかわらず、このロンドも美しい三声の《オブリガート》の短調挿入部を持ち、あまりに豊かで完全なので、門外漢は《様式の分裂》に気づかないだろう。
[アインシュタイン] p.341
単に借金返済のための「やっつけ仕事」だとしても、モーツァルトは「様式の統一などいささかもかえりみない」作品に仕上げるほど鈍感な三流作家ではない。 まして宮廷作曲家の名の下に、自他ともに認めるピアノの名手が初めて手がける作品である。 彼は急いで出版する必要性から、使えそうな楽曲を「自作目録」から探し出したのかもしれない。
しかしヘ長調ソナタが二つの起源を異にする構成要素に基づいているという事実は、モーツァルト研究に、長く深刻な批判を巻き起こさずにおかなかった。 批判の始まりは、19世紀半ばのオットー・ヤーンとルートヴィヒ・ケッヒェルまで遡る。 ロンド・フィナーレの追加は音楽的に一貫性を欠くものと受けとられ、「ソナタ全体へのロンドK494の追加は、モーツァルトによるものではない」という断言に行き着くほどであった。
[ヴォルフ] pp.101-102
そのような行き過ぎた批判などにより、このヘ長調ソナタ(K.533+K.494)が「いまだ好意的に受けとめられず、めったに演奏されないという結果を招いている」というが、ヴォルフは彼の著書の中で(pp.100-107)自信に満ちた作曲者の超一流の技法を詳細に解説したうえで、次のように締めくくっている。
この大ソナタは、ヨーロッパの人々に広く差し出された新任宮廷作曲家の名刺ともいうべき作品だが、鍵盤の名手としての名声や文化度の高い作曲家としてのステイタスも擦り込まれるように意図されている。 同時にそれは、器楽曲に広く見られる斬新で幅広い、大胆にして掘り下げられたアプローチを代表するものである。 大規模な器楽作品の印象深い系列がこのソナタを端緒として始まり、まもなくそこに、1788年の三大交響曲が折り込まれる。 この作品がきっぱりと宣言しているものをモーツァルトの「帝室様式」と呼ぶことを、注意深くではあるが提唱したいと思う。
理由はともあれ、最終的に作曲者自身が一つのソナタとしてまとめたことを尊重し、新全集は「ピアノソナタ第15番」として扱っている。 ちなみに旧全集では一番最後の第18番だった。 ただし[全作品事典]はこのソナタを「第18番」としたまま、作曲された年代順に並べて、「第15番」(K.545)の前に置いている。 ジャンル別に作品に通し番号をつけると、わかりやすくなるが、それほど意味のあることではない。

〔演奏〕
CD [TOCE-13252] t=31'57
リヒテル (p)
1956年
CD [DENON CO-3861] t=20'11
ピリス Maria Joao Pires (p)
1974年1〜2月、東京、イイノ・ホール
CD [ACCENT ACC 8853/54D] t=24'23
ヴェッセリノーヴァ Temenuschka Vesselinova (fp)
1990年1月、オランダ、ハールレム、Vereenigde Doopsgezinde Kerk
※ケレコム Claude Kelecom 製フォルテピアノ
CD [Teldec WPCS-21226] t=32'34
レオンスカヤ Elisabeth Leonskaja (p), リヒテル Sviatoslav Richter (p)
1993年8月、オスロ、NRK
※グリーグによる2台ピアノ編曲版

〔動画〕

〔参考文献〕

 

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2017/09/17
Mozart con grazia