Mozart con grazia > リタニアとヴェスペレ >
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証聖者の荘厳晩課 K.339

聴もん僧のおごそかな夕べの祈り Vesperae solennes de confessore
  1. Dixit 主は言われる Allegro vivace ハ長調
  2. Confitebor 主をほめまつる Allegro 変ホ長調
  3. Beatus vir 幸いなるかな Allegro vivace ト長調
  4. Laudate pueri ほめたたえよ ニ短調
  5. Laudate Dominum 主をほめたたえよ Andante ヘ長調
  6. Magnificat : Adagio - Allegro ハ長調
〔編成〕 S, A, T, B, SATB, 2 tp, 3 tb, timp, 2 vn, bs, og
〔作曲〕 1780年 ザルツブルク

ヴェスペレとは、カトリックの聖務日課の中で日没時に行われる祈り(晩課)のこと。 宗教音楽の歴史上ミサに次ぐ重要なジャンル。 モーツァルトのヴェスペレにはもう一つ、通称「主日のためのヴェスペレ」(K.321)があり、どちらも同じテクストと構成。
1780年9月




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曲の成立ははっきりしないが、ド・ニによれば、両ヴェスペレともザルツブルクにおける「司教でない証聖者」の重要な聖ヒエロニムスの祝日(つまり大司教の洗礼名の聖人の祝日)である9月30日の盛儀典礼のために作曲されたと思われる。

アインシュタインは「証聖者の荘厳晩課」について次のように絶賛している。

モーツァルトは、ハ長調〜変ホ長調〜ト長調〜ニ短調〜ヘ長調〜ハ長調のなかで、できるだけ自由に動いているし、また調性の対比はいっそう烈しくぶつかりあっている。 「Laudate pueri」は、減七度歩行の主題にもとづく古めかしいフーガであるが、この主題は、系譜をたどればヘンデル、クーナウ、ブクステフーデ、リューベックを越えてパッヘルベルにまでさかのぼるものだし、 やがてモーツァルト自身によってレクイエムのキリエのなかで再び取りあげられるのである。 「Laudate Dominum」はたぐいのない響きの魔力と、いっさいの「教会的なもの」に無頓着な表現の詩情とを持つ曲であって、シューベルトの「小夜曲」(Op.135)を除いては、比すべき曲を求めがたいのである。 いくらか教会的なのは「Magnificat」だけであって、はじめの3つの楽曲は表現の点で最大の自由さ、大胆さ、活発さを示している。 モーツァルトのこのような楽曲を知らない者は、モーツァルトを知る者とは言えない。
[アインシュタイン] pp.466-467
このヴェスペレの「主をほめたたえよ Laudate Dominum」は特に有名で、その美しさを賛美する声は多い。
「主をほめたたえよ」のソプラノのソロは、コーラスと弦楽器(ファゴット・アド・リビトゥム)の上を舞い飛ぶが、その無邪気なほどの世俗ぶりは、オーストリアの教会のロココオルガン壇につきものの知天使(ケルビム)たちが、夢中になって太鼓を叩きトランペットを吹き鳴らす姿を思わせる。
[ランドン] p.94
このヴェスペレはザルツブルクにおけるモーツァルトの最後の作品となった。 10月、ミュンヘンの選帝侯カール・テオドールからオペラの作曲が依頼された。 翌年の謝肉祭のオペラ『クレタ王イドメネオ』(K.366)である。 さっそく作曲に着手し始めていたが、完成のためには現地へ行かなければならない。 大司教に6週間の休暇を申し出ると、選帝侯の依頼による作曲のためならば、コロレド大司教も認めざるを得なかった。 ザルツブルクを抜け出す機会を待っていたモーツァルトは11月5日オペラの仕上げ稽古のために大喜びでミュンヘンに出発し、翌日には到着した。 モーツァルトにとって久し振りに味わう自由な空気だった。 ここで運命の歯車が大きく回転。 29日ウィーンでは女帝マリア・テレジアが没。 そのため大司教はウィーンに向かい、自分の使用人であるモーツァルトにもウィーンに出てくるよう命じることになる。 そしてモーツァルトはザルツブルクに帰らず、ウィーンで自立を目指すのである。

余談であるが、のちにモーツァルトはこの曲を思い出している。 ウィーンで自立し、活躍しはじめた頃、毎日曜日にスヴィーテン男爵の所へ通うようになっていたが、1783年3月12日、ウィーンからモーツァルトはザルツブルクの父へ手紙で、男爵に聴かせてやりたいからという理由で、この曲の総譜を送ってくれるよう頼んでいる。

ラムのために書いた『オーボエ協奏曲』を、ぼく宛に、大至急送ってください。 その際に、何かほかのもの、たとえば、ぼくのミサ曲や、二つのヴェスプレの総譜を、入れてくれてもかまいません。 それらを、ただヴァン・スヴィーテン男爵に聴かせたいからです。 男爵が高声部を歌い、ぼくが(伴奏しながら同時に)アルトを、シュタルツァーがテノールを、イタリアから来た若いタイバーがバスを歌います。
[書簡全集 V] p.347

〔演奏〕全曲
CD [エラート R25E-1011] t=27'01
ハンスマン Rohtraud Hansmann (S), バルテルロニ Annie Bartelloni (A), セネシャル Michel Senechal (T), ソワイエ Roger Soyer (Bs), アラン Marie-Claire Alain (og), グシュルバウアー指揮 Theodor Guschlbauer (cond), ウィーン・バロック合奏団 Wiener Barockensemble, フィリプ・カイヤール合唱団 Chorale Philippe Caillard
1965年
CD [PHILIPS 422 751-2] t=28'39
テ・カナワ Kiri Te Kanawa (S), ベインブリッジ Elizabeth Bainbridge (A), デイヴィス Ryland Davies (T), ハウェル Gwynne Howell (Bs), コンステーブル John Constable (og), デーヴィス指揮 Sir Colin Davis (cond), ロンドン交響楽団・合唱団 London Symphony Orchestra and Chorus
1971年4月、ロンドン
CD [UCCP-4078] t=28'39
※上と同じ

〔演奏〕一部
CD [Teldec WPCS-22041] V. t=5'33
ギーベル Agnes Giebel (S), ロンネフェルト指揮 Peter Ronnefeld (cond), ウィーン交響楽団 Wiener Symphoniker, ウィーン・アカデミー室内合唱団 Wiener Akademie Kammerchor
1966年頃
CD [COCO-78063] V. t=4'07
ザードリ (S), フィッシャー指揮ブダペストPO
1984

〔動画〕

〔参考文献〕

 

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2012/12/09
Mozart con grazia