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習作・スケッチ・その他


  1. K.32a 第3練習帳「カプリッチ」

    The third sketch book "Capricci"
    1765年〜66年冬 オランダ〕 散失
    2月26日、アムステルダムで行った2回目の演奏会でヴォルフガングはこの作品をオルガンで演奏したらしい。 ヴォルフガングには「ナンネルの楽譜帳」と「ロンドンのスケッチブック」のほかに第3の練習帳があり、それがこの「カプリッチ」と呼ばれているもので、種々の小品が含まれているらしい。 父が残したヴォルフガングのカタログに記載されている「2冊のノートブック」のうちの一つと推測されている。 モーツァルト一家の西方への大旅行中の1765年11月、オランダで姉ナンネルが死に瀕するほどの重病で倒れていたとき、少年モーツァルトは「別の部屋で、自分で音楽をやりながら楽しんでいた」とレオポルトが手紙に書いているが、それがこの練習帳であろうと思われている。 モーツァルトの死後、コンスタンツェが「カプリッチ」と題されたモーツァルトの最初期の作品集を出版者アンドレに渡し、1802年4月3日に返してもらったが、その後行方不明。
  2. K.33a フルートのための独奏曲

    Soli for flute
    1766年9月 ローザンヌ〕 散失
    父が残したヴォルフガングのカタログに記載されたが、行方不明。 ヴュルテンベルク公ルートヴィヒ(Friedrich Eugen, Herzog von Württemberg, 1731-95)のために御前で作曲された。
  3. K.33b チェロのための独奏曲

    Soli for violoncello
    1766年10月 ドナウエッシンゲン〕 散失
    これも父が残したカタログに記録があるのみ。 フュルステンベルク侯(Joseph Wenzel Fürst von Fürstenberg, 1728-83)のために。
  4. K.33h ヴァルトホルンのための小曲

    1766年 ザルツブルク?〕 散失
    1778年2月16日、ザルツブルクの父レオポルトからマンハイムにいる妻と息子に宛てた手紙にこの曲のことが書かれていることで伝わっている。
    ブロイナー侯近侍のマルティーン・グラスルは今日埋葬されました。 この人のためにヴォルフガングがヴァルトホルンの小曲を一つ作ったもを思い出すことだろう。
    [書簡全集 III] p.531
    この小曲は1766年(10才)のときザルツブルクで作られたと推測されている。
  5. K.41f 4声のフーガ (紛失)

    1767年 ザルツブルク〕 散失
    父が残したカタログに記されているのみ。
  6. K.46 弦楽五重奏曲 変ロ長調 (偽作)

  7. K.73x 人声のための習作カノン

    1770年から1772年 イタリアかザルツブルク〕
    1770年にマルティーニ神父の指導による習作と見られる。 しかしプラートは自筆譜の筆跡から1772年の作と推定。
  8. K.120 (111a) 交響曲「アルバのアスカニオ」のフィナーレ

  9. K.293e 19のカデンツァ

    〔1778年2月12日以前 マンハイム?〕
    父の写譜で残る。 2月14日に父へ宛てた手紙によると、クリスチャン・バッハのアリアのために作ったカデンツァをアロイジア・ウェーバーの練習に役立てようとした。
    もしぼくの思い違いでなければ、以前に書きとめておいたカデンツァがあるでしょうし、少なくとも装飾音を全部書き出した形のアリア・カンタービレが一曲あるでしょう? 真っ先にそれがほしいのです。 ヴェーバー嬢の練習にとても役立ちますから。
    [書簡全集 III] p.526
    成立時期については異論もある。 すなわち「以前に書きとめておいた」ことを父に確認しているので、モーツァルトがザルツブルクをあとにして旅に出た「1777年9月23日以前」であるはずというものである。
  10. K.297a (Anh.1) ホルツバウアーの「ミゼレーレ」のための8楽章

  11. K.299d (Anh.103) 狩猟曲 (断片)

  12. K.374g (Anh.46) ピアノとチェロのためのアンダンティーノ (断片)

  13. K.384B アンダンテの冒頭 変ホ長調 (紛失)

    〔1782年?〕
    18小節。
  14. K.384b 行進曲 変ロ長調 (紛失)

    〔1782年?〕
    4小節。
  15. K.384c (Anh.96) アレグロ 変ロ長調 (紛失)

    〔1782年?〕
    16小節。

  16. 〔演奏〕上に並ぶ3つの断片を Consortium Classicum のメンバーであるファゴット奏者 Eberhard Buschmann氏が編集し、完成させた。
    1. 行進曲(K.384b)
    2. シャコンヌ(K.384B)
    3. メヌエット(K.384c)
    その演奏が次のCDに収められてある。
    CD [MDG 301 0499-2] t=11'08
    Consortium Classicum
    1998年
  17. K.393 (385b) ソルフェージ

    1. わがいとしのコンスタンツァのために Per la mia cara Constanza
    2. Adagio ヘ長調
    3. Allegro ハ長調
    4. わがいとしの妻のために Per la mia cara consorte
    5. 断片
    1782年8月 ウィーン〕
    コンスタンツェのために。 完成したものが5曲。 各曲に書き込みがある。 第2曲はのちの「ハ短調ミサ」(K.427)のキリエ楽章中 Christe eleison で使われている。 また、タイソンの自筆譜の研究により、第3曲はザルツブルク滞在中(1783年10月)に書かれたものであるという。
    〔文献〕 野口秀夫「ソルフェッジョ K.393 (385b)に見るコンスタンツェの技量」1997
  18. K.385n フーガ (散失)

    1782年? ウィーン〕
    4声部のためのフーガ? 自筆葉は1930年に競売にかけられたあと行方不明。
  19. K.385o ピアノ協奏曲のスケッチ イ長調

    ピアノ協奏曲第12番イ長調 K.414 (385p)のスケッチ
  20. K.417B スケッチと断章

  21. K.452b (Anh.55) 室内楽曲楽章 ニ長調 (断片)

    〔1784〜86年 ウィーン〕 編成 : p (hc), 2 hr, 2 vn, bs
  22. K.453b プロイヤー嬢のための練習帳

    1784年 ウィーン〕
    バルバラ・プロイヤー嬢のための音楽帳。 この中に「対位法の大家の葬送行進曲」(K.453a)などが含まれている。
    この練習帳には、対位法習作(コラール)「ああ、天よりみそなわせる神よ」K.620b (Anh.78)の自筆譜が一緒につづられているという。
  23. K.484a (411) クラリネットとバセットホルンのためのアダージョ 変ロ長調

  24. K.484b (Anh.95) アレグロ・アッサイ 変ロ長調

    〔1785年末 ウィーン〕
    断片 22小節(編成は 2 clarinets, 3 basset horns)。 K.484a (411) の自筆譜にスケッチがあるため、同時期のものとされてきたが、タイソンによれば、異なる用紙に書かれてあり、推定1782-83年。
    〔演奏〕
    CD [KKCC-4123-4] t=0'44
    オランダ・ソロイスツ・アンサンブル
    1992年
  25. K.484c (Anh.93) アダージョ ヘ長調

    〔1785年末 ウィーン〕
    断片 6小節(編成は clarinets, 3 basset horns)。タイソンは1787-89年と推定。
  26. K.484e アレグロ ヘ長調

    〔1785年末 ウィーン〕
    32小節のところで切断された、バセットホルンのパート譜が残る。この曲の完成された形はまだ確認されていない。
  27. K.506a トーマス・アトウッドの練習帳

    〔1785年8月〜1786年8月 ウィーン〕
    アトウッドはイギリスの音学家で、セント・ポール寺院のオルガニストだった。 1785年8月から1787年2月までモーツァルトの弟子。モーツァルトにロンドンへの演奏旅行を勧めていた。
     
    練習帳は大英図書館にあり、横長12段4分冊144葉から成る。 アトウッドの書いた対位法、和声の練習問題、バス課題上の初歩的練習例、オブリガート様式の作例、弦楽四重奏曲や管弦楽のための作曲例などがあり、 そこにモーツァルト自身の手で訂正がなされ、例えば「ルールは守らなければならない」などと英語で注意が書き込まれてあるという。
     
    近年ホグウッドはこの練習帳のIV-38「メヌエット ト長調 32小節」とIV-52「トリオ ニ長調 18小節」をとり、セレナード「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(K.525)の第2楽章に置いて演奏している。
    〔演奏〕CD [ポリドール F35L-21020]
  28. K.deest フランツ・ヤーコプ・フライシュテットラーの練習帳

    〔1787年頃 ウィーン〕
    かつては『ザルツブルク練習帳』と呼ばれ、父レオポルトが息子のために作ったものとされていたが、近年プラートの筆跡研究により、成人したモーツァルトがウィーンで弟子フライシュテットラー(Franz Jacob Freistädtler, 1761-1841)のために1787年頃に作ったものと結論づけられた。 『トーマス・アトウッドの練習帳』と同じような構成になっているという。
  29. K.509b 喜劇「ウィーンにやって来たザルツブルクのやくざ者」

    Lustspiel "Der Salzburger Lump in Wien"
    〔1787年 ウィーン〕
    『ウィーンに暮らすザルツブルクのならず者』とも訳される。 モーツァルト自身の詞による1幕4場までのスケッチ。 自筆稿は19世紀の蒐集家アロイス・フックスが所有していたことがあったが現在は消失し行方不明。 1787年7月頃に書かれたカノン『親愛なるフライシュテットラー君』(K.232)の歌詞にある人名(フィンタとスクルテッティ)が登場するので、このスケッチも同じ頃のものと推定されている。 歌詞は[書簡全集 VI]pp.733-734にある。
  30. K.509c (Anh.28) 喜劇「愛の試練」

    Lustspiel "Die Liebesprobe"
    〔1787年 ウィーン〕
    モーツァルト自身の詞による1幕3場までのスケッチ。 書かれたのは1787年春と推測されている。 歌詞は[書簡全集 VI]pp.734-738にある。
  31. K.516f (Anh.294d) 音楽のさいころ遊び

    "Musikalisches Wurfelspiel"
    1787年5月16日以降 ウィーン〕
    自筆譜は演奏不能として、ケッヘル第3版は1793年に出版されたものを「追加294d」として取り上げたが、第6版はそれを疑作 Anh.C30.01 とし、自筆譜をK.516fとした。 作曲時期はその自筆譜が「弦楽五重奏曲第3番ト短調」(K.516)アダージョのスケッチとともに書かれていることにより、ここに位置づけられた。
    演奏不能として謎の曲であったが、1987年に神戸市のモーツァルト研究家である野口秀夫氏が解読した。 音楽のさいころ遊びとは、さいころの目で小節を選んで曲を組み立てるもの。自筆譜はパリ国立図書館にあり、数字ではなくアルファベットが各小節にふってある。 野口氏は演奏例として残された記録を調べると、francisca(フランチェスカ)という文字が現れた。言葉遊びでジャカンの妹の名前を暗号にしたものと判った。
    〔文献〕 野口秀夫「音楽の遊び ハ長調 K.516fの演奏法と作曲の背景」1997
  32. K.580a (Anh.94) アダージョ ヘ長調 (断片)

  33. K.590b (Anh.30) ピアノのためのソナタ楽章 ヘ長調 (断片)

  34. K.590c (Anh.37) ピアノのためのロンド ヘ長調 (断片)

  35. K.620a (Anh.102) 序曲 変ホ長調 (断片)

    1791年9月 ウィーン〕
    自筆譜は行方不明。 写譜が残る。 26小節で中断。 『魔笛』の序曲と推測されている。
  36. K.620b (Anh.78) 対位法習作(コラール) ロ短調

  37. K.626a (624) 自作のピアノ協奏曲へのカデンツァ 36曲

    〔1767年〜1791年 ザルツブルク、ウィーン〕
    生涯に残した32曲の協奏曲作品のために書いたカデンツァをまとめたもの。 旧全集では36曲、新全集では64曲数えている。 詳しくは→[属]
    〔演奏〕
    CD [キング K32Y 297] t=2'30
    クロムランク (p)
  38. K.626b スケッチと断片

    〔演奏〕
    CD [キング K32Y 297]
    (27)フーガ ハ短調 t=0'45, (48)運指練習曲 t=1'13
    クロムランク (p)

参考文献


 

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2011/09/25
Mozart con grazia