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ヴァイオリンのための曲

新全集の「弦または管楽器のための協奏曲」というジャンルに含まれる作品のほか、疑わしい作品や偽作なども一覧する。

K.190 (186E) 2つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ ハ長調
作曲 1774年5月31日 ザルツブルク

  1. Allegro spiritoso ハ長調
  2. Andantino grazioso ヘ長調
  3. Tempo di menuetto, Vivace ハ長調
K.207 ヴァイオリン協奏曲 第1番
作曲 1773年4月14日 ザルツブルク
  1. Allegro moderaro 変ロ長調
  2. Adagio 変ホ長調
  3. Presto 変ロ長調
K.211 ヴァイオリン協奏曲 第2番
作曲 1775年6月14日 ザルツブルク
  1. Allegro moderato ニ長調
  2. Andante ト長調
  3. Allegro ニ長調 ロンド形式
K.216 ヴァイオリン協奏曲 第3番
作曲 1775年9月12日 ザルツブルク
  1. Allegro ト長調 ソナタ形式
  2. Adagio ニ長調 ソナタ形式
  3. Allegro ト長調 ロンド形式
K.218 ヴァイオリン協奏曲 第4番
作曲 1775年10月 ザルツブルク
  1. Allegro ニ長調
  2. Andante cantabile イ長調
  3. Andante grazioso - Allegro ma non troppo ニ長調 ロンド形式
K.219 ヴァイオリン協奏曲 第5番
作曲 1775年12月20日 ザルツブルク
  1. Allegro aperto イ長調
  2. Adagio ホ長調
  3. Tempo di menuetto - Allegro イ長調 ロンド形式
K.261 ヴァイオリンのためのアダージョ ホ長調
作曲 1776年終 ザルツブルク
※ K.219の第2楽章

K.269 (261a) ヴァイオリンのためのロンド 変ロ長調
作曲 1775-77年 ザルツブルク
※ K.207の改作のためか

K.364 (320d) ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調
作曲 1779年晩夏 ザルツブルク

  1. Allegro maestoso 変ホ長調
  2. Andante ハ短調
  3. Presto 変ホ長調
K.373 ヴァイオリンのための協奏風ロンド ハ長調
作曲 1781年4月2日 ウィーン

未完 ・ 断片

K.315f (Anh.56) ピアノとヴァイオリンのための協奏曲 ニ長調
作曲 1778年11月 マンハイム

K.320e (Anh.104) ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための協奏交響曲 イ長調
作曲 1779-80年 ザルツブルク
未完 51小節。52小節から134小節まではソロパートの断片が残る。

K.470 ヴァイオリン協奏曲のためのアンダンテ イ長調
Andante to a concerto for violin in A (2 ob, 2 hr, 2 vn, va, bs)
作曲 1785年4月1日 ウィーン
H.マルシャンのために。自作目録に記された主題4小節だけ残る。

編曲

K.185 (167a) ヴァイオリン協奏曲 ヘ長調
※ セレナード 第3番 ニ長調 K.185 の一部。

K.203 ヴァイオリン協奏曲 変ロ長調
※ セレナード 第4番 ニ長調 K.203 の一部。

K.204 ヴァイオリン協奏曲 イ長調
※ セレナード 第5番 ニ長調 K.204 の一部。

K.250 ヴァイオリン協奏曲 ト長調
※ セレナード 第7番 ニ長調 「ハフナー」 K.250 の一部。

偽作 ・ 疑作

K.268 (Anh.C14.04) ヴァイオリン協奏曲 第6番 変ホ長調

  1. Allegro moderato 変ホ長調 2/2 ソナタ形式
  2. Un poco adagio ト長調 3/4 変ロ長調
  3. Allegretto 変ホ長調 2/4 ロンド形式
編成 vn, fl, 2 ob, 2 fg, 2 hr, 2 vn, va, bs

自筆譜ない。 成立について、アインシュタインは

1780年末のザルツブルクとミュンヘンの時期に着想されたとみなすことができよう。
浅井真男訳「その人間と作品」白水社 p.383
と推定し、第3版で K.365b に置いた。 続けて
改作者たるミュンヘンの若いヴァイオリニスト、ヨーハン・フリードリヒ・エックに提供されていたのは、せいぜい第1楽章の草稿と、多分ロンドのはじめの数小節だけであった。 中間楽章はたしかに拙劣な偽造である。
と説明している。 エック(Johann Friedrich Eck, 1766-1810)はホルン奏者ゲオルク・エックの息子で、1778年(12歳のとき)にミュンヘンでヴァイオリンの見習いになったという。 1779年、エック父子はザルツブルクを訪れている。 また、「イドメネオ」上演のために、1780年にモーツァルトがミュンヘンを訪れたとき、そこでもエックと出会い、親しくしていたことがわかっている。 その後、エックは1788年にミュンヘンでコンサート・マスターになり、1790年までの間に5曲のヴァイオリン協奏曲を書いたという。

アンドレの初版(1799年)から偽作と思われていたこの作品は、モーツァルトらしからぬ書き方であることから、ケッヘル第6版では「偽作および疑義ある作品」に置かれ、新全集では収録していない。 エックが1790年から1798年の間に書いたとする説もある。
 

K.271a (271i) ヴァイオリン協奏曲 第7番 ニ長調

  1. Allegro maestoso ニ長調 4/4 ソナタ形式
  2. Andante ト長調 3/4 ソナタ形式
  3. Allegro ニ長調 2/4 ロンド形式
編成 vn, 2 ob, 2 hr, 2 vn, va, bs

自筆稿は1837年までパリにあった後、紛失したという。 2種類の写本(総譜とパート譜)が残る。 総譜はフックス(Alois Fuchs, 1794-1855)が写譜したものであるという。 フックスはモーツァルトの「ウィーンに暮らすザルツブルクのならず者」という一幕劇の自筆稿(K.509b)を所有していたが、現在それは行方不明。 また、パートの写譜の方には

ヴォルフガング・アマデーオ・モーツァルトのヴァイオリン協奏曲、ザルツブルク、1777年7月16日。 アブネック氏所有の作曲者自筆総譜に従い、ウジェーヌ・ソゼーが写譜
海老沢・吉田監修「モーツァルト事典」東京書籍 p.624
と記されているという。 それを記入したのはヴァイオリン奏者ソゼー(Eugène Sauzay, 1809-1901)の師バイヨ(Pierre Marie François de Sales Baillot, 1771–1842)であるという。
上記の日付から、モーツァルトが1777年に母と姉の共通の命名日のために作ったともいわれていた。 この曲の終楽章には「レ・プティ・リアン」(K.Anh.10 (299b))の第6曲と同じ動機が使われていることが知られている。 しかし曲全体の書法には19世紀のフランス風の名人芸的な技巧が見られ、モーツァルトの作風とは違うことから新全集では「疑わしい作品」として分類している。 モーツァルトがスケッチを残し、それをもとにのちにソゼーまたはバイヨ(あるいは別人)が勝手に改作したのかもしれないが、作品としての出来はあまり良くない。

演奏
CD[EMI CDH 7-63718-2] t=26'23
メニューイン (vn), エネスコ指揮パリ交響楽団
1932年
※カデンツァは Enesco.
CD[TELDEC WPCS-6135] t=25'52
ツェトマイアー (vn) 指揮, フィルハーモニア管弦楽団
1990年

 

K.Anh.294a (Anh.C14.05) アデライード協奏曲 (贋作)

Violin concerto in D "Adelaïde"
  1. Allegro ニ長調
  2. Adagio
  3. Allegro

演奏
CD[EMI CDH 7-63718-2] t=22'43
メニューイン (vn), モントー指揮パリ交響楽団
1932年
※カデンツァは Hindemith.
 


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2010/06/13
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