Mozart con grazia > ヴァイオリン曲 2008/07/13
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ヴァイオリンのための曲

新全集では、「弦または管楽器のための協奏曲」というジャンルに含まれている。

作品

未完、断片

編曲



〜 偽作 ・ 疑作 〜


K.268 (Anh.C14.04) ヴァイオリン協奏曲 第6番 変ホ長調

  1. Allegro moderato 変ホ長調 2/2 ソナタ形式
  2. Un poco adagio ト長調 3/4 変ロ長調
  3. Allegretto 変ホ長調 2/4 ロンド形式
編成 vn ; fl, 2 ob, 2 fg, 2 hr, 2 vn, va, bs
作曲 ?

自筆譜ない。 成立について、アインシュタインは

1780年末のザルツブルクとミュンヘンの時期に着想されたとみなすことができよう。
浅井真男訳「その人間と作品」白水社 p.383
と推定し、第3版で K.365b に置いた。 続けて
改作者たるミュンヘンの若いヴァイオリニスト、ヨーハン・フリードリヒ・エックに提供されていたのは、せいぜい第1楽章の草稿と、多分ロンドのはじめの数小節だけであった。 中間楽章はたしかに拙劣な偽造である。
と説明している。 エック(Johann Friedrich Eck, 1766-1810)はホルン奏者ゲオルク・エックの息子で、1778年(12歳のとき)にミュンヘンでヴァイオリンの見習いになったという。 1779年、エック父子はザルツブルクを訪れている。 また、「イドメネオ」上演のために、1780年にモーツァルトがミュンヘンを訪れたとき、そこでもエックと出会い、親しくしていたことがわかっている。 その後、エックは1788年にミュンヘンでコンサート・マスターになり、1790年までの間に5曲のヴァイオリン協奏曲を書いたという。

アンドレの初版(1799年)から偽作と思われていたこの作品は、モーツァルトらしからぬ書き方であることから、ケッヘル第6版では「偽作および疑義ある作品」に置かれ、新全集では収録していない。 エックが1790年から1798年の間に書いたとする説もある。


K.271a (271i) ヴァイオリン協奏曲 第7番 ニ長調

  1. Allegro maestoso ニ長調 4/4 ソナタ形式
  2. Andante ト長調 3/4 ソナタ形式
  3. Allegro ニ長調 2/4 ロンド形式
編成 vn ; 2 ob, 2 hr, 2 vn, va, bs
作曲 1777年7月16日 ザルツブルク?

自筆稿は1837年までパリにあった後、紛失したという。 2種類の写本が残るが、他人の手が加わり疑問。 日付は、パートの写譜に記された「モーツァルトがザルツブルクで1777年7月16日に作曲した自筆譜を写した」というもので、確証はない。 新全集では「疑わしい作品」として分類している。

演奏
CD[EMI CDH 7-63718-2] t=26'23
メニューイン (vn), エネスコ指揮パリ交響楽団
1932年
※カデンツァは Enesco.
CD[TELDEC WPCS-6135] t=25'52
ツェトマイアー (vn) 指揮, フィルハーモニア管弦楽団
1990年


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