Mozart con grazia > 年代記 > 1774年
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1774年

18歳

1774年4月




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4月

6日、 を作曲。 これはレオポルト合本第7番。 前年冬からの三部作「K.200 ハ長調、K.183 ト短調、K.201 イ長調」は1788年の三大交響曲を予示するものだとよく言われる。 ただし父はこれらを良く思っていなかった。

この頃、

を作曲。

1774年5月






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5月

5日、 を作曲。 これはレオポルト合本第8番。

31日、

を作曲。 協奏曲より自由な形式の娯楽音楽。 父も本人も高く評価していた。

1774年6月


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6月

4日、

を作曲。

24日、

を作曲。 簡略な楽器編成と、切り詰めた密度の高い作品。 「小クレド・ミサ」と呼ばれている。

7月

を作曲。

1774年8月
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8月

8日、

を作曲。

はっきりした時期は分からないが、この頃

を作曲したかもしれない。

有名なオーボエ奏者フィッシャーのオーボエ協奏曲終楽章メヌエットを主題に

を作曲。 その後1777年マンハイムで演奏したり、弟子の教材としても使った。

ザルツブルクの誰か高貴な人物のために、

を作曲。

9月

ミュンヘンのマクシミリアン・ヨーゼフ3世から、謝肉祭用のイタリア語によるオペラ・ブッファ「偽の女庭師」の作曲を依頼され、作曲にとりかかる。

11月

17日か翌12月に、

を作曲。

1774年12月



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12月

6日、オペラ「偽の女庭師」の上演のために父とミュンヘンへ出発した。これは2度目のミュンヘン旅行になる。

16日、ミュンヘンからザルツブルクにいる母と姉に宛てて、全文ラテン語による手紙を書いた。 そこで「歯が痛い」と伝え、自分を「ヨハンネス・クリソストムス・ヴォルフガングス・アマデウス・ジギスムントゥス・モザルトゥス」と名乗っている。

28日、ミュンヘンから姉へ

出発の前に約束のことを、つまり例の訪問のことをどうか忘れないで下さい。どうか僕からよろしくと伝えて下さいよ。 それもうんと力をこめて、うんと情愛をこめてですよ。いや、そんなことは心配いりませんね。 だって情愛は姉さんの持ち前だと知ってるから。姉さんが僕を喜ばせるために、 そして興味から、少しばかり意地悪から、できるだけのことをしてくれるでしょう。 それについてはミュンヘンで喧嘩しましょう。
姉ナンネルは弟の新作オペラを観るために、翌年1月早々にミュンヘンに到着する。 約束のこととは、バリザーニ医師の娘に関わることらしいが、6人の娘のうち誰かは分からない。


この年、ザルツブルクで作曲されたらしいもの


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2002/05/26
Mozart con grazia