| Mozart con grazia > キリエ > ト長調 |
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K.89 キリエ ト長調Kyrie in G for 5 sopranos (canon)■作曲 1772年? ザルツブルク |
無伴奏、2分の2拍子、ソプラノ5部のためのカノン。
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イタリア随一の対位法家であるリニヴィッレ侯爵閣下が、ヴォルフガングにまことにむずかしいフーガの問題を提示し、しかもとてもむずかしい主題を課したところ、ヴォルフガングがそれをまるでひとかけらのパンを食べるように弾きとばし、かつ解決してみせただけに、驚きはそれだけいっそう大きなものでした。 立派なヴァイオリン奏者ナルディーニが伴奏してくれました。モーツァルトはリニヴィレの作品を集中的に研究し、彼の「スターバト・マーテル」の一部を書き写した譜(K.Anh.238、第6版では K.Anh.A17)が残っていた。 このキリエ作品 K.89(ソプラノ5部のカノン)はその曲を手本に書かれたものと思われ、前述の成立時期が推定され、K.73k に位置づけられていた。 しかしポーランドで再発見された自筆譜によりプラートは「キリエ K.90」、「オサンナ K.223 (166e)」、「キリエ 166g」とともに1772年頃ザルツブルク作とした。[書簡全集II] p.98
■演奏
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CD[PHILIPS UCCP-4085/7] t=4'14 コンチェントゥス・ヴォカリス女声合唱団 |
K.89aI 四声のカノン■作曲 1772年? ザルツブルク |
イ長調、4分の4拍子の短い(15小節)カノン。 1770年4月ローマで作曲されたと思われ、K.73i に位置づけられていた。 しかし、1772年の成立とされ、まだ新しいケッヘル番号が決っていないので、第2版での番号「K.89a第1」に戻した。 2種類の自筆譜が残る。 5声で歌うこともできる版もある。
■演奏
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CD[PHILIPS UCCP-4085/7] t=1'36 バイエルン放送交響楽団員 |
K.89aII 4つの謎のカノン
■作曲 1772年? ザルツブルク |
それぞれのカノンで、第2声以下がそれぞれどこから入るかを解くことが謎として作られている。 1770年夏ボローニァ滞在中に作曲され、マルティーニ師の「音楽史」(第1巻は1757年、第2巻は1770年、第3巻は1781年に編纂され、全3巻)のカットに使われたカノン
各章のはじめと終わりに美しく彫版された装飾模様が挿入されており、それぞれに1つのカノンが収められている。 それらは、モーツァルトの想像力を刺激したにちがいない。 というのも、彼はそれらのカノンのうちいくつかの解読を用い、同様の構造をもつ4つのカノンを作曲したからである。 「謎」は簡潔なラテン語で表されており、それぞれのカノンの読解へのヒントを与えている。 たとえば、第1のカノンにつけられたモーツァルトによる謎は「3つの組が1つとなるように」というものである。[全作品事典] p.138
■演奏
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CD[PHILIPS UCCP-4085/7] t=6'05 コンチェントゥス・ヴォカリス女声合唱団 |
K.73x 人声のための習作カノン■作曲 1772年? ザルツブルク |
1770年にマルティーニ神父の指導による習作と見られ、K.73x と位置づけられていた。
しかしプラートは自筆譜の筆跡から1772年の作と推定。
まだ新しいケッヘル番号はない。
■引用文献
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