Mozart con grazia > フルート曲集 > 四重奏曲第4番イ長調 2008/01/03
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K.298 フルート四重奏曲 第4番 イ長調

  1. Andante イ長調 2/2 変奏形式
  2. Menuetto ニ長調
  3. Rondo : Allegretto grazioso イ長調 2/4 ロンド形式
編成 fl, vn, va, vc
作曲 1786年秋冬 ウィーン

1784年2月から記録し始めた自作目録には載っていない。 自筆譜に他人(モーゼル)の手で書かれた標題に従い第6版(1964年)まで、パリで母親の病気が始まる頃(1778年)の作とされていた。 ただし、アインシュタインは「モーツァルト、その人間と作品」(1945年)で「1777年から1778年のマンハイム・パリ時代」としながらも、

黙っているわけにはいかないことだが、サン・フォア氏は最近この小品を1786年から87年の時代に移し、それがジャカンのグループのなかで成立したと信じている。 これを証明するのは、自筆草稿の由来と、パイジェルロのメロディーが1786年以前には証明できないという事実である。 もう一度自筆草稿をしらべてみなければ、なんら決定的なことは言えないということをわたしは認める、−−全体のパロディー的性格だけは確実である。
浅井真男訳「その人間と作品」 白水社 p.251
と述べている。 そして新全集では(ポハンカ校訂)はサン・フォワの説(1939年)を採り、1786年秋冬の頃(K.500の近く)においた。 その理由としては、第3楽章の主題が 1786年9月1日にウィーンで初演されたパイジェッロ(Giovanni Paisiello, 1740-1816)のオペラ「勇敢なる競演 Le gare generose」中のアリエッタ「優しい恋人はどこにいるの」の編曲であること、自筆譜がモーツァルトのウィーン時代の筆跡であること、自筆譜がその頃の親友のジャカン家の所有であったことなどがあげられている。 逆に、パイジェッロがモーツァルトから借用したとする説(アーベルト)もあるが、第1・第2楽章が以下のようにモーツァルトが他人の旋律を借用していることや、この頃ウィーンではポピュラーな旋律を借用した娯楽的な四重奏曲が流行していたことなどからも、否定的である。

それぞれの楽章で借用している曲は次の通り。 まず、第1楽章はホフマイスター(Franz Anton Hoffmeister, 1754-1812)の歌曲「自然に寄す」であり、その主題と4つの変奏曲から成る。 第2楽章ではフランスの古い舞曲「長靴をはいたバスティアン」が使われている。 そして第3楽章は上記のようにパイジェッロからの借用であり、作曲家自身が「ふざけたロンド−−優雅な動きで、しかし早すぎてもいけないし、またゆっくりしてもいけない−−まさにそのとおり−−そのとおり−−熱情と表情をこめて Rondieaux - Allegretto grazioso, ma non troppo presto, pero non troppo adagio. cosi - cosi - molto garbo ed espressione.」(浅井真男訳)と註が記されている。

演奏
CD[CBS SONY 30DC 778] t=10'46
ランパル (fl), スターン (vn), シュナイダー (va), ローズ (vc)
1969年12月、ニューヨーク
CD[DENON 33CO-1019] t=11'46
ニコレ (fl), カントロフ (vn), メンデルスゾーン (va), 藤原真理 (vc)
1983年3月、武蔵野音大ベートーヴェン・ホール
CD[CBS SONY DC 5562] t=11'09
ランパル (fl), スターン (vn), アッカルド (va), ロストロポーヴィチ (vc)
1986年


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