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■編成 vn, va, vc
■作曲 1790年か91年 ウィーン
Allegro 3/4、断片 100小節。 97小節(展開部の途中)までは全パートが書かれてある。 この曲の成立について従来は、アインシュタインが
われわれから見ると、それは一つの傑作の開始であって、モーツァルトが、彼にとっては数時間の努力にすぎぬと思われる、この作品の完結をなしえなかったことは不可解である。 しかし彼がこの作品を変ホ長調ディヴェルティメント(K.563)のために捨てておいたということが真実らしく思われる。と述べているように、1788年9月頃、経済的にどん底の状態にあって、さかんにプフベルクから借金していたので、この曲を借金のお礼と将来の担保として作りかけたが、それを途中で放棄し、かわりに第2メヌエットまで付け加えた大曲 K.563 を書いて、献呈したものと思われていた。 しかしその後、タイソンにより上記の時期と推定され、死によって中断したものとされた。 そうなると変ホ長調 K.563 との関係はなくなり、モーツァルトは別な理由で弦楽三重奏曲を必要としたことになるが、死の年までプフベルクに借金を続けていたので、やはり動機としてはフリーメーソンの同志へのお礼のためかもしれない。浅井真男訳「その人間と作品」白水社 pp.199-200
■演奏
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CD[KKCC-4123-4] t=4'11 オランダ・ソロイスツ・アンサンブル 1992年 |
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