Mozart con grazia K.1-|K.100-|K.200-|K.300-|K.400-|K.500-|K.600-|App.K

オペラ目次 * K.38 アポロとヒアキントゥス * K.50 バスティアンとバスティエンヌ * K.51 見てくれのばか娘 * K.87 ミトリダーテ * K.111 アルバのアスカニオ * K.118 救われしベトゥーリア * K.126 シピオーネの夢 * K.135 ルチオ・シラ * K.196 偽りの女庭師 * K.208 羊飼の王様 * K.344 ツァイーデ * K.345 エジプト王タモス * K.366 イドメネオ * K.384 後宮からの誘拐 * K.422 カイロの鵞鳥 * K.430 騙された花婿 * K.486 劇場支配人 * K.492 フィガロの結婚 * K.527 ドン・ジョヴァンニ * K.588 コシ・ファン・トゥッテ * K.620 魔笛 * K.621 ティトの仁慈


K.46a (51) オペラ・ブッファ「見てくれのばか娘」

序曲と3幕26曲
La finta semplice
Opera buffa in tre atti, sinfonia and 26 numbers. Libretto by Marco Coltellini after Goldoni's

序曲(シンフォニア) Molto allegro ニ長調

第1幕

第2幕 第3幕

登場人物

編成:fl*2, ob*2, fg*2, hr*2, vn*2, va*2, bs
[ 68年4〜6月 ウィーン ] ゴルドーニ作、コルテリーニ Marco Coltellini 編の詞。2度目のウィーン訪問のおりヨーゼフ2世の依頼による。 ただし、いわゆる「アフリジオ事件」によりウィーンでは上演されなかった。初演は1769年、ザルツブルクで。

コルテリーニは1740年頃トスカーナのモンテ・プルチアーノで生まれ、1769年以後、ウィーンにおいて、メタスタージオの後継者と言われていた宮廷詩人。 1775年没。
ただし、アインシュタインはコルテリーニについて以下のように言っている。

リブレットはゴルドーニの作品であって、1764年にサルヴァドーレ・ペリルロの音楽によってヴェネツィアではじめて舞台にのせられたものである。 原作のリブレットは当時無名で公けにされていた。オペラ自体は不成功で、ヴェネツィアより先へはひろまらなかった。 こういうわけで、コルテルリーニが当時の帝室劇場請負人アフリシオ(彼は全くのならず者だった)と了解のもとに、他人の功を奪ったということは大いにありうることである。 彼は2、3のアリアを新しいものと取り替えたにすぎない。そして僅かに第3幕だけはややうまく改作しており、ことにフィナーレは大いに新しく仕上げいるから、 ゴルドーニと並べて自分の名前をなのる権利は少しは持つであろう。
アインシュタイン [1] p.532

あらすじ

当時のオペラは、劇場所属の俳優の力量と性格に応じて作られ、オペラ・ブッファの場合は、お決まりの登場人物による即席茶番狂言と言ってもいいものだった。 だからこそ、13歳の子供でしかなかったモーツァルトも、類型的な模範を手本にしながら、このようなオペラを作曲できた。 彼は器楽部以外のあらゆる面で拘束を受けているのであり、だからこそシンフォニア(序曲)がこのオペラ全曲の中で最も魅惑的な楽曲である(アインシュタイン)という意見がある。 しかし、彼が当時のイタリアの作曲家たちと違うのは、ひとたび成熟すると、ナンセンス劇には満足しなかったという点である。

関連

参考文献


交響曲 「見てくれのばか娘」ニ長調

Symphony in D
  1. Molto allegro
  2. Andante
  3. Molto allegro
オペラの序曲として、シンフォニーK.45を改編した。その際、第3楽章メヌエットを落とし、トランペットとティンパニをはずし、フルートとファゴットを加えた。
[Home|Top] 2001/07/19