| Mozart con grazia > ピアノ協奏曲 > 第13番 ハ長調 |
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彼自身のために。自筆譜(カデンツァも含む)はベルリンのDeutsche Staatsbibl.にあるらしい。 翌年3月11日の宮廷での予約演奏会(アロイジア・ランゲ)のために作曲。 さらに、3月23日にもウィーン・ブルク劇場でヨーゼフ2世臨席のもとでも演奏したことが知られている。 その演奏会のために作曲していることをザルツブルクの父へ
ぼくのコンチェルトの予約出版のために、二つの協奏曲がまだ二つ足りません。 これらの協奏曲はむずかしすぎず、易しすぎず、ちょうどその中間です。 とても輝いていて、耳に快く、自然で、空虚なところがありません。 あちこちに音楽通だけが満足を得られるようなパッサージュがありますが、それでも、音楽に通じていない人でも、なぜかしらうれしくならずにはいられないように書かれています。と伝えている。 モーツァルトは、このときに作曲した3つのピアノ協奏曲(K.313, K.314, K.315)を1785年3月にウィーンのアルタリアから「作品4」として出版した。「モーツァルト書簡全集V」白水社 p.313
のちの「ジュピター」を思わせるようなフーガに始まり、宇宙的な広がりと輝きのあるこの曲について、アインシュタインは
(作品4の3曲の中で)最も輝かしく、最も伝統的なものであるが、やはり十分に精緻なところを持っている。 はじめモーツァルトは第2楽章をハ短調で書こうとした。 しかしまもなく、そうするとこれらの作品の性格にとってあまり厳粛すぎることになると気づいたので、今度は彼が書いたもののうちで最も野心的でない緩徐楽章の一つを与えたのである。 その代り、早くもパパゲーノの8分の6拍子のモティーフが顔を出しているフィナーレに、ハ短調のエピソードを書き入れたが、このエピソードはこの枠内では、また、誇張された装飾によって、ほとんど滑稽に哀訴するような表情をかち得ている。 《不意打ち》の原理はこのフィナーレでは、ほとんどカプリッチョにまで高まっている。と、ずいぶん持って回った言い方をしているが、そのような演奏も可能であるという意味では正しいでのあろう。 確かに自筆譜にハ短調で書こうとしたアンダンテを自ら消したあとがあるというが、それは「厳粛すぎることになる(ウィーンの聴衆に合わない?)」と気づいたからであろうか。 いろいろな推測が成り立つ。 その展開はフィナーレのエピソードに置いた方がより魅力的になると作曲者が感じたのかもしれない。 さらに、ヘ長調のアンダンテはまさに作曲者が手紙に書いている通り「耳に快く、自然で、空虚なところがない」どころか、夢見るように心地よい。 こっちの方がハ短調のアンダンテよりも美しいとモーツァルトがとっさに気づいたと考えても、それが無理な推測とは言えないだろう。 そして何よりも、3つのピアノ協奏曲(K.313, K.314, K.315)全体の構成とバランスを考えた上での作曲ととらえるべきであろう。 さて、そのフィナーレの素晴らしさについて、オカールは「その人間と作品」浅井真男訳、白水社 p.407
きわめて美しいフィナーレのことを特筆しておこう。 その「独創性によって、これはモーツァルトの作品の最高峰に位置づけられる」(メシアン)。 パパゲーノ的な生彩をもつ8分の6拍子のモチーフのあいだに突然ハ短調のインテルメッツォが現れるのだが、これはモーツァルトのなかで最も絶望的なものの一つに数えられる。と評していて、ここでも「絶望的」という言葉で、この曲の捕らえどころのない魅力を何とか言い当てようとしている。 モーツァルトのハ短調には絶望的な性格が秘められていると言えるのかもしれないが、この年の8月4日にコンスタンツェと結婚したばかりの彼が既に何かに絶望していたというのだろうか。 作曲者のいう「あちこちに音楽通だけが満足を得られるようなパッサージュがあります」を探して、それを端的に言い当てようとしても、モーツァルトは笑うだけかもしれない。「モーツァルト」西永良成訳、白水社 p.84
最後は静かに指がピアノに気づかれぬようにそっと離れ、曲が閉じる。 この曲の極限まで洗練された美しさを表現するために気のきいた言葉を探すより、たとえば内田光子の演奏を聴くのが一番であろう。 モーツァルト自身がこの曲を気に入っていたであろうことが伝わってくるようだ。
■演奏
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CD[PHILIPS PHCP-10171/77] t=26'10 ハスキル Clara Haskil (p), バウムガルトナー指揮 Rudolf BaumGartner (cond), ルツェルン音楽祭祝祭弦楽合奏団 Festival Strings, Lucerne 1960年3月、ルツェルン ※カデンツァはニキタ・マガロフ |
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CD[TELDEC WPCS-10100] t=26'15 エンゲル Karl Engel (p), ハーガー指揮 Leopold Hager (cond), ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団 Mozarteum Orchestra Salzburg 1976年、ザルツブルク、モーツァルテウム大ホール |
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CD[PHILIPS 28CD-3241] t=28'26 内田光子 (p), テート指揮 Jeffrey Tate (cond), イギリス室内管弦楽団 English Chamber Orchestra 1987年5月、ロンドン |
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CD[COCO-78050] t=26'03 ニコルソン Linda Nicholson (fp), クレマー指揮 Nicholas Kraemer (cond), カペラ・コロニエンシス Cappella Coloniensis 1989年2月、ドイツ、ビーレフェルト |
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