Mozart con grazia > フリーメーソンのための曲 > 「親しき友よ、今日こそ」
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K.483 合唱つき歌曲「親しき友よ、今日こそ」

Song "Zerfließet heut', geliebte Brüder."

編成 T, Chor, og
作曲 1785年12月 ウィーン

1785年12月



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よく知られているように、モーツァルトは1784年12月24日にフリーメーソンのウイーンにおける分団の一つ「善行に向かって進む Zur Wohltatigkeit」に入会し、死ぬまでの7年間、熱心な会員となった。 当時の状況について、ソロモンによれば

皇帝ヨーゼフ2世は、就任後しばらくの間は、フリーメーソンを自分の先兵として支持し、教会ならびに国家権力に対する彼の徹底した改革の試みを支援してくれる有能な宣伝機関のように考えていた。 だが、まもなく、フリーメーソン内部の分裂、非合理な一派の教義の流布、何人かのメンバーにおける思想や宗教の面での異端の疑い、などが表面に出て、ヨーゼフ2世はフリーメーソンが自分に敵対する団体になりかねないと考えるようになった。
[ソロモン] p.503
そのため、1785年12月11日、みずからもフリーメーソンであったヨーゼフ2世は政令を発し、ウィーンにあった8つのロッジを3つに再編成し、厳しい政府の監視の下におくことにした。
かくしてモーツァルトのロッジ(「慈悲」)は、「至高の望」と「三つの炎」とに統合されて「新・至高の望」となった。 フォン・ボルンのロッジであった「真の和合」は、「三羽の鷲」と「棕櫚」とに合同して「真理」となり、フォン・ボルンはそこの《尊師》としてとどまった。 このロッジは1786年1月6日に堂々と開設された。 ヨーゼフ2世は敵意をもって行動にでたわけではなかったが、この大移動が結社の破局をまねいたことは確かである。 わずかばかりの間に、ヴィーンのメイスンの公認数は、千人以上から360人にまで減った。
[シャイエ] p.75
この時代の変化のなかで多くの会員が退会し、やがてその中にはフォン・ボルンやフォン・ゲミンゲンたちも含まれていった。 一時は新しく統合されたロッジ「真理」の尊師としてとどまっていたボルンは幻滅を味わっていたという。 しかしモーツァルトは退会せずに残り、死ぬまで会員であったこともよく知られていることである。
モーツァルトはフリーメーソンに対するハプスブルク家の方針をためらうことなく支持した、少なくとも表向きの行動では。
[ソロモン] p.506
そして新しく編成されたロッジ「新しく戴冠した希望」のためにモーツァルトは(テノールと男声合唱とオルガンのための)2曲の歌曲を作ったのであった。 それは であり、1786年1月14日の開所式で演奏された。 ただしその日、モーツァルトは体調不良を理由にして式に出席はしなかった。 この2曲は、どちらもシッタースベルク(Augustin Veith Edlervon Schittlersbrg, 1751-1811)の詞による。 また、ともに自作目録に載っていない。

余談であるが、ヴォルテールを賞賛していた啓蒙主義者のヨーゼフ2世は1790年に、フォン・ボルンはその翌年1791年に没した。 ヨーゼフ2世の後継はさらに進歩的な啓蒙君主となるレオポルト2世であった。

たとえそれまでヨーゼフ2世のおかげで比較的平穏に過ごして来られたとしても、レーオポルト2世の態度がこれからどのようなものになるか誰にも確かなことはわからなかった。 差しあたって彼は何もしなかったが、まさにこの空白の時期にモーツァルトとシカネーダーは当てずっぽうの危険を冒した。 つまり寓意的オペラ『魔笛』によってフリーメイスン結社を救おうとしたのだった。
[ランドン] p.93
ザラストロのモデルとなった人物とは、フォン・ボルンであるといわれる。 興味深いことである。

Zerfliesset heut' geliebte Brüder,
in Wonn' und Jubellieder
Josephs Wohltätigkeit
hat uns in deren Brust
ein dreifach Feuer brennt,
hat unsre Hoffnung neu gekrönt.
今日こそ浸ろう、親愛なる兄弟よ、
至福と、歓喜の歌とに、
ヨーゼフの慈愛は、
三重の焔を、ぼくらのために、
その胸の中に燃やし、
ぼくらの希望に新しい冠を授けた。
石井宏訳 CD[KING 250E 1217]

演奏
CD[KING 250E 1217] t=2'15
クレン (T), エディンバラ音楽祭合唱団, フィッシャー (og)
1968年、ロンドン
CD[UCCP-4061/70] t=2'06
シュライアー (T), ライプツィヒ放送男声合唱団, アルパーマン (og)
1988ー89年、ドレスデン

引用文献


 

Mozart con grazia > フリーメーソンのための曲 > 「汝ら、われらが新しき指導者よ」

K.484 合唱つき歌曲 「汝ら、われらが新しき指導者よ」 ト長調

Song "Ihr unsre neuen Leiter"

編成 T, Chor, og
作曲 1785年12月 ウィーン

フリーメーソンのロッジの再編成のときに書かれ、前曲 K.483 と一緒に1786年1月14日ウィーンで演奏された。

Ihr, unsre neuen Leiter,
nun danken wir auch eurer Treue;
führt stets am Tugendpfad uns weiter
dass jeder sich der Kette freue
die ihn an bess're Menschen schliesst
und ihm des Lebens Kelch versüsst.
新しい指導者である君たちよ
今ぼくらはその誠の心に感謝しよう
それは僕らを徳の道に導き
それによって人々は
より徳の高い人に結ぶ鎖に恵まれ
命の盃に味わいを与えられる。
石井宏訳 CD[KING 250E 1217]

演奏
CD[KING 250E 1217] t=3'13
クレン (T), エディンバラ音楽祭合唱団, フィッシャー (og)
1968年、ロンドン
CD[UCCP-4061/70] t=3'20
シュライアー (T), ライプツィヒ放送男声合唱団, アルパーマン (og)
1988ー89年、ドレスデン

 


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2009/09/22
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