Mozart con grazia > グラスハーモニカと自動オルガンのための曲 >
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グラスハーモニカ五重奏曲 アダージョとロンド K.617

  1. Adagio ハ短調 6/8
  2. Allegretto ハ長調 2/2 ロンド形式
〔編成〕 glass hp, fl, ob, vn, vc
〔作曲〕 1791年5月23日 ウィーン
1791年5月






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1791年8月19日ウィーン・ケルントナートーア劇場でのキルヒゲスナー嬢の演奏会のために。 自作目録には上記の日付で記載されている。 また、そのときの独奏用の曲(アンコール用?)と思われている「グラスハーモニカのためのアダージョ K.356 (617a)」がある。

さかのぼって、グラス・ハーモニカという楽器の発明と命名は避雷針の発明などで有名なベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin, 1706~1790)によるものである。 彼は、グラス・ハープ(ミュージカル・グラスィズ)すなわち水の入ったコップをテーブルの上に並べて置き、そのふちを指でこすって音を出すというそれまでの演奏法にかわって、コップに穴をあけて調律し、演奏しやすいように配列した楽器を発明したのであった。 そして彼はトリノのベッカリーア(Giovanni Battista Beccaria, 1716~1781)に宛てた手紙の中で次のように書いているという。

(1762年7月13日)
あなたの音楽用語に敬意を払い、そこから楽器の名称を借用し、アルモニカと名付けました。
[ポール] p.98
この楽器の形は以下のサイトにあるイラストで見ることができるが、音階順に並べられたグラスが水をはった箱に入っていて、演奏者はペダルを足で踏んでグラスを回転させるものである。 グラスは常に濡れた状態になっているので、指をいったん水に濡らす手間が省け、単にグラスに当てるだけで魅力的な音を出せる。


http://www.glassarmonica.com/armonica/marianne_davies.php

この楽器は空前の大ブームを引き起こし、18世紀のヨーロッパで大流行していたという。 その後、改良が加えられ、音域も拡大し、今日では下の動画に見られるように電動式で一定の回転が得られ、また水のはった容器はなく、演奏者は指を水の入ったコップで適宜濡らしながら、回転するグラスに指を当てるようになっている。


https://www.youtube.com/watch?v=eEKlRUvk9zc
Composer William Zeitler plays a glass armonica, invented by Benjamin Franklin in 1761.

さて、時代を戻って、フランクリンはその楽器を親戚のデイヴィス家の娘マリアンヌ(Marianne Davies, 1744~92)に贈り、彼女は姉セシリア(Cecily Davies, 1738~1836)の歌の伴奏にこの楽器を使ったりして、二人の演奏は一躍有名になった。 そしてデイヴィス嬢マリアンヌはロンドンにおいてグラスハーモニカの名手といわれていたという。 1768年から1773年まで姉妹はヨーロッパ各地を演奏旅行し、ウィーンを訪れたときにはメタスタージョの歌詞にハッセが音楽をつけた曲を演奏したほどだという。

モーツァルトは西方への大旅行中のロンドン滞在のとき(1764〜65年)そして初めてイタリア旅行でミラノを訪れたとき(1771年)にデイヴィス嬢の演奏を聞いていたと思われるが、さらに1773年7月(モーツァルト17歳のとき)、ウィーン滞在中に医師メスマー(Franz Anton Mesmer, 1734~1815)が演奏するのを聞いた。 レオポルトは次のように書いて、ザルツブルクの妻へ感激を伝えている。

1773年7月21日
メスマーさんのところで月曜日に食事をしましたが、彼はデイヴィス嬢のハルモニカことガラス楽器を、それもほんとうに見事に弾きました! 彼はこの楽器に50ドゥカーテンを払いました。 それに、これはとても見事にできています。
[書簡全集 II] p.385
1773年8月12日
おまえはフォン・メスマーさんが、デイヴィス嬢のグラスハルモニカをかなりうまく弾くのを知っていますか? 彼はヴィーンでこの楽器を習ったたったひとりの人物で、デイヴィス嬢が持っていた楽器よりずっときれいなガラス楽器をひとつもっています。 ヴォルフガングももうその楽器で弾いてみました。 私たちもぜひひとつほしいものです。
同 p.390
しかしモーツァルトはそのとき創作意欲がわかなかったのか、演奏を試みてはみたものの、作品は残さなかった。 その理由を憶測すると、父の驚嘆とは別に、モーツァルトの耳にはメスマーの演奏が下手だったか、それとも楽器に対して不満を感じていたのかもしれない。 あるいは、たぶん一番ありそうな理由は、17歳の少年には39歳の演奏者(しかも男性)にまったく魅力を感じなかったので創作意欲がわかなかったのだろう。

さて時代がくだって、キルヒゲスナー嬢は恩師であるシュミットバウアーが製作したグラスハルモニカを使ってヨーロッパ中を演奏旅行し、当時の多くの作曲家が彼女のために作品を作り、ますます名声を高めていた。 その楽器はデイヴィス嬢のアルモニカより数段改良されていた。

この盲目の女流名手の楽器はすでに、フランクリンのいささか幼稚なものとはちがっていた。 それは鍵盤を持っていたにちがいないし、ゲルバー(『新辞典』)が報告しているように、のちには「弾力性のある共鳴板」も取りつけられたのである。
[アインシュタイン] p.368
1791年6月


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ウィーンでは1791年に
 6月10日、ブルク劇場
 8月19日、ケルントナートーア劇場
 9月8日、ヤーン館
で演奏会を開いたことが知られている。 その最初の演奏会は6月13日に予定されていたもので、モーツァルトは楽しみにしていた。 それが10日に変更され、彼はコンサートがとり止めになったものと勘違いし、聞きそこなったことを残念がっていた。
1791年6月11日(バーデンの妻へ)
ぼくの悲しい運命を、ぼくと一緒に嘆いてくれ! キルヒゲスナー嬢は、月曜日の演奏会を取り止めたのだ!
[書簡全集 VI] p.637
詳しいいきさつはわからないが、モーツァルトは彼女のためにこの曲を書くことになり、彼女の2回目のコンサート(8月19日)で初演された。 このときモーツァルトが書いた歴史に残る名曲を耳にすると、マリアンネ(このとき22歳)の演奏は並々ならぬ腕前だったことが分かる。 この曲は神秘的で澄みきった音色と内面的に深い翳りを併せ持つモーツァルト独特の作品ではあるが、それはまた彼女の性格とも一致するものであろう。 アインシュタインは
モーツァルトは今度も音階の下の方を使う場合には制限を受けている。 この楽器にはアルト音域(ト音)の下の音はなかったのである。 しかしこのことは彼が天国的な作品を一つ書くのをさまたげはしなかった。 その導入部(短調)とロンド(長調)にはこの世のものならぬ美しさがあって、「アヴェ・ヴェルム K.618」に対応する器楽作品である。
[アインシュタイン] p.368
と絶賛している。

余談であるが、モーツァルトがキルヒゲスナー嬢のためにグラスハルモニカの曲を書いた1791年には医師メスマーはもうウィーンにいなかった。 盲目のピアニスト、マリア・テレージア・フォン・パラディス(モーツァルトは彼女のために「ピアノ協奏曲 第18番 変ロ長調 K.456」を書いている)の治療に失敗したことから、1778年にウィーンから去っていたからである。

〔演奏〕
CD [ARCHIV POCA-2065] t=15'13
ホフマン Bruno Hoffmann (glass harp), シェック Gustav Scheck (fl), ヴィンシャーマン Helmut Winschermann (ob), ザイラー Emil Seiler (va), ヴェンツィンガー August Wenzinger (vc)
1953年10月、Freiburg im Breisgau, Paulus-Saal
CD [PHCP-9029] t=16'17
ホフマン Bruno Hoffmann (glass harp), ニコレ Aurele Nicolet (fl), ホリガー Heinz Holliger (ob), ショウテン Karl Schouten (va), デクロース Jean Decroos (vc),
1977年1月、アムステルダム
CD [CBS SONY 32DG83] (2) t=8'11
高橋美智子 (glass harp), クリスタル室内合奏団
1987年
※グラスハーモニカという楽器とその歴史について、諸石幸生氏による解説あり
CD [SONY SK 47230] t=4'17
リッター John Steele Ritter (celesta), ランパル Jean-Pierre Rampal (fl), ピエルロ Pierre Pierlot (ob), パスキエ Bruno Pasquier (va), ピドゥー Roland Pidoux (vc)
1990年11月、パリ、Salle Adyar
CD [GALLERIA 457 912-2]
ジュス Margit-Anna Süß (hp), シュルツ Wolfgang Schulz (fl), シェレンベルガー Hansjörg Schellenberger (ob), クリスト Wolfram Christ (va), ファウスト Georg Faust (vc)
1990年11月、ベルリン、Jesus Christus Kirche
CD [UCCG-9142] t=11'27
※上と同じ
CD [KKCC-2304] t=11'21
ハフ Stephen Hough (p), ベルリン・フィル木管五重奏団 Berlin Philharmonic Wind Quintet
2000年

〔動画〕


 

グラスハーモニカ五重奏曲のための幻想曲 K.Anh.92 (616a)

  • Adagio ハ長調 2/2
〔編成〕 glass-harp, fl, ob, va, vc
〔作曲〕 1791年5月23日頃 ウィーン

断片(13小節)には「ファンタジア」と記されてる。 K.617の草稿と思われている。
 


 

Maria Anna Antonia Kirchgäßner

1769 - 1808

キルヒゲスナー(愛称マリアンネ Marianne)はカールスルーエの宮廷楽長シュミットバウアー(Joseph Aloys Schmittbaur, 1718~1809)の弟子で、優れたグラスハーモニカ演奏家として知られている。

1769年6月5日にブルッフザールに生まれた。 4歳のときに天然痘により失明したが、母マリア・エーヴァ・テレージアの指導のお陰で繊細で表現豊かなクラヴィーア演奏ができたことから10歳のときに援助を受けてシュミットバウアーのもとで学ぶ機会を得た。 そして、18世紀にヨーロッパで大流行していたグラスハーモニカという楽器と出会い、その演奏家として有名になっていった。 シュミットバウアーから贈られたグラスハーモニカを使って各地を巡演し、熱狂的な大成功を納め、当時ヨーロッパにおいて(グラスハーモニカも含め)いろいろな楽器の演奏者たちの頂点に立っていたと言える。 その知名度は後のパガニーニやリストに匹敵するほどだったという。

1808年、厳冬の演奏旅行中の12月9日、肺炎を患い、彼女はシャフハウゼンで39年の短い生涯を閉じた。 そしてグラス・ハーモニカという楽器も姿を消した。

〔関係サイト〕
http://www.sophie-drinker-institut.de/cms/index.php?page=kirchgessner-marianne
 
 

Marianne Davies

1744 - 1792?

作曲家でフルート奏者のリチャード・デイヴィスの娘。 生年は1743年かもしれない。 姉セシリア(Cecilia, 1738~1836)はソプラノ歌手。

デイヴィス嬢(おそらく姉の方)は、1751年4月30日に、7歳で初めて自分の演奏会を開き、ヘンデルの協奏曲をクラヴィーアで演奏し、歌曲を歌い、自作のフルート協奏曲を吹いた。 のちに、彼女はオルガンも演奏し、1762年の2月に、フランクリンの製作したハーモニカを公開演奏した。 彼女はまた、ハーモニカで妹の歌の伴奏も行なった。 1764年に、一家はダブリンから帰り、この地でその後ロンドンで行なったように、数カ月間毎日演奏会を開いた。 1768年に姉妹はイギリスを去り、パリ、ヴィーン、フィレンツェを演奏旅行し、1773年にロンドンに戻った。
(中略)
姉のマリアンヌは、1792年(?)に貧困のうちに死んだ。 セシリアも、1836年7月3日に困窮のうちに死んだが、90年代にはなお、ハイドン滞在中のロンドンでオラトリオで歌っていた。
[ポール] p.98
この文では姉がマリアンヌで、妹がセシリアとなっている。
姉妹がウィーン滞在中はハッセと同じ建物に住んでいたという。 そのときセシリアはハッセから歌唱技術を学び、かわりにハッセの娘たちに英語を教えていた。 また、宮廷詩人メタスタージョは姉妹のために、ハルモニカ伴奏による頌歌を書き、ハッセは音楽を書いたという。 モーツァルト父子がミラノ滞在中の1771年9月に、旅行中の姉妹と出会っている。

〔関係サイト〕
http://www.glassarmonica.com/armonica/marianne_davies.php
 


〔参考文献〕

 

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2016/05/22
Mozart con grazia