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K.617 グラスハーモニカ五重奏曲 アダージョとロンド
■作曲 1791年5月23日 ウィーン |
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1791年8月19日ウィーン・ケルントナートーア劇場でのキルヒゲスナー嬢の演奏会のために。 また、そのときの独奏用の曲(アンコール用?)として「グラスハーモニカのためのアダージョ K.356 (617a)」がある。
キルヒゲスナー(Maria Anna Antonia Kirchgäßner, 愛称マリアンネ Marianne)はカールスルーエの宮廷楽長シュミットバウアー(Joseph Aloys Schmittbaur, 1718 - 1809)の弟子。 1769年6月5日にブルッフザールに生まれた。 4歳のときに失明したが、繊細で表現豊かなクラヴィーア演奏ができたことから10歳のときに援助を受けてシュミットバウアーのもとで学ぶ機会を得た。 そして、18世紀にヨーロッパで大流行していたグラスハーモニカという楽器と出会い、その演奏家として有名になった。 シュミットバウアーから贈られたグラスハーモニカを使って各地を巡演し、大成功を納め、当時ヨーロッパにおいてグラスハーモニカ演奏の頂点に立っていたと言える。 その知名度は後のパガニーニやリストに匹敵するほどだったという。
さかのぼって、グラス・ハーモニカという楽器の発明と命名は避雷針の発明などで有名なベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin, 1706-1790)によるものである。 彼は、グラス・ハープ(ミュージカル・グラスィズ)すなわち水の入ったコップのふちを指でこすって音を出すというそれまでの演奏法にかわって、コップに穴をあけて調律し、演奏しやすいように配列した楽器を発明したのであった。 そして彼はトリノのベッカリーア(Giovanni Battista Beccaria, 1716-1781)に宛てた手紙の中で次のように書いているという。
(1762年7月13日)フランクリンはその楽器を親戚のデイヴィス家の娘マリアンヌ(Marianne Davies, 1744 -92)に贈り、彼女は姉セシリア(Cecily Davies, 1738-1836)の歌の伴奏にこの楽器を使って、二人の演奏は一躍有名になった。 デイヴィス嬢マリアンヌはロンドンにおいてグラスハーモニカの名手といわれていたという。 1768年から1773年まで姉妹はヨーロッパ各地を演奏旅行し、ウィーンを訪れたときにはメタスタージョの歌詞にハッセが音楽をつけた曲を演奏したという。
あなたの音楽用語に敬意を払い、そこから楽器の名称を借用し、アルモニカと名付けました。「ポール」 p.98
モーツァルトは西方への大旅行中のロンドン滞在のとき(1764〜65年)と初めてイタリア旅行でミラノを訪れたとき(1771年)にデイヴィス嬢の演奏を聞いていたが、1773年7月(17歳のとき)、ウィーン滞在中に医師メスマー(Franz Anton Mesmer, 1734-1815)が演奏するのを聞いた。 レオポルトは次のように書いて、ザルツブルクの妻へ感激を伝えている。
1773年7月21日しかしモーツァルトはそのとき創作意欲がわかなかったのか、演奏を試みてはみたものの、作品は残さなかった。 その理由を憶測すると、父の驚嘆とは別に、モーツァルトの耳にはメスマーの演奏が下手だったか、それとも楽器に対して不満を感じていたのかもしれない。 あるいは、たぶん一番ありそうな理由は、17歳の少年には39歳の演奏者(しかも男性)に魅力を感じなかったことかもしれない。 もしそのときデイヴィス嬢(29歳)自身が演奏し、モーツァルトに作曲を依頼していれば、たとえ楽器に不満があったとしても、すぐさま傑作を残したかもしれない。 フルートとハープのための協奏曲(K.299)の例があるので、ありそうに思われる。
メスマーさんのところで月曜日に食事をしましたが、彼はデイヴィス嬢のハルモニカことガラス楽器を、それもほんとうに見事に弾きました! 彼はこの楽器に50ドゥカーテンを払いました。 それに、これはとても見事にできています。「書簡全集 II」 p.3851773年8月12日
おまえはフォン・メスマーさんが、デイヴィス嬢のグラスハルモニカをかなりうまく弾くのを知っていますか? 彼はヴィーンでこの楽器を習ったたったひとりの人物で、デイヴィス嬢が持っていた楽器よりずっときれいなガラス楽器をひとつもっています。 ヴォルフガングももうその楽器で弾いてみました。 私たちもぜひひとつほしいものです。同 p.390
余談であるが、モーツァルトがキルヒゲスナー嬢のためにグラスハルモニカの曲を書いた1791年には医師メスマーはもうウィーンにいなかった。 盲目のピアニスト、マリア・テレージア・フォン・パラディス(モーツァルトは彼女のために「ピアノ協奏曲 第18番 変ロ長調 K.456」を書いている)の治療に失敗したことから、1778年にウィーンから去っていたからである。
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1791年6月11日(バーデンの妻へ)当時の多くの作曲家が彼女のために書いていたように、この年モーツァルトも歴史に残る名曲を書いた。 それがこの「グラスハーモニカ五重奏曲 アダージョとロンド」であり、6月10日、ウィーンのブルク劇場で演奏された。 モーツァルトはそれを聞き逃してしまったのである。 また、マリアンネ(このとき22歳)の演奏は並々ならぬ腕前だったことが分かる。 この曲は神秘的で澄みきった音色と内面的に深い翳りを併せ持つモーツァルト独特の作品ではあるが、それはまた彼女の性格とも一致するものであろう。 アインシュタインは
ぼくの悲しい運命を、ぼくと一緒に嘆いてくれ! キルヒゲスナー嬢は、月曜日の演奏会を取り止めたのだ!「書簡全集 VI」 p.637
モーツァルトは今度も音階の下の方を使う場合には制限を受けている。 この楽器にはアルト音域(ト音)の下の音はなかったのである。 しかしこのことは彼が天国的な作品を一つ書くのをさまたげはしなかった。 その導入部(短調)とロンド(長調)にはこの世のものならぬ美しさがあって、「アヴェ・ヴェルム K.618」に対応する器楽作品である。と絶賛している。 マリアンネ・キルヒゲスナーは1808年12月9日、シャフハウゼンで39年の短い生涯を閉じた。 そしてグラス・ハーモニカという楽器も姿を消した。「アインシュタイン」 p.368
■演奏
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CD [ARCHIV POCA-2065] t=15'13 ホフマン Bruno Hoffmann (glass harp), シェック Gustav Scheck (fl), ヴィンシャーマン Helmut Winschermann (ob), ザイラー Emil Seiler (va), ヴェンツィンガー August Wenzinger (vc) 1953年10月、Freiburg im Breisgau, Paulus-Saal |
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CD [PHCP-9029] t=16'17 ホフマン Bruno Hoffmann (glass harp), ニコレ Aurele Nicolet (fl), ホリガー Heinz Holliger (ob), ショウテン Karl Schouten (va), デクロース Jean Decroos (vc), 1977年1月、アムステルダム |
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CD [CBS SONY 32DG83] (2) t=8'11 高橋美智子 (glass harp), クリスタル室内合奏団 1987年 |
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CD [SONY SK 47230] t=4'17 リッター John Steele Ritter (celesta), ランパル Jean-Pierre Rampal (fl), ピエルロ Pierre Pierlot (ob), パスキエ Bruno Pasquier (va), ピドゥー Roland Pidoux (vc) 1990年11月、パリ、Salle Adyar |
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CD [GALLERIA 457 912-2] ジュス Margit-Anna Süß (hp), シュルツ Wolfgang Schulz (fl), シェレンベルガー Hansjörg Schellenberger (ob), クリスト Wolfram Christ (va), ファウスト Georg Faust (vc) 1990年11月、ベルリン、Jesus Christus Kirche |
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CD [UCCG-9142] t=11'27 ※上と同じ |
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CD [KKCC-2304] t=11'21 ハフ Stephen Hough (p), ベルリン・フィル木管五重奏団 Berlin Philharmonic Wind Quintet 2000年 |
■引用文献
断片には「ファンタジア」と記されてる。
K.617の草稿と思われている。
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