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 モテット「神はわれらが避難所」 ト短調 K.20

Motet (Sacred Madrigal) in G minor "God is our refuge." score

■編成 S, A, T, Bs

■作曲 1765年7月 ロンドン

宗教的マドリガル、すなわち、多声の宗教的声楽曲。 この曲では詩編第46章第1節(英訳)

God is our refuge and strength,
a very present help in trouble.
を2度反復する。
イギリスにおいて、多声の世俗的声楽曲(マドリガル)はエリザベス朝時代の代表的な音楽家モーリー(1557/8 - 1602)によって発展していた。 1764年からイギリスを訪れていたモーツァルトは、産業革命を迎えつつあった豊かな都会ロンドンで活躍するクリスチャン・バッハやアーベルたちの公開演奏会に刺激を受け、(病気のためピアノを弾くことを許されていなかったせいで)あらゆる楽器の作曲を試み、最初の交響曲 K.16 変ホ長調も作曲している。 この曲はイギリスのマドリガルから受けた印象や、ヘンデルの合唱曲などの影響を受けているという。 ト短調の厳粛な曲想と緊迫感、9才にして既に劇的な効果を追求している。 父レオポルトが「やさしい音楽、外面的な(描写)音楽」に傾いていたのに対して、息子ヴォルフガングは幼少の頃から「むずかしい音楽、内面的な音楽」を書いていた。 なお、「9才のモーツァルトにとって音符よりも歌詞を書き込むのが大変だったようで、小節線を歪んで書き入れている」(モーツァルト辞典、東京書籍 p.213)という話は右上の写真を見ると、「なるほど」と分かる。

大英博物館を訪れたときパリで作曲出版されたソナタK.6-9とこの四重唱を献呈した。 左は1763年にカルモンテル(Carmontel、本名 Louis Carrogis, 1716 - 1806)によって描かれたパリで合奏するモーツァルト一家の有名な水彩画。 クラヴィーアに向かい、足が床にとどかない少年(6・7才頃)がこのような宗教曲を書いたとは驚くべきことである。 アインシュタインは「多声音楽を書くということは、一般に天才児の早熟の最善、最高の証拠である」と言っている。

■演奏

PHILIPS
422 752-2
Rundfunkchor Leipzig
1990年5月、ライプツィヒ
CD [PHILIPS 422 752-2] t=1'28


[Home] 2005/10/27