| Mozart con grazia > K.1- K.100- K.200- K.300- K.400- K.500- K.600- App.K Catalog |
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| * ディヴェルティメント集 > Divertimento in E flat [No.1] |
<構成>
| 第1楽章 | Allegro | 変ホ長調 | 4/4 ソナタ形式 |
|---|---|---|---|
| 第2楽章 | Andante | 変ロ長調 | 3/4 2部リート形式 |
| 第3楽章 | Menuetto | 変ホ長調 | 3/4 複合3部形式 (トリオはト短調) |
| 第4楽章 | Allegro | 変ホ長調 | 2/4 ソナタ形式 |
<編成>
(第1稿) 2 violins, viola, bass, 2 clarinets, 2 horns
(第2稿) 2 oboes, 2 English horns, 2 bassoons
<作曲>(第1稿) 1771年11月 ミラノ / (第2稿) 1773年 ミラノ
クラリネットが使われた最初の管弦楽作品。初稿自筆譜には父の手で「8声のためのコンチェルト(協奏曲)またはディヴェルティメント」とタイトルされているという。 1771年11月22か23日にミラノのマイヤー邸で作られた(レオポルトが滞在先のミラノからザルツブルクの妻に宛てた手紙により)と推測されている。
マイヤー(Albert Michael Mayr)は、ウィーン皇室主計官ヨハン・アダム・マイヤー(Johann Adam Mayr, 1712〜77)の息子で、ミラノのフェルディナント大公の王室主計官を務めていた。 なお、フェルディナント大公はマリア・テレジア女帝(ウィーン皇室)の息子。モーツァルト父子の活躍はマイヤーやフェルディナント大公などを介してウィーン皇室にまで届いていた(筒抜けになっていた)に違いない。
第3回イタリア旅行の1773年にオーボエ、イングリッシュ・ホルン、ファゴットの管楽器パートが同じくミラノで追加された。その理由ははっきりしないが、変ロ長調のディヴェルティメント K.186 と同じ編成にしたい理由があったと思われている。 このときも、前回と同じくアルベルト・マイヤーの世話になっている。そして、マイヤー邸で何度か音楽会を開いた。
この曲は4楽章から成る(協奏曲のような)管楽器のためのディヴェルティメント群(K.213など)の先駆けとして位置づけられている。
<演奏>
| DENON COCO-7882 |
| COCO-78055 |