| Mozart con grazia > ピアノのための小品 > ピアノと管弦楽のためのロンド |
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K.382 ピアノと管弦楽のためのロンドConcerto Rondo for piano in D
■編成 p, fl, 2 ob, 2 hr, 2 tp, timp, 2 vn, va, bs |
演奏会用ロンド。 ピアノ協奏曲第5番ニ長調 K.175 のフィナーレをウィーンの趣味に合わせて書き換えたもの。
ウィーンで自活するための安定した収入源としてピアノ教師の道を選び、オペラの作曲のチャンスを狙っていたので、そこにピアノ演奏にかけては自分の方が上とばかりに登場してきたクレメンティの存在は気がかりだった。
そこで、モーツァルトの友人たちの勧めもあって、ブルク劇場で3月3日に演奏会を催し、「イドメネオ」の名場面をトゥーン伯爵夫人やアダムベルガーが歌い、モーツァルトはピアノ協奏曲第5番と、このロンド、そして即興で幻想曲を演奏した。
ウィーンの趣味に合わせたロンドは大当たりし、その後たびたびプログラムにのせることになった。
ザルツブルクの父には「これは自分専用なので、お姉さん以外には誰にも演奏させないで欲しい」と頼み、レオポルトのピアノの生徒たち(マルシャン兄妹)にさえも演奏させないように伝えている。
また、あとでこのロンド用のアインガングを書き直して送るつもりだったが、実現しなかったらしい。
その理由は「それを演奏するときはいつも、そのとき感じたことを弾くから」ということであった。
しかし、どうしても欲しかった美しいフロックコートを手に入れるために、この曲をヴァルトシュテッテン男爵夫人に贈ることになった。(10月2日の手紙)
1783年3月12日の演奏会のときも拍手が鳴りやまず、この曲をアンコールしなければならなかったほどで、モーツァルトは「3月23日に予定している演奏会の良い宣伝になる」と父に報告している。
もちろん23日のプログラムの真ん中にウィーンの聴衆に好まれていたピアノ協奏曲第5番とこのロンドを入れていた。
おそらく「待ってました!」とばかりに聴衆から大喝采を受けたであろう。
モーツァルトもそれを見越して自分の存在を宮廷にアピールし、オペラの作曲依頼が来ることを狙っていたであろう。
■演奏
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CD [TELDEC WPCS-10098] t=10'53 エンゲル Karl Engel (p), ハーガー指揮 Leopold Hager (cond), ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団 Mozarteum Orchester Salzburg 1979年頃、ザルツブルク・モーツァルテウム大ホール |
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CD [ポリドール F32L-20321] t=10'23 アシュケナージ Vladimir Ashkenazy (p, cond), フィルハーモニア管弦楽団 Philharmonia Orchestra 1980年3月、ロンドン |
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