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K.533 ピアノ・ソナタ ヘ長調
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1787年12月7日、モーツァルトは念願の宮廷作曲家になることができた。
それはグルックの死(11月15日)によりポストが回ってきたものであったが、宮廷内にはモーツァルトを採用することに反対が多かったようである。
それは、前任者の給料2,000フロリンに対して、モーツァルトは800フロリンに過ぎず、さらにモーツァルトの後任者となるコゼルフのときには、再び2,000フロリンとなったことに如実に現れている。
モーツァルトにとって待望の宮廷作曲家の職であったが、彼の場合、その仕事は毎年冬期間の舞踏会でのダンス音楽を作ることに過ぎなかった。
しかしモーツァルトは宮廷作曲家の名にふさわしい生活をしようとしていたはずだし、また、12月27日には長女テレージアが誕生している。
残念ながら翌1788年6月に死亡するが。
なにかと経済的に苦しくなってきたことが想像できる。
オペラのような大きな仕事をしたくても注文がこない。
社会情勢としては、第2次露土戦争(1787〜92年)にあたり、宮廷にも作曲家モーツァルトをもてはやしている余裕はなかったと思われる。
そして、よく知られているように、モーツァルトは1788年6月からプフベルクに借金を繰り返すようになる。
モーツァルトは自作カタログに1月3日付けで「クラヴィーア独奏のためのアレグロとアンダンテ」(上記の第1〜2楽章)を記入したが、それに第3楽章として2年前の1786年6月に作られたアレグロ K.494 を加えて1つのピアノ・ソナタを完成し、ウィーンのホフマイスター社から「フォルテピアノまたはクラヴサンのためのソナタ」として初版した。
彼は友人であり出版者であったホフマイスターに借金をしていたが、おそらくこんな仕方でいくらかずつ返済したのであろう。こうして小ロンドがソナタに仕上げられたが[アインシュタイン] p.341
その際彼はいわゆる様式の統一などいささかもかえりみていない。 これらの追加作曲された諸楽章は和声的・多声的な構想の雄大さ、感情の深み、それに彼の最後の諸作品にのみ特徴的な和声上の大胆さを持つものである。 これらの曲は、ほとんど楽器の中音部にとどまっている無邪気なロンドとは全然別物で、もっと強力な楽器のための作品である。ただし、大胆な和声の変化に富む第1〜2楽章に合うように、第3楽章に置かれたロンド(K.494)には対位法的なカデンツァと低音域の終結部27小節が加えられた。同書 p.341
それにもかかわらず、このロンドも美しい三声の《オブリガート》の短調挿入部を持ち、あまりに豊かで完全なので、門外漢は《様式の分裂》に気づかないだろう。理由はともあれ、最終的に作曲者自身が一つのソナタとしてまとめたことを尊重し、新全集は「ピアノソナタ第15番」として扱っている。 ちなみに旧全集では第18番だった。 借金の返済のために、「様式の統一などいささかもかえりみず」2年前の小ロンドを思い出し、わずか27小節の追加だけで一つの作品を仕上げた腕前には改めて感服するしかない。同書 p.341
■演奏
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CD [TOCE-13252] t=31'57 リヒテル (p) 1956年 |
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CD [DENON CO-3861] t=20'11 ピリス Maria Joao Pires (p) 1974年1〜2月、東京、イイノ・ホール |
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CD [ACCENT ACC 8853/54D] t=24'23 ヴェッセリノーヴァ Temenuschka Vesselinova (fp) 1990年1月、オランダ、ハールレム、Vereenigde Doopsgezinde Kerk ※ケレコム Claude Kelecom 製フォルテピアノ |
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CD [Teldec WPCS-21226] t=32'34 レオンスカヤ Elisabeth Leonskaja (p), リヒテル Sviatoslav Richter (p) 1993年8月、オスロ、NRK ※グリーグによる2台ピアノ編曲版 |
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