Mozart con grazia > グラスハーモニカと自動オルガンのための曲 >
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K.608 自動オルガンのための幻想曲

Fantasia in F minor for mechanical organ
  • 3部構成
    (1) Allegro ヘ短調 3/4
    (2) Andante 変イ長調 4/4
    (3) Tempo primo (Allegro) ヘ短調 3/4
〔作曲〕 1791年3月3日 ウィーン
1791年3月

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自作全作品目録では「時計のためのオルガン曲 Ein Orgel Stück für eine Uhr (an organ piece for a clock)」というタイトル。 この曲の成立については、以下のようないきさつがあった。 当時、ヨーゼフ・ダイム・フォン・シュトリテッツ伯爵(Joseph Nepomuk Franz de Paula Graf Deym von Stritetz, 1752-1804)は「ミュラー美術品陳列室 Müller Kunstkabinett」という蝋人形館を開いた。 3月26日の『ヴィーン新聞』に次のような報告記事が載っている。

ミュラー氏はシュトックアマイゼン広場610の2階にある美術品の収集で広く知られているが、3月23日、ヒンメルプフォルト通り、造幣局の向い、建築家ゲルル氏の敷地1355に彼が世界的に有名な忘れてならない将軍フォン・ラウドン男爵のために多大な出費をもって建てた霊廟を開基した。
[ドイッチュ&アイブル] pp.240-241
ダイム・フォン・シュトリテッツ伯爵はオーストリアの将校であったが、決闘をしたことで除隊され、ミュラー Müller と名前を変えていた。 1780年頃にウィーンに来て、大小さまざまなオルゴール類を集めた「ミュラー芸術館」を作って生計をたてていた。 そしてさらにお客を呼び込むために、1790年7月14日に世を去った元帥フォン・ロウドン男爵(Gideon Freiherr von Laudon または Loudon, 1717-1790)の蝋人形を飾った霊廟を作ったのである。 フォン・ロウドンは1789年のヨーゼフ2世を助け、対トルコ戦役でベルグラード奪取に成功した英雄だった。 その後も最前線で戦ってきた将軍がプロイセン軍との交戦中に倒れたことにウィーン市民の関心が高まっていた。 その報道記事はさらに次のように続いている。
一見の価値ある記念堂は朝8時から夜10時まで煌々と明りがつけられており、主階段を3段昇った所に大きな門構えの入口がある。 はり紙にもなっている配られたビルからも多少のことは分るが、言葉でその雰囲気を生き生きと描写するのは不可能である。 この霊廟を訪れる人は皆それを見て驚嘆し、この功績の大きかった大人物に思いを新たにしている。 ミュラー氏はその姿を銅板に彫らせており、複製に彩色を施したものが入場の際まず最初に配られる。 座席は最高にしつらえており、一等席は1フローリン、二等は30クローネ。 1時間の鐘毎に葬送の音楽が演奏される。 曲は週毎に変る。 今週は楽長モーツァルト氏の作曲によるものである。
このときの「今週の音楽」は「自動オルガンのためのアダージョとアレグロまたは幻想曲」(K.594)とみられている。 このあと「ミュラー美術品陳列室 Müller Kunstkabinett」が改修され、8月17日には次のような記事が掲載された。
内外の芸術通、愛好家諸氏がこれまで一致した賛辞を贈り、訪れていたシュトック・アム・アイゼンプラッツのミュラー芸術コレクションが、このたびほぼ全面的に模様替えされ、大きく拡大された。
(中略)
第3の部屋には、偉大なるラウドン男爵元帥のために建てられた華麗な霊廟が見られる。 くまなく見物している観客を驚かすのは、高名な楽長モーツァルト氏の作曲による、選り抜きの葬送音楽である。 この曲は、捧げられた対象に、まったくふさわしいものである。
[磯山] p.63
このときに用いられたのがこの『ファンタジー』(K.608)だと思われている。

新聞報道にあるヒンメルプフォルトガッセ Himmelpfortgasse の建築師ヨゼフ・ゲルル Joseph Gerl の住居は、モーツァルトの最後の住居と近い距離にある。 その最後の住居はケルントナー通りの現在はシュテッフル Steffl というデパートになっていて、そこに右の写真の胸像が飾られた特設コーナーがあるという。

ロウドンの霊廟用の葬送音楽を作曲することはモーツァルトにとってやりがいのある仕事ではなかったが、貧困にあえいでいた最晩年の彼には貴重な収入源となったと思われる。 いくらかでも金になるのならばという気持ちがかろうじて彼の作曲意欲を支え、その「小さなパイプだけでできた、子供じみた甲高い音を鳴らす」時計仕掛けの自動オルガン用に、彼は

の3曲を作った。 このうちで、K.608 は最も雄大な構成と深い内容を持っており、J.S.バッハの「トッカータとフーガ」にならった作品ともいわれているが、単なる自動オルガンのためという目的をはるかに超え、厳格なフーガ(Allegro ヘ短調 4分の3拍子)をロマンチックなアンダンテ(変イ長調 4分の4拍子)に仕立て直し、魅力的な作品に仕上げている。 そのためこの曲は、のちのロマン派の音楽家にも好まれ、ベートーヴェンはこの曲を写譜したほどである。

アインシュタインは次のように評している。

モーツァルトはこの体験(バッハの作品との出会いのこと)を一生のあいだ片づけてしまうことはできなかったが、この体験は彼の幻想のなかでますます完全な作品を熟させたのである。 彼のフーガのための努力の王冠をなすものは、彼の最後の年にできた時計オルガンのための幻想曲ヘ短調(K.608)、あるいはその数ヵ月前に完成された、同じ楽器のためのアダージョとアレグロ(K.594)である。
この作品(K.608)の多くの編曲のなかでただ一つ適切なものは、大編成オーケストラのための編曲だけであろう。 多声音楽はここでは、表現の大規模な客観性、すなわちあらゆる感傷を避けようとする記念的哀悼の機能を受け持っている。 「エロイカ」の葬送行進曲の作曲家がこの作品の写しを作ったのはうなずけることで、ここにモーツァルトとベートーヴェンのあいだの多くの関係を見いだすこともできよう。
[アインシュタイン] p.219, p.367
この曲が書かれた時期は宮廷作曲家としての仕事すなわち冬期間の舞踏会用ダンス音楽が多く、その中に異彩を放つ作品が生まれたのは運命のいたずらか。 作曲者自身にとっては「とても嫌な仕事」だったが、しかし後世のわれわれはまれに見る絶品を手にすることができたと言うことができる。
曲は本格的なプレリュードとフーガであるが、やはり、音域や音の数の都合で、人間には演奏することができない。 付点リズムの荘重な音楽(プレリュードに相当)がはじめにあり、まもなく、印象的なフーガが展開する。 ちょっとメンデルスゾーンを思わせる緩徐楽章が歌われ、プレリュードが戻ってくる。 ついで再現するフーガは、華麗な対位をもつ二重フーガへと複雑化されている。 すなわちこれは、バロック・ポリフォニーの高度な技巧を駆使した作品なのである。
(中略)
大オルガンで再現すると、ますますそのスケールの大きさを明らかにする。 いずみホールのケーニヒ・オルガンによる井上圭子さんの白熱した演奏を聴きながら、私は、こんなすごい曲をなぜモーツァルトがオルゴールのために書いたのか、不思議に思った。
[磯山] pp.63-64
自動オルガンのために書いた2作目でモーツァルトはその「子供じみた響き」の演奏楽器のことは忘れてしまったかのようである。 そして何と高い境地にまで達していることか。 磯山は次のように続けている。
いろいろな空想はできるであろうが、要は、モーツァルトの意識の先がすでに人間を越えてしまっていたこと、彼の視野が、決まりきった音楽媒体を越えるところまで来ていたことであろう。 その意味でこの作品は、書かれるべくして書かれたもののような気がしてならない。

のちにミュラーの自動オルガンが解体されたとき、モーツァルトの曲が収録されていた2つのシリンダーはハイドンの友人であり弟子でもあり、エステルハージ侯に仕えていたプリミティウス・ニーメッツ神父(Pater Primitivus Niemecz)が保有したが、その後行方がわからないという。 しかしすでに、「アダージョとアレグロ」(K.594)とともにピアノ連弾用に「4手のための幻想曲」として編曲され、1799年ウィーンのトレークから、また1800年にライプツィヒのブライトコップ・ヘルテルから出版されていた。

余談であるが、ニーメッツは多才な人物で、楽器の演奏のほか、オルゴールや時計仕掛けのオルガンを制作する才能もあり、ハイドンはそのための作品を数多く書いたという。 共同作者とも言えるハイドンは1790年12月ロンドンに移住することになった。 その後はもしかしたらモーツァルトにその機械装置のための作曲依頼があったかもしれない。 しかしモーツァルトには気の進まない仕事だった。 上記のように、その装置の音はモーツァルトにとって「子供じみた響き」でしかなかったからである。 一方でニーメッツの作った装置を愛好する人もいたであろう。 彼の作ったオルゴールが「ミュラー芸術館」を飾っていたのである。 ミュラーは彼が制作した時計仕掛けのオルガンがフォン・ロウドン男爵の霊廟で重要な客寄せ効果を発揮すると考えたのだろう。 事実、ミュラーの蝋人形館は当時のウィーンの名所だったという。

その蝋人形館の自動オルガンは失われたが、エッカルト・フォン・ガルニエ氏により復元されたものが山梨県北杜市清里のホール・オブ・ホールズにあり、そのオルガンの写真が[磯山](p.61)にある。 また、時計仕掛けのオルガンの写真が次のウエブページにある。

〔演奏〕
CD [COCO-78064] t=12'47
ショルツェ (og)
1985年
CD [クラウン Novalis CRCB-3013] t=10'05
ハーゼルベック Martin Haselböck (og)
1989年9月、オーストリアのブリクセン大聖堂のオルガンで演奏。
※ ブリクセン大聖堂のオルガンは1980年、ヨハン・ピルナーによって1758年当時のように修復されたという。
CD [ポリドール POCL-1559] t=10'35 ※ トロッター版
トロッター Thomas Trotter (og)
1993年11月、オランダ Farmsum の Nederlandse Hervormde 教会にあるニコラウス・ローマンのオルガン(1828年)で演奏。
CD [TELDEC K37Y 10184] t=11'53
タヘッツィ Herbert Tachezi (og)
演奏時期不明、ウィーン Piaristen教会にある Basilika Maria Treu のオルガン(1800年頃)で演奏。

ピアノ連弾

CD [Grammophon 429-809-2] t=10'22
エッシェンバッハ Christoph Eschenbach (p), フランツ Justus Frantz (p)
1973年4月ベルリン Studio Lankwitz
CD [POCG-3407-8] t=10'22
※上と同じ
CD [SICC 1031] t=10'04 (ブゾーニ編曲)
ペライア Murray Perahia (p), ルプー Radu Lupu (p)
1990年6月、ロンドン
CD [ASV CD DCA 799] t=11'36
フランクル Peter Frankl (p), ヴァーシャーリ Tamas Vasary (p)
1992年 All Saints Church, Petersham
CD [POCL-1410] t=9'35
シフ Andras Schiff (fp), マルコム George Malcolm (fp)
1993年2月ザルツブルク・モーツァルト・ミューゼアム ; (fp) Anton Walter, Vienna, c.1780

木管五重奏

CD [KKCC-2304] t=8'26 (ハーゼル編曲)
ベルリン・フィル木管五重奏団 Berlin Philharmonic Wind Quintet / ハーゼル Michael Hasel (fl), ヴィットマン Andreas Wittmann (ob, ehr), ザイフェルト Walther Seyfarth (cl, basset-hr), マクウィリアム Fergus McWilliam (hr), トローク Henning Trog (fg)
2000年2月、ベルリン・フィルハーモニー・カンマームジーク・ザール
CD [Camerata CAMP-8013] t=8'36 (シェレンベルガー編曲)
アンサンブル・ウィーン=ベルリン Ensemble Wien-Berlin / シュルツ Wolfgang Schulz (fl), シェレンベルガー Hansjörg Schellenberger (ob), トイブル Norbert Taeubl (cl), トゥルコヴィッチ Milan Turkovic (fg), ドール Stefan Dohr (hr)
2001年、ゼンダー・フライス・ベルリン

その他

CD [COCO-78057] t=12'20
ヴェーグ指揮 Sandor Vegh (cond), カメラータ・アカデミカ Salzburg Camerata Academica
1989年
CD [ORFEO C239-911A] t=10'19
ウィーン・フルート奏団
1990年

〔動画〕

〔参考文献〕

 

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2013/01/20
Mozart con grazia