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ピアノ三重奏曲 第6番 ハ長調 K.548

  1. Allegro ハ長調 4/4 ソナタ形式
  2. Andante cantabile ヘ長調 3/4 ソナタ形式
  3. Allegro ハ長調 6/8 ロンド形式
〔編成〕 p, vn, vc
〔作曲〕 1788年7月14日 ウィーン
1788年7月

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自作目録に上記の日付で書き込まれている。 作曲の動機は分からないが、プフベルクのために書かれたものと思われる。

ファゴット奏者で音楽学者のヘルヤーは

音楽学者のアルフレート・アインシュタインはこの三重奏曲を「古典派の勝利」と呼んでいる。
[全作品事典] p.355
と書いているが、アインシュタインはそれほど高い評価をしているようには見えない。 むしろ酷評していると言っても過言ではない。 ピアノを中心とする三重奏曲にはクラリネットとヴィオラを伴う『ケーゲルシュタット』(K.498)が2年前に書かれていて、それに対してアインシュタインは「音楽が与えうる形式感情の終局のものが、ここでついに発言されているのである」と絶賛し、また、そのあとに書かれたヴァイオリンとチェロを伴うピアノ三重奏曲「変ロ長調 K.502」と「ホ長調 K.542」に対しては
ピアノ三重奏曲の枠内で表現すべきいっさいをコンチェルト風に表現している。 変ロ長調とホ長調のいずれをすぐれているとみなすかは、永久に決定しがたいと言える。
[アインシュタイン] p.359
と高く評価しているが、しかし、その後に続く最後の二曲(K.548、K.564)は「残念ながらもはやこのような高みを維持していない」と、まったく平凡な作品と酷評している。 最後のト長調(K.564)は「明らかに初心者用である」と切り捨て、もう一つのこの曲に対しては
血の気のうすい先駆者のような感じを与える。 これは古典的巨匠の作品であるが、三つの三重奏曲の傑作のような案出の『活気』を持たないし、また主題の密度もない。 ただアンダンテ・カンタービレだけが、その柔和な宗教性において無限に感動的なものを持っているばかりである。
同書
と手厳しく言い、モーツァルトのような巨匠がこのような曲を書き残したことを残念がっているようである。 「血の気のうすい先駆者」とは同じハ長調で書かれ、8月10日に自筆目録に載せられた「交響曲第41番ジュピター K.551」の直前に位置しながら、その偉大なシンフォニーに比べて軽薄だという意味である。 なお、アインシュタインが傑作と言っている三つの三重奏曲とは上記の K.498、K.502、K.542 のことのようである。 しかし、かつてのアインシュタインの評価が今でもそのまま受け入れられているわけではない。 この三重奏曲(K.548)が書かれたモーツァルトの円熟期の頂点ともいわれる1788年の作品群を「自作目録」でながめたとき、オカールは
堂々としたものと小規模なもの、悲劇的なものとギャラントなもの、このような一連の異質な作品を前にすると、誰しも当惑せざるをえない。 「やさしいソナチネ」(K.545)が恐るべきハ短調の前奏曲と同じ日に書かれているとは!
[オカール] p.145
と驚きを隠していない。 ここでオカールは、3月19日の『アダージョ ロ短調』(K.540)から8月10日の交響曲『ジュピター』(K.551)までが並んでいるのを見て、その中に二つのピアノ三重奏曲(K542、K548)と『やさしいソナチネ』(K.545)が混じっていることに、しかも『やさしいソナチネ』が「恐るべきハ短調」(K.546)と同じ日(6月26日)に書かれていることに驚いているのである。 その上で、彼は「これらの明るい作品にみられる透明で、浄化された、輝かしい性格は、すでに最後のモーツァルトなのである」と捉え、
このことは不当にも1786年のものよりも劣ったものとされている、K542、K548の二つのピアノ三重奏曲にはっきりと現れている。 K545のソナータが「やさしい」のはただ名称だけのことである。 音の素材が薄手の陶器のようにもろくみえるこの小品の透明さを表現できるのは、きわめて偉大なピアニストだけなのだ・・・。
同書 pp.145-146
と続けている。 モーツァルトの矛盾した二面性(たとえば、バルトの言葉「陽光と嵐、昼と夜、その両面をともに具えている」など)を理解するならば、この曲についてもはや「血の気のうすい」などと単純に切り捨てることのできない、繊細で豊かな叙情的な面が見えてくるだろう。 ピアノがリードする曲の運びは変わらないが、チェロはピアノの低音の補強から離れ、2つの弦がそれぞれピアノと協奏するようになる。 特に第2楽章でチェロが歌う副主題は美しく、演奏者ならずともウットリとする。 彼は実生活の喜怒哀楽をそのまま作品に反映させるような野暮な作家ではなかったが、この曲が書かれた2週間前に長女テレジアが病死したことを思えば、力強さと優美で穏やかな曲想が同居するこの曲から、作者が心の平穏を取り戻しているのを感じないわけにはいかない。

この曲は三重奏曲「ホ長調 K.542、変ロ長調 K.502」と合わせて「作品15」として1788年にウィーンのアルタリア社から出版された。

〔演奏〕
CD [EMI CHS 7697962] t=20'13
クラウス (p), ボスコフスキ (vn), ヒューブナー (vc)
1954年、ウィーン楽友協会ホール
CD [ミュージック東京 NSC173] t=28'36
ニコルソン (fp), ハジェット (vn), メイソン (vc)
1983年7月
※フォルテピアノは1797年頃ウィーンのシャンツ製、ヴァイオリンはストラディヴァリウスのレプリカ(ロス製1977)、チェロ同(1979)
CD [TKCC-15110] t=17'17
ズスケ (vn), オルベルツ (p), プフェンダー (vc)
1988-89年
CD [ミュージック東京 NSC207] t=19'37
カイト (fp), マッキントッシュ (vn), コンバーティ (vc)
1990年頃?
CD [EMI TOCE-55837/38] t=20'17
バレンボイム (p), ズナイダー (vn), ズロトニコフ (vc)
2005年

〔動画〕
[http://www.youtube.com/watch?v=nn6P3ntpIhM] t=19'26
André Previn (p), Anne Sophie Mutter (vn), Daniel Müller-Schott (vc)
[http://www.youtube.com/watch?v=RZY9JyPW01o] (1) t=5'11
[http://www.youtube.com/watch?v=Br-8CbNzhqI] (2) t=7'09
[http://www.youtube.com/watch?v=GDhXcwfZij4] (3) t=4'06
Beaux Arts Trio
1967
[http://www.youtube.com/watch?v=jEtXt-nr59I] (1) t=7'41
[http://www.youtube.com/watch?v=8MRgRFzkIDs] (2) t=8'25
[http://www.youtube.com/watch?v=LgUFaDtVS_E] (3) t=5'07
TRIO DI PARMA : Alberto Miodini (p), Ivan Rabaglia (vn), Enrico Bronzi (vc)
PARMA, Casa della Musica, 15 DICEMBRE 2006
[http://www.youtube.com/watch?v=JaxrWYWG2Jw] t=2'55
Barbara Erdner (fp), Frank Wakelkamp (vn), Ursula Dütschler (vc)
Live concert in Rosmalen (Netherlands) June 13th, 2010 by Camerata 1800, a piano trio that plays on historical instruments.

〔参考文献〕


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2012/02/19
Mozart con grazia