| Mozart con grazia > カンタータ > 我らの喜びを高らかに告げよ |
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K.623 フリーメーソンのためのカンタータ「我らの喜びを高らかに告げよ」
■作曲 1791年11月15日 ウィーン |
自作目録に記載された最後の作品。 生前に完成された最後の作品。 メーソンのための曲の中で最大。 11月18日、ロッジ「新授冠の希望 Zur neugekrunten Hoffnung」の新しい礼拝堂の落成式のために作曲。 この頃、モーツァルトは重い病におかされていたが、ちょうどその日は体調が良かったらしく、作曲家自身の指揮で初演された。 そして2日後の11月20日、モーツァルトは再び病床の人となり、さらに2週間後の12月5日、帰らぬ人となった。 この年の7月頃からレクイエムの作曲をしつつ、自分自身の死を意識していたはずであったが、この曲の合唱は何と力強いことか。
歌詞はシカネーダー作と言われているが、ロビンズ・ランドンはシカネーダーの一座「フライハウス」にいた結社員カール・ルートヴィヒ・ギーゼケ(Karl Ludwig Gieseke, 本名メツラー)のものと考えている。 彼は「魔笛」の初演(1791年9月30日)のとき、奴隷役で出演した。 ところが、ギーゼケはのちに「魔笛」の台本の大部分を自分が書いたと主張したという。 なお、のちに彼はダブリンで鉱物学の教授となった。
後に(翌1992年)ロッジはモーツァルト未亡人と2人の遺児のためにこの作品を出版した。
■歌詞
| CHORUS Laut verkunde unsre Freude froher Instrumentenschall, jedes Bruders Herz empfinde dieser Mauern Widerhall Denn wir weihen diese Staette durch die goldne Bruderkette und den echten Herzverein heut'zu unserm Tempel ein. Laut verkunde unsre Freude | 合唱 高らかにぼくらの喜びを告げよ、 音楽の楽しい響きを広めよ、 兄弟一人一人の心よ、 この壁のこだまを受け取れよ、 すなわち、兄弟愛の金の鎖を通して、 ここにこの家を献堂するのだから、 そして今日ぼくらの礼拝堂に、 真の心の結合があるのだから。 高らかにぼくらの喜びを告げよ、 石井 宏訳 CD[KING 250E 1217] |
■演奏
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CD[KING 250E 1217] t=13'21 クレン Werner Krenn (T), クラウセ Tom Krause (Br), エディンバラ音楽祭合唱団 Edinburgh Festival Chorus, ケルテス指揮 Istvan Kertesz (cond), ロンドン交響楽団 London Symphony Orchestra 1968年、ロンドン、キングズウェイ・ホール |
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