| 17 age |
61 5 |
62 6 |
63 7 |
64 8 |
65 9 |
66 10 |
67 11 |
68 12 |
69 13 |
70 14 ▲ |
71 15 |
72 16 |
73 17 |
74 18 |
75 19 |
76 20 |
77 21 |
78 22 |
79 23 |
80 24 |
81 25 |
82 26 |
83 27 |
84 28 |
85 29 |
86 30 |
87 31 |
88 32 |
89 33 |
90 34 |
91 35 |
92 |
K.87 (74a) オペラ・セリア「ポントの王ミトリダーテ」Opera seria Mitridate, rè di PontoLibretto by V.A. Cigna-Santi ■編成 2 fl, 2 ob, 2 hr, 2 vn, 2 va, vc, bs ■作曲 1770年9月29日〜12月末 ボローニァ、ミラノ |
序曲と以下の3幕25曲から成る。
第1幕
(1) アリア(As)「迫り来る運命から」
(2) アリア(Si)「この心は安らかに耐えよう」
(3) アリア(Ar)「憎しみの心を抑え」
(4) アリア(As)「悲しみにこの胸は脈打ち」
(5) アリア(Si)「私は行きます」
(6) アリア(Fa)「たとえあの厳しい父が来て私を脅し、怒りに身を震わそうとかまわない」
(7) 行進曲 K.62
(8) カヴァータ(Mi)「月桂冠を頂いて」
(9) アリア(Is)「愛する方を目の前にして」
(10) アリア(Mi)「恩知らずの反逆者は」
第2幕
(11) アリア(Fa)「私の過ちを明るみに出しなさい、私の処罰を急ぎなさい」
(12) アリア(Mi)「お前はわしに誠実だ」
(13) アリア(Si)「愛する人よ、あなたから遠く離れ」
(14) アリア(As)「私の胸を締め付ける」
(15)
(16) アリア(Fa)「私は罪人です。非を認めます」
(17) アリア(Mi)「もう、わしは慈悲など捨てた」
(18) 二重唱(As,Si)「私がもう生きていられず」
第3幕
(19) アリア(Is)「ご存じですね、恋した方ゆえに」
(20) アリア(Mi)「わしは最後の運命に向かって行く」
(21) アリア(As)「青ざめた霊たちよ」
(22) アリア(Si)「非情な運命の厳しさが」
(23) アリア(Ma)「王国を治めたいのなら」
(24) アリア(Fa)「この目には曇りはすでにない。今や私の理性が」
(25) 五重唱 「カンピドリオに負けはしない」
登場人物(上記かっこ内の記号)と初演での配役
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1770年7月28日により、台本を7月27日に受取ったことがわかる。 ただし、作曲に本腰を入れて着手したのは2ヶ月以上もあとになる。 トリノで1767年に上演されたのはガスパリーニの作曲によるものであった。 史実に基づき、一筋縄ではゆかない人間の心理を描いたラシーヌの悲劇に14歳のヴォルフガングが曲を作るのは早すぎたとも言われている。
昨日、私たちはオペラの台本と歌手たちの名前お手に入れました。 オペラは『ポントの王ミトリダーテ』といいます。 この作品はトリノの詩人ヴィットーリオ・アメデーオ・チーニャ・サンティというひとが書いたもので、1767年同地で上演されました。[書簡全集 II] p.170
誰か見識のある人が --- レーオポルトは功名心に眼がくらんで見識を失っていた --- 少年にこう言うべきであったろう、「手を引きなさい! お前の力でこなせるものではないのだよ。 もっと成熟するのを待ちなさい。 それはお前が将来とも手に入れることのできる最高の、オペラ・セリアのリブレットなのだよ!」と。 そう言ったとしたら、おそらくそれが最高の言葉だったであろう。しかも作曲の時間はあまりなかった。 台本を受け取ったのち、モーツァルトはボローニャでマルティーニ神父の指導を受けながら10月9日のアカデミア・フィラルモニカの試験に備えていた。 その結果はよく知られているように、アンティフォン「まず神の国を求めよ」(K.86)を、並の人なら3時間以上かかるところ、半時間で仕上げて合格。 満場一致で名誉会員に推されたのであった。 そして13日にボローニャを出発し、18日にミラノ到着。 それから12月上旬までの約1ヶ月半の間に集中して作曲が行なわれ、ほとんど1日に1〜2曲というスピードで作曲したことになるが、少年作曲家は書き疲れて指が痛いと訴えている。[アインシュタイン] p.539
(1770年10月20日)さらに不幸なことに、さまざまな障害・妨害もあった。 レオポルトは妻へ次のようにボヤいている。
なつかしいママ、ぼくは沢山は書けません。 レチタティーヴォを沢山書いたため、指がとても痛いのです。 ぼくのため、ママ、お祈りをして下さい --- オペラがうまく行きますように、そしてぼくたちみんなが一緒に仕合せに暮らすことができますように。[手紙(上)] p.23
(1770年12月1日)しかし障害は外にあるだけでなかった。 レオポルトはボローニャ滞在中、めまい、坐骨神経痛、左肩のリューマチ、そして何よりも足にできた腫瘍に苦しんでいた。 特に左足の踵と指が夜どおし痛み、外出にも苦労するほどであった。 ミラノに向うまでにだいぶ回復したようであるが、冬の寒さに備えて防寒にはそうとう気を使っていた。 また、少年モーツァルトは伸び盛りの時期にあり、服のサイズが体に合わなくなっていたうえに、声変わりの時期でもあったので、自分の歌を声に出して歌えないことに苛立っていた。 それでも眠気やら疲れやらとたたかいつつ作曲に没頭していたことがこの時期の手紙から読み取れる。 彼は類稀れな天分で、内と外との障害が重なるなかで、次々と曲を書いていたのである。 歌手たちがそろわないなかで作曲しなければならず、そのため書き直しをせざるを得ないこともあった。
おまえはもうオペラができ上がっていると思っていることだろうが、大間違いです。 もしそれが私たちの息子のことだったら、オペラは二つは仕上がっていることでしょう。 でも、イタリアじゃ万事がまったくばかげた進み具合です。 それに、すっかりここで手紙に書くとしたら長たらしくなりすぎるので、いずれ全部話してあげます。 この手紙を書いている現在、プリモ・ウォーモはまだ当地に着いていません。 今日には確実に到着するはずです。[書簡全集 II] p.228
モーツァルトのオペラの中で、個々の番号曲について、これほどまで多くの異なった稿、スケッチ、断片、異文がある作品は、ほかにない。どんな陰謀があったのか具体的には、レオポルトがのちにマルティーニ神父に宛てた手紙の中に次のように書かれている。
(中略)
そうこうしている間にも、若き作曲家の背後で陰謀がめぐらされていた。 しかもドイツ人がイタリア・オペラを書けるはずがない、なにしろ、たしかにすばらしい名手だと認められているものの、伝えられるところによれば「劇場に必要な陰影法」に欠けているのだから、といったことも言い出されていた。[全作品事典] p.66
(1771年1月2日)並みの人間なら精神的にも肉体的にも困憊し、大曲の作曲を投げ出すところだろうが、モーツァルトの才能は計り知れない。 さまざまな苦労が実り、初演は12月26日、ミラノの大公宮廷劇場(テアトロ・レッジオ・ドゥカーレ)で行なわれた。 その初演にこぎ着けるまでの練習などについては、「書簡全集 II」(p.239以降)に詳しい。 余談であるが、その劇場は1717年にフランチェスコ・ガスパリーニ(Francesco Gasparini, 1668-1727)のオペラ『コンスタンティーノ』でこけら落としされた由緒深い劇場であったが、1776年に火災、全焼してしまったという。
彼らは音符のただひとつも見ぬ前から、この作品が野蛮なドイツ音楽であって、秩序もなければ深みもなく、オーケストラで演奏できないものだと言いふらしまして、そのため、ミラノ市民の半ばまでをして、第一オペラがまるで継ぎはぎだらけの作品だと思い込ませるほどでありました。 ある者は巧妙にもプリマ・ドンマのもとに、すべてトリノのガスパリーニ師の作品になる彼女用のアリア全曲ならびに二重唱までも、すなわちトリノ用に作られたアリアを持ち込み、良いアリアなどただのひとつも書けないはずのこの小僧のアリアなど一曲も受けつけずに、これらのアリアを取り上げるよう彼女を説得したのでした。[書簡全集 II] p.241
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
実際に練習が始まると歌手全員が満足し、オーケストラの全員も「このオペラは弾きやすく、音が澄んでいて豊かだ」と断言したことから、それまで中傷をやめなかった人たちは口を閉ざさるを得なかった。 そして上演は大成功だった。
結果として中傷屋は根こそぎにされる。 このオペラは22回も続けて上演されたのである(そのうち最初の3回はモーツァルト自身がチェンバロに坐って指揮をした)。この作品で、レオポルトは先に100ドゥカーテンを受取る契約書を手にし、作曲後は1625リラ(450グルデン)を受領しただけでなく、ミラノの3ヶ月間の滞在は無料になったという。 当然のことながら、レオポルトは妻に手紙にしっかりと書いている。[ソロモン] p.134
1770年12月29日さらに27日木曜日、29日土曜日にも好評のうちに再演された。 翌1771年1月2日のミラノ新聞には初演の模様が次のように報じられている。
おかげさまで、オペラの初演は26日におこなわれ、ひろく喝采を博しました。 しかもミラノではかつて起こったことのない二つのことが起こったのです。 つまり、(初演の晩の慣例に反して)プリマ・ドンナのアリアが一曲アンコールされたこと。 初演ではいつもはけっしてアンコールはしないものだからです。 それに第二点は、最後の幕の2、3のアリアをのぞいて、ほとんどすべてのアリアで、アリアが終わると、びっくりするような拍手喝采と《マエストロ万歳》、《マエストリーノ万歳》という叫び声が続いたことです。[書簡全集 II] p.228
去る水曜日、大公付劇場はオペラ『ポントの王ミトリダーテ』の上演を再開した。 趣味豊かな舞台装置だけでなく、優れた音楽、その豊かな表現能力で大方の賞賛を博している。 アントーニア・ベルナスコーニ女史の歌う数曲のアリアは極めて情感豊かであり、心をゆさぶるものがある。 わずか15才の若い楽長は自然の美を見ており、それを類いまれな程優美に表現している。アントーニア・ベルナスコーニは上記「登場人物」にある通りプリマ・ドンナ役である。 こうしてモーツァルトの第1回イタリア旅行は大成功のうちに終った。 ザルツブルクに帰郷したのは3月28日である。 そしてすぐ、短いオペラ(劇場用セレナータ)「アルバのアスカニオ」(K.111)の注文を受け、8月には第2回のイタリア旅行をすることになる。[ドイッチュ&アイブル] p.102
■あらすじ
小アジアの国ポントの王ミトリダーテがローマとの戦いに敗れて帰国するところから劇は始まる。 王が戦死したとの噂から、2人の息子ファルナーチェとシファレは争う。 王妃アスパージアはシファレに愛を打ち明けるが、王ミトリダーテへの義務を果たすために、去って欲しいと頼む。 シファレは応じて、別れを告げる。 帰国した王は、ローマと通じていたファルナーチェの裏切りを知り、死刑を宣告する。 鎖に繋がれたファルナーチェはアスパージアとシファレの関係を王にばらしてしまう。 息子たちと王妃アスパージアの背信に激怒した王は慈悲を捨てたと歌う。 そこへローマが攻め込んで来る。 シファレは父のために戦い、親子の和解が成る。 ファルナーチェはローマ人マルツィオに助けられるが、良心の呵責から、やはり父のためにローマと戦う。 二人の息子の忠信に安心して王は倒れる。
■全曲演奏
![]() |
LD [BMGビクター BVLO-14〜15](2枚組) t=153分 グシュルバウア指揮リヨン・オペラ座管弦楽団, 演出 ファル Jean-Claude Fall アスパージア Aspasia, ケニー Yvonne Kenny (S) ; シーファレ Sifare, パトナム Ashley Putnam (S) ; ファルナーチェ Farnace, ブーザー Brenda Boozer (Ms) ; イズメーネ Ismene, ロザリオ Patricia Rozario (S) ; アルバーテ Arbate, デュボスク Catherine Dubosc (S) ; ミトリダーテ Mitridate, ブレイク Rockwell Blake (T) ; マルツィオ Marzio, パピス Christian Papis (T) 1986年 |
■一部演奏
![]() |
CD [PHILIPS 28CD-3235] (13) t=8'16 キリ・テ・カナワ Kiri Te Kanawa (S), テイト指揮 J. Tate (cond), イギリス室内管弦楽団 English Chamber Orchestra 1987年6月、ロンドン |
![]() |
CD [RCA BVCC-715] (6) t=7'14, (16) t=4'03, (24) t=8'32, (11) t=3'13 シュトゥッツマン Nathalie Stutzmann (contralto), スピヴァコフ指揮 V. Spivakov (cond), モスクワ・ヴィルトーゾ室内管弦楽団 Moscow Virtuosi 1994年7月、ノイマルクト |
![]() |
CD [DECCA 466 196-2] (6) t=7'06 ショル Andreas Scholl (counterT), ノリントン指揮 Sir R. Norrington (cond), Orchestra of the Age of Enlightenment 1998年 |
■関連
交響曲 「ミトリダーテ」ニ長調
|
■演奏
![]() |
CD [ポリドール FOOL-20364] t=5'51 ホグウッド指揮エンシェント室内管弦楽団 1978年頃 ※ドナウエッシングで発見された写譜により演奏 |
| Home | K.1- | K.100- | K.200- | K.300- | K.400- | K.500- | K.600- | App.K | Catalog |