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ヴィレム・ファン・ナッソーの歌による7つのピアノ変奏曲 ニ長調 K.25Seven variations in D for piano on the Dutch song "Willem van Nassau"
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ナッソー(Willem van Nassau)の主題による。
オランニエ公女ナッサウ・ヴァイブルク侯妃カロリーネ(Caroline von Nassau-Weilburg, 1743-87)のために。
短調の変奏はなく、前曲 K.24 と双子の作品。
ただし、前曲に比べ、左手の動きは格段に上回っている。
父レオポルトは、西方への大旅行中の1766年5月16日、パリからザルツブルクの家主ハーゲナウアーに宛てた手紙で
オランダではくまなくだれもが歌ったり、吹いたり、口笛を吹いたりしている旋律を主題にして、いそいで書き下ろしたものです。と書き残している。<海老沢敏・高橋英郎「モーツァルト書簡全集 I」(白水社)p.257>
なお、カロリーネはオランニエ公ヴィレム4世の娘で、ヴィレム5世の姉。1760年、フォン・ナッサウ・ヴァイルブルク侯(Carl Christian Prinz von Nassau-Weilburg)と結婚。 歌うのが上手であったが、ピアノ(チェンバロ)の腕前もたいしたものだったという。 モーツァルトは6曲のピアノ・ソナタ(K.26, K.27, K.28, K.29, K.30, K.31)を「作品 IV」として献呈したほか、アリア(「誠実に身を守れ」 K.23)も作曲している。 さらに1778年1月17日付けの手紙で、モーツァルトは「シンフォニーを1曲献呈するつもりです」と書き、同月24日付けの手紙ではレオポルトが「ヴォルフガングは公妃様に差し上げるためにアリアやシンフォニーを用意してきた」とも書いているが、残念ながら不明。
ところで、この曲が作られた頃、まずヴォルフガングが重い病気にかかり、それが良くなると今度はレオポルトがベッドから立ち上がれないほどの病気になり、さらに次には姉ナンネルが重いチブスにかかっていた。
■演奏
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CD [EMI TOCE-11557] t=4'19 ギーゼキング Wlater Gieseking (p) 1953年8月18日、ロンドン、No.3 Studio, Abbey Road |
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CD [PHILIPS PHCP-3673] t=6'36 ヘブラー Ingrid Haebler (p) 1975年11〜12月、アムステルダム、コンセルトヘボウ |
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CD [SYMPHONIA SY-91703] t=8'13 アルヴィーニ Laura Alvini (hc) 1990年8月、Teatro "A. Ponchielli" di Cremona ※デュルケン(1747)モデルのチェンバロ(1983)で演奏。 |
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CD [EMI TOCE-7514-16] t=9'24 バレンボイム Dniel Barenboim (p) 1991年3月2〜5日、Bavaria Musik Studio |
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CD [NAXOS 8.550611] t=7'06 ニコロージ Francesco Nicolosi (p) 1991年12月16〜22日、 the Moyzes Hall of the Slovak Philharmonic in Bratislava |
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