ピアノのための幻想曲と変奏曲
Fantasies and variations for piano
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この区分は「新全集」のものではない。
「新全集」では変奏曲は一つの独立した区分となっていて、幻想曲は「ピアノのためのソナタ、幻想曲、ロンド」という区分に含まれている。
ここでは編者の勝手な分類を容赦願いたい。
幻想曲はバロックのトッカータ風の即興的な楽想を随所にもち、自由な構成で、テンポや調性をしばしば動かすなどの共通の特徴がある。
このジャンルの作品には大バッハの影響があるという。
以下、作曲年順に並べる。
■作曲 1765年 ロンドン
自筆譜も出版譜もなく、資料となるものがない。
レオポルトによる初期のモーツァルト作品目録(1768年)には記載がなく、ブライトコップ・ヘルテルの「モーツァルトの手稿目録」に載っているのみ。
■作曲 1766年3月7日以前 ハーグかアムステルダム
オランダのハーグ宮廷楽長グラーフ(Christian Ernst Graaf, 1723-1804)がオランニエ公ヴィレム5世の叙任ために作った歌曲を主題に。
西方への大旅行中のモーツァルトは1765年8月イギリスから大陸に戻り、9月にオランダでグラーフと知り合い、翌1766年にこの曲を作ったといわれる。
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K.25 7つのピアノ変奏曲
■作曲 1766年3月7日以前 ハーグかアムステルダム
ナッソー(Willem van Nassau)の主題による。ヴァイブルク侯妃カロリーネのために。前曲 K.24 と双子の作品。
このテーマはさらに「ガリマティアス・ムジクム」K.32の終曲のフーガ(ヘ長調)にも使われる。
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■作曲 1773年9月? ウィーン
サリエリのオペラ「ヴェネチアの市 La fiera di Venezia」のアリア「わが愛しきアドニス Mio caro Adone」の第1ヴァイオリン主題による。
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■作曲 1774年12月6日以前(夏?) ザルツブルク
フィッシャーのオーボエ協奏曲終楽章ロンドのメヌエット主題をもとに作られたので、「フィッシャー変奏曲」と呼ばれる。
フィッシャー(Johann Christian Fischer, 1733-1800)は当時有名なオーボエ奏者だった。
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■作曲 1778年春か夏 パリ
ボーマルシェの「セビリヤの理髪師」の「私はランドール Je suis Lindor.」を主題に。
ただしその曲はボドロンの作という。
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■作曲 1781年か82年? ウィーン
オペラ「Julie」のために1777年に作られたドゥゼット Dezette のアリア「ああ、お母さん、聞いて下さい。Ah, vous dirai-je, Maman.」を主題に。
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■作曲 1781年か82年? ウィーン
これも前曲同様78年作と見られていた。パリの流行歌「美しいフランソワーズ La belle Françoise」を主題に。
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■作曲 1778年8月末か9月 パリかザルツブルク
ドゥゼード Dezède の音楽劇「ジュリー Julie」の「眠れるリゾン Lison dormait.」を主題に。
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■作曲 1781年6月 ウィーン
グレトリーのオペラ「サムニウム人の結婚 Les Marriages Samnites」の合唱曲「愛の神 Dieu d'amour」を主題に。
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- プレリュード Adagio
- フーガ Andante maestoso
■作曲 1782年4月 ウィーン
プレリュードと3声のフーガ。コンスタンツェに。
スヴィーテン男爵を通して知ったJ.S.バッハの影響を受けて。
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■作曲 1782年8月か9月 ウィーン
断片。
原曲はピアノとヴァイオリンのためのソナタで、コンスタンツェに。
モーツァルトの死後シュタドラーが補筆し、ヴァイオリン部を省いてピアノ曲(幻想曲)として完成。
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■作曲 1782年初? ウィーン
断片。自筆譜ない。作曲の動機や時期は推定。初版は1804年。
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■作曲 1783年か84年 ウィーン
当時コミック・オペラ作家として活躍していたパイジェルロのオペラ「哲学者気取り I filosofi immaginarii」の中の「主よ、幸いあれ Salve tu, Domine」を主題に。
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■作曲 1784年6月 ウィーン
サルティのオペラ「他人の喧嘩で得をする」のミンゴーネのアリア「仔羊のごとく Come un agnello」から。
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K.455 グルックの主題によるピアノのための10の変奏曲 ト長調
■作曲 1784年8月25日 ウィーン
グルックのオペラ「メッカの巡礼者 Die Pilgrime von Mekka」の中のアリエッタ「愚民の思いは Unser dummer Poebel meint」から。
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K.475 ピアノ幻想曲 ハ短調
■作曲 1785年5月20日 ウィーン
フォン・トラットナー夫人に。
ピアノソナタK.457の前奏曲として出版された(1785年)ので、一緒に演奏されることが多い。
ウィーンで受けたバッハ、ヘンデルの影響を消化した名作と知られる。
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K.500 12のピアノ変奏曲 変ロ長調
■作曲 1786年9月12日 ウィーン
アレグレットの創作(?)主題による。
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K.511 ピアノのためのロンド イ短調
■作曲 1787年3月11日 ウィーン
明るく軽やかというロンドの性格に反して、アンダンテの主題が何かの嘆きを代弁しているかのようだ。
作曲の動機は不明だが、父の死を予感しているのか。
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■作曲 1788年7月10日以後
ケッヘル初版ではK.54, 第2版ではK.Anh.138a, そして第3版ではK.547aの一部、第6版からは別のソナタとしてK.547bとなった。
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K.573 9つのピアノ変奏曲 ニ長調
■作曲 1789年4月29日 ポツダム
デュポール(Jean Pierre Duport 1741-1818)のチェロ・ソナタのメヌエットにより。
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Fantasia for piano in F minor (fragment)
■作曲 1789年 ウィーン
自筆譜は1933年に競売にかけられてから行方不明。
アインシュタインはフーガK.383bの導入部と考え、1782年に位置づけたが、プラートは自筆譜が「コシ・ファン・トゥッテ」第2幕スケッチの裏に書かれてあったことから1789年とした。
■演奏
Theme in C to the variations for organ or piano (fragment)
■作曲 1783年 ウィーン
自筆譜はザルツブルク・モーツァルテウムにあり、タイソンによると1783年のものという。
従来は1782年の成立とされていた。ただしその説が完全に否定されているわけではない。
■演奏
K.613 8つのピアノ変奏曲 ヘ長調
■作曲 1791年3月 ウィーン
ベネディクト・シャック(Benedikt Schack, 1758-1826)の歌芝居「馬鹿な庭師 Der dumme Gartner」のリート「女ほど素晴らしいものはない Ein Weib ist das herrlichste Ding」を主題に。
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2010/04/04