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K.201 (186a) 交響曲 第29番 イ長調
■作曲 1774年4月6日 ザルツブルク |
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3回目のイタリア旅行からザルツブルクに帰って間もなく作られた第22番から第30番までの9つの交響曲の自筆譜は父の手でまとめられ合本とされた。 そのいわゆる「レオポルト合本」と呼ばれる交響曲集の第8番。 作曲された日付順では第7番。 その中で、1773年冬からの三部作「第28番 ハ長調 K.200」、「第25番 ト短調 K.183」、「第29番 イ長調 K.201」は1788年の三大交響曲を予兆するものだとよく言われる。 オカールは全交響曲中でこれらを最も素晴らしいものと言い、特にこの K.201 を最高に評価している。
私としては、モーツァルトの全交響曲のうちでも、その後の彼が円熟期に成し遂げた技術的進歩がいかなるものであるにせよ、好みの点からいって1773年のこの三部作が最も素晴らしいとためらわずにいいたい。また、アインシュタインも次のように絶賛している。
新鮮さ、素直さ、ほとばしる旋律、優雅さ、といったすべてのものが若々しい力の爆発のなかで輝いている。 モーツァルトがイタリアで得た教訓を何一つ忘れてはいないことが感じられる。 歌うような美しさが、ここにはうっとりするほど存分に繰り広げられているからだ。
私は「交響曲イ長調」を最も高く評価するが、それはのちの偉大なピアノ協奏曲にしか見られない凝縮したポエジーのゆえである。[オカール] pp.42-43
弦楽器、オーボエ、ホルンというきわめてつつましい編成のために書かれたイ長調シンフォニーについては、弦楽器による開始部がトゥッティで反復される様子を観察すれば十分である。 これは、室内楽の精緻さによる、単に装飾的なものからのシンフォニー救出の必然を把握する、新しい感情である。 楽器がその性格を変える。 ヴァイオリンはより精神的になり、管楽器はいっさいの騒がしいものを避け、装飾はいっさいの因習的なものを避けている。 弦楽四重奏曲の一楽章のように精緻に形成されているアンダンテでは、二対の管楽器がふえているだけである。 アレグロ・コン・スピリートのフィナーレは、モーツァルトがかつて書いた最も豊かで劇的な展開部を持っている。 われわれはすでに「イタリア風シンフォニア」から、なんと無限に遠くへだたってしまったことか! イタリアでは、誰がこのような作品を生みだしたろう!モーツァルト自身もこれらの作品の出来栄えには満足していたと思われる。 8年後の1782年4月10日の父への手紙で「スヴィーテン男爵のところへ毎日曜12時に行っている」ことを知らせていて、そこではおもにバッハやヘンデルの作品を研究していたが、音楽通の男爵に聴いてもらうためにモーツァルトは自分の自信作を演奏していた。 1783年1月4日の手紙では、父に をできるだけ早く送ってほしいと頼んでいる。 これらの交響曲を聴いてスヴィーテン男爵(当時40歳)は具体的にどんな感想を述べたのかわからないが、モーツァルトのパトロンとして最期まで支え続けていたことを考えると、賞賛したであろうと思われる。[アインシュタイン] pp.309-310
なお、上記の曲を伝える手段として「曲名」ではなく「曲首5小節」を書いているが、モーツァルトの記憶の中には言葉ではなく旋律が残っていたのであろうか。 それとも文字だけでは不正確で、音符を示すことで作品が特定されると考えていたのだろうか。 彼がそのような画期的な方式で自作目録を作り始めるのは1784年2月9日(ピアノ協奏曲 第14番 変ホ長調 K.449)からである。 とにかく、その楽譜の一部を見ただけで父レオポルトはすぐに曲を特定できたようである。
■演奏
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CD [WING WCD 46] t=20'45 ワルター指揮 Bruno Walter (cond), ニューヨーク・フィル The Philharmonic-Symphony Orchestra of New York 1956年3月、ニューヨーク・カーネギー・ホール |
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CD [WPCS-22033] t= カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団 1962年 |
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CD [ポリドール F35L 50313] t=30'48 ホグウッド指揮 Christopher Hogwood (cond), エンシェント室内管弦楽団 The Academy of Ancient Music 1979年、ロンドン |
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CD [Deutsche Grammophon 429 803-2] t=24'26 ベーム指揮ウィーンフィル 1981年? |
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CD [ANF S.W. LCB-102] t=22'19 カラヤン指揮 Herbert von Karajan (cond), ベルリン・フィル Berlin Philharmonic Orchestra 1982年、ザルツブルク |
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CD [PMG CD 160 113] t=30'00 Alexander von Petamic (cond), Camerata Labacensis 演奏年不明(1988年以前) |
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CD [TELARC PHCT-1248] t=28'25 マッケラス指揮 Sir Charles Mackerras (cond), プラハ室内管弦楽団 Prague Chamber Orchestra 1987年7月、プラハ、芸術家の家 |
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CD [WPCS-6155/6] t=23'24 コープマン指揮 Ton Koopman (cond), アムステルダム・バロック管弦楽団 The Amsterdam Baroque Orchestra 1987年8月、アムステルダム |
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CD [Membran 203300] t=19'50 Alessandro Arigoni (cond), Orchestra Filarmonica Italiana, Torino 2004年 |
■引用文献
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