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■編成 fl, 2 cl, 2 fg, 2 hr, 2 tp, timp, 2 vn, va, bs
■作曲 1788年6月26日 ウィーン
約2ヶ月という信じられないような短期間に連作された不朽の名作、いわゆる三大シンフォニー「変ホ長調 K.543」、「ト短調 K.550」、「ハ長調 K.551」の第一作にあたる。 冒頭にアダージョの序奏をもつ。 楽器編成において、オーボエを用いていない。 かわりにクラリネットが用いられている。 これは彼の後期交響曲で唯一であるばかりでなく、その他の作品を見渡しても珍しいことである。
作曲の動機は不明であるが、アインシュタインは「夏にシンフォニーを書くのは異例のことであり、おそらく、1789年の冬に数回のアカデミーを開催できると希望していたのであろう」と推測していた。 なお、アカデミーとは作曲者自身の演奏によるコンサートのことである。 ただし、これら3曲を演奏する機会がなく、モーツァルトは指揮することも、聴くこともなかったと思われていた。 確かに作曲の動機を示す記録も、実際に演奏されたという記録も残っていない。 この点については、ソロモンが「父の死によって家族の往復書簡が途絶えたことが惜しまれる」と言う通りである。 その上で、ソロモンも
最後の3曲のシンフォニーは、これらのコンサートに使用するつもりで書かれたか、あるいは、イギリスに持参するために書かれた、ないしはその二つの目的を兼ねて書かれたと見るのが妥当であろう。 その際おそらくモーツァルトは、かつては自分のコンサートの目玉であったピアノ協奏曲の代りに新しいレパートリーを提供して聴衆の興味を引こうと考えたのであろう。と説明している。 さらに、生前の演奏があったかどうかについても、最近はその可能性があったとする説が有力である。 ロビンズ・ランドンは、作曲された作品の当時の流通経路を念頭に石井宏訳「モーツァルト」 新書館 p.652
クレスミュンスター修道院にある譜面、あるいはフィレンツェの大公図書館、ブダペストのエステルハージ家古文書、ハンブルク宮にあるエッティンゲン・ヴァラーシュタイン図書館などに収められている最後の三曲のシンフォニーの極めて興味深い写譜を調べて見ると、それらは総譜と異なるところがあり、明らかに総譜から写されたものではなく、オリジナルのパート譜(喪失)のほうを写したものであることが判る。と主張し、作曲者の生前に演奏された可能性があるとした。 その一つが1790年10月15日フランクフルトで行われた演奏会であり、そのときのプログラムに石井宏訳「モーツァルト」 中央新書 p.172
楽長モーツァルト氏は市立大劇場で自己のための大演奏会を催す。と書かれてあるものとみられている。 ただし、これにはベントハイム・シュタインフルト伯爵の記録
第一部 モーツァルト氏の新しい大交響曲。 シック夫人の歌うアリア。 楽長モーツァルト氏の作曲、演奏によるフォルテ・ピアノのための協奏曲。 チェカレリ氏の歌うアリア。
第二部 楽長モーツァルト氏自身の作曲による協奏曲。 シック夫人とチェカレリ氏による二重唱。 交響曲。ドイッチュ&アイブラー「ドキュメンタリー モーツァルトの生涯」(井本訳) シンフォニア p.236
最初はずっと以前にモーツァルトから聞いたことのある美しい交響曲。があるので、このとき、いわゆる三大シンフォニー(のどれか)が演奏された可能性は低いと言わざるを得ない。 しかし、このような演奏会がほかにもあったかもしれず、たとえば1791年4月16日と17日、
・・・
最後の交響曲は演奏されなかった。 2時近くなってしまい、皆が食事にと求めたからである。 つまり演奏会は3時間かかった。 作品毎に非常に長い休憩があったからこんなことになったのである。ドイッチュ&アイブラー(井本訳) 同書 p.237
帝室王室国民宮廷劇場で、設立された音楽芸術家協会によってその未亡人、遺児達のために大演奏会が開かれる。 演目は次の通り。という記録も残っている。 このコンサートはサリエリの指揮によるものであるが、そのとき演奏された大交響曲とは「ト短調 K.550」であろうと考えられている。 断定的なことは言えないが、ロビンズ・ランドンが主張するように、「生前には演奏されなかった」というのは「神話」であり、「ウィーンで演奏されたことがある」と推測することに不都合はない。 現実主義者のモーツァルトが何の当てもなく、内的要求のみに従って書き残したものとは考えにくい。 むしろ、わずか約2ヶ月という短期間に(急いで)3曲も仕上げていることには、それらを必要とする緊急の理由と機会があったと考える方が自然であり、この「変ホ長調交響曲」がモーツァルト自身による指揮で演奏されたことがあると思われる。
1 モーツァルト氏の作曲による大交響曲
2 オペラ『フェードラ』より抜粋ドイッチュ&アイブラー(井本訳) 同書 p.241
最後の三大交響曲のうち、ト短調とハ長調については多くの論評があるのに対し、この変ホ長調交響曲は「職人芸的な構成や卓越した霊感に欠けてはいないのに、比較的冷遇されているのは謎である」とザスローが述べている通り、あまり取り上げられることがない。 3曲の作品の関係についても、アインシュタインは
もはや注文もなく、直接の意図もない。 あるのは永遠への訴えである。 これらは連作であろうか? モーツァルトは一つの内面的な衝動に従っただけでなく、なにかのプログラムにも従ったのだろうか? 三曲の順序は意図されたものだったのだろうか? わたしはそうは思わない。 たといモーツァルトが『ジュピター・シンフォニー』から書きはじめ、変ホ長調あるいはト短調シンフォニーを最後に書いたとしても、それに意味を見いだすには大した才智もいらないであろう。といい、序奏をもつこの変ホ長調交響曲の位置づけについても無頓着である。 はたして、そうであろうか。 モーツァルトが短期間に同じジャンルの作品をいくつか書くとき、それらの順序は意味をもっていなかっただろうか。 礒山はモーツァルトが「三部作」とみなしていた可能性を認め、浅井真男訳「その人間と作品」 白水社 pp.322-323
これら三曲の並び方を変えてみたら、どうだろうか。 変えようにも、変えられないことがわかる。 《変ホ長調》のみが、堂々たる序奏をもっている。 これは最初に置くからこそ意味があるのであり、途中には置けない。 その序奏を、三作品全体への序奏ととることも、あながち不可能ではない。と書いているが、まさに通りであろう。 そうしてはじめて、作曲者がこの変ホ長調交響曲に与えた歌謡性という特徴がわかるのではないだろうか。 3つの作品はそれぞれの特徴をもって演奏されて、はじめて生きてくるのではないだろうか。 ブレッヒはかつて次のように言っていた。礒山雅「モーツァルト 二つの顔」 講談社 p.172
変ホ長調交響曲の最初の幅広く織りひろげられたすばらしい歌謡主題を、充分な表現と充分な感情と充分な歌とをもって演奏してはいけないのか、なんとしても納得することができない。 ・・・ 最初の主題を無表情に演奏した場合は、意図された対照効果をたちまち捨て去ってしまうことになるのである。
蛇足になるが、第1楽章アレグロについて、アインシュタインは
おそらくは1783年8月14日に作曲されたミヒャエル(ハイドン)のシンフォニーの冒頭部─当時モーツァルトはザルツブルクにいて、この作品を知っていたであろう─が刺激を与えたのだと推測される。といっている。浅井訳「その人間と作品」 p.183
■演奏
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CD[CBS Odyssey MBK 44778] t=26'34 ワルター指揮 Bruno Walter (cond), コロンビア交響楽団 Columbia Symphony Orchestra 1960年、カリフォルニア |
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CD[SONY SRCR 8550] t=30'47 バーンスタイン指揮 Leonard Bernstein (cond), ニューヨーク・フィルハーモニック New York Philharmonic 1961年3月 |
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CD[POLYDOR POCG-9536〜7] t=25'09 ベーム指揮 Karl Boehm (cond), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 Berlin Philharmonic Orchestra 1966年2月 |
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CD[ANF S.W. LCB-103] t=24'32 ベーム指揮 Karl Boehm (cond), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 Berlin Philharmonic Orchestra 1976年9月 |
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CD[DENON 20CO-2808] t=32'15 サヴァリッシュ指揮 Wolfgang Sawallisch (cond), チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 Czech Philharmonic Orchestra 1978年6月、プラハ |
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CD[PHILIPS PHCP-10552] t=31'01 ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ 1988年 |
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CD[BMG ARTE NOVA BVCC-6012] t=27'56 ギーレン指揮 Michael Gielen (cond), 南西ドイツ放送交響楽団 SWF Symphony Orchestra 1994年4月 |
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CD[CAMPANELIA Musica C 130076] (3) t=3'18 ズュス (hp), シュトル (cb) 1998 |
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CD[Membran 203300] t=25'07 Alessandro Arigoni (cond), Orchestra Filarmonica Italiana, Torino 演奏年不明 |
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