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K.200 (189k) 交響曲 第28番 ハ長調
■作曲 1774年11月17日か12月 ザルツブルク |
3回目のイタリア旅行からザルツブルクに帰って間もなく作られた第22番から第30番までの9つの交響曲の自筆譜は父の手でまとめられ合本とされ、作曲時期が消された。 旧全集はその合本通りの順で取り上げたが、その後、消された日付は解読され、次の順になった。
曲順はともかくとして、上の連作中で、「ト短調 K.183、ハ長調 K.200、イ長調 K.201」の3曲は、1788年の最後の三大交響曲(変ホ長調 K.543、ト短調 K.550、ハ長調 K.551)の予兆と言われる。 アインシュタインは次のように評している。
初期の段階において、狭い枠のなかのものであるが、1788年の最後の三大シンフォニーと同等の完成度を示すのである。 すなわち、ハ長調シンフォニー(K.200、1773年11月)、ト短調シンフォニー(K.183、1773年末)、イ長調シンフォニー(K.201、1774年はじめ)である。 ハ長調シンフォニー(K.200)の第1楽章では、古い祝祭的気分の代りに新しい興奮が感ぜられ、主題素材のいっそう巧緻な形成、いわばこれまでは未発達だった身体の新しい関節のようなものが認められる──各楽章がそれぞれコーダを持っていることは特徴的である。 緩徐楽章は持続的であって、すでにアダージョへの途上にあり、ホルンを際立たせるメヌエットはもはや間奏曲や挿入物ではない。 さらにフィナーレはモーツァルトの発展の里程標である。 もし案出があまりにもイタリア風にブッフォ的でなかったら、独奏(2つのヴァイオリン)とトゥッティとの対話や、終結部のオーケストラのすざまじいクレッシェンドを持つこのプレストを、『後宮からの逃走』(K.384)の序曲として使うこともできたであろう。オカールは浅井真男訳「その人間と作品」白水社 p.308
私としては、モーツァルの全交響曲のうちでも、その後の彼が円熟期に成し遂げた技術的進歩がいかなるものであるにせよ、好みの点からいって1773年のこの三部作が最も素晴らしいとためらわずにいいたい。と絶賛している。 モーツァルトは4年後の1778年に母と二人で就職活動のためパリを訪れた際、この1773〜74年頃のシンフォニーを出版しようとしたことがあるらしい。 そのとき、ザルツブルクにいて息子の一部始終をコントロールしていた父レオポルトが1778年9月24日に書いた
新鮮さ、素直さ、ほとばしる旋律、優雅さ、といったすべてのものが若々しい力の爆発のなかで輝いている。 モーツァルトがイタリアで得た教訓を何一つ忘れていないことが感じられる。 歌うような美しさが、ここにはうっとりするほど充分に繰り広げられているからだ。西永良成訳「モーツァルト」白水社 p.42
おまえの名誉にならないものは、知られないほうがいいのです。 だからおまえのシンフォニーはどれも人の手に渡しませんでした。 おまえが成人して、分別がつくようになったら、これらのシンフォニーは、おまえがそれを書いた当時は自分でそれに大満足だったにしても、だれもこれらの曲を持っていないのをおまえはうれしく思うだろうって、私は前から知っていたのです。 人はだんだんと選り好みをするようになるものです。に対して、ザスローがレオポルトを非難しているのはまったく正当である。 息子がどれほどの高みに達していたか、父にはもはや理解できなかった。 レオポルトが求めていたのは「父子の俸給で、安心できる境遇で、安楽に暮す」ことであった。海老沢&高橋編訳「モーツァルト書簡全集 IV」白水社 p.294
第2楽章は印象的である。 大部分は弦楽だけで演奏され、室内楽のような趣きがある。 その半分を過ぎたあたりで管の強い響きで一瞬の緊張が走るが、また何事もなかったかのように弦だけの演奏に戻る。 そして楽章の終りに管が目立たないが効果的な彩りを与えている。
なお、この一連の作品のあと、ザルツブルクでモーツァルトが交響曲を書く機会はなく、セレナードからの改編やオペラの序曲用を除いて、本格的な交響曲は1778年の「第31番ニ長調 パリ」 K.297 まで作曲されない。
■演奏
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CD [ポリドール FOOL 20371] t=25'25 ホグウッド指揮 Christopher Hogwood (cond), エンシェント室内管弦楽団 Academy of Ancient Music 1979年 |
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CD [TELARC PHCT-1248] t=21'26 マッケラス指揮 Sir Charles Mackerras (cond), プラハ室内管弦楽団 Prague Chamber Orchestra 1987年7月、プラハ、芸術家の家 |
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CD [Membran 203300] t=16'30 Alessandro Arigoni (cond), Orchestra Filarmonica Italiana, Torino 2004年? |
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