Mozart con grazia > ミサ曲 > ハ長調 「雀ミサ」
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K.220 (196b) ミサ曲 第8番 ハ長調

通称「雀ミサ」
  1. キリエ Allegro
  2. グロリア Allegro
  3. クレド Allegro
  4. サンクトゥス Andante
  5. ベネディクトゥス Andante (ト長調)
  6. アニュス・デイ Adagio
編成 SATBs, Chor, 2 tp, 3 tb, timp, 2 vn, bs, og
作曲 1775年か76年 ザルツブルク?

ミサ・ブレヴィス。 自筆譜が失われてしまったため、成立について不明。 その背景をたどると、以下のようである。 18歳のモーツァルトは1774年12月6日、オペラ「偽の女庭師」の上演のために父レオポルトとミュンヘンへ出発した。 翌1775年1月3日、姉ナンネルがロビニッヒ家の人たちとミュンヘンにたった。 そして13日にミュンヘンのザルヴァートル劇場でオペラが初演された。 このときザルツブルクでは母マリア・アンナひとり留守を預かっていた。 1775年2月15日、レオポルトはマリア・アンナに手紙を送っているが、その中で

去る日曜日にはヴォルフガングの小ミサ曲が宮廷礼拝堂で演奏され、私が指揮をしました。 日曜日にはまたもう一曲が演奏されます。
海老沢&高橋編訳「書簡全集II」白水社 p.470
と書いている。 ここに書かれたミサ曲は「ヘ長調 K.192」と「ニ長調 K.194」だろうと思われている。 このような機会があったことを引き合いに、アインシュタインはこのミサ曲「ハ長調 K.220」がミュンヘンで作曲されたのはほぼ確実であると推測した。 ヴォルフガングと父姉の3人は、3月7日に母の待つザルツブルクに帰った。 したがって、もしミュンヘンで作曲されたとするなら、1774年12月から1775年2月の間ということになる。 そこで与えられた位置づけはオペラ「偽の女庭師 K.196」の直後の K.196b である。 ただし、アインシュタインは「ミュンヘンで演奏するのが目的ではない」と断定し、ザルツブルク大司教コロレドの命令によって作曲したものであると推測した。
突然コロレドの命令があったのだと信じる。 彼は命令することによって、モーツァルトを遠方からでもいささか束縛しておきたかったのである。 そしてモーツァルトは実際急いで、また彼の雇用主に、《欲しいものは確かにとどけてやったぞ!》とほもめかしたがってでもいるような仕方で、この命令を片づけているのである。 クレドにおけるヴァイオリンの伴奏音型のために、南ドイツの教会音楽家の通り言葉で、《雀のミサ曲》と呼ばれているこのミサ曲は、《最略式ミサ曲》と名づけてもよかろう。
浅井真男訳「その人間と作品」白水社 p.453
このように、大司教の命令に反発しているかのように書かれたとされているこの曲は「ミサ・ブレヴィッシマ Missa brevissima」あるいは「雀ミサ Spatzenmesse」と呼ばれて今日に至っている。 ド・ニもアインシュタインの説を支持し、「ミュンヘンのために作曲されたのでは絶対にありえない」理由を、
楽器の構成がザルツブルクの司教座聖堂のための宗教音楽とまったく同じで、加えてたとえば、和声的で小規模なこと、対位法がほとんど用いられていないこと、さらにはトランペットやティンパニを使用していて陽気なことなど、コロレド大司教の課した規則や好みにまさに合致しているからである。 だからこの曲は大司教が、隣国のバイエルン選帝侯のところで稼いでいる自分の使用人に、誰のために仕事をしなければならないのかを思い出させるために作曲させたものであろう。
相良憲昭訳「モーツァルトの宗教音楽」白水社 p.43
と説明している。 ただし、作曲の時期については1775年かどうか確かではなく、1776年初め頃かもしれず、さらに場所もミュンヘン滞在中ではなく、ザルツブルクで書かれたのかもしれない。 また、「雀ミサ」という渾名について、ド・ニは
キリエやとくにサンクトゥスなどのアレグロの部分で、ヴァイオリンが高音域でかなでる、いくつもの動機にちなんでいるが、この鳥のさえずりの模倣は実に風変わりで、むしろ「鳥のミサ」といったほうがよかったのではないだろうか。
同書 pp.43-44
と言っている。 そして、アインシュタインが「モーツァルトの最も気の抜けた、あまりにもザルツブルク的な教会音楽だ」という感想に対しては
これほど陽気なミサ曲は、モーツァルトの作品には他にない。 教会音楽は先天的に純粋で荘厳で、かつ壮麗でなければならないとするロマン派的論理のおかげで、典礼音楽にあっては、陽気さなどは問題外の扱いをされてきた。
しかし、太陽の光がさんさんと降りそそぐ五月の日曜日に、ウィーンのホフブルクの教会の昇天祭の荘厳ミサでこの曲を聴いたりすると、その祝日の精神的な雰囲気を表わすにはもってこいのミサ曲だと思えるのである。
同書 p.44
と異議を唱えている。 さらに、「この曲を注意深く検討すれば」と前置きして、いくつかの点を指摘した上で、
おそらくモーツァルトはこの「雀ミサ」で初めて、当時の流行的な音楽と自己の独自のスタイルを完全に合致させたといいうるのではないだろうか。
同書 p.45
と続けている。

演奏
CD[PHILIPS PHCP-3596] t=17'12
ウィーン少年合唱団 Wiener Sängerknaben, コルス・ヴィエネンシス Chorus Viennensis, グロスマン指揮 Ferdinand Grossmann (cond), ウィーン寺院管弦楽団 Wiener Domorchester
1963年4月、ウィーン
CD[BMG BVCD-3008-09] t=14'05
アウクスブルク大聖堂少年合唱団室内合唱隊 Kammerchor der Augsburger Domsingknaben, カムラー指揮 Reinhard Kammler (cond), コレギウム・アウレウム合奏団 Collegium Aureum
1989年6月

 


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2009/02/22
Mozart con grazia