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1784年はウィーンに定住したモーツァルトが自分の演奏会活動で忙しく活躍するようになり、そのためか「自作目録」を作り始めた。 この曲はその第11番目に、12月11日の日付で記載されているが、自筆譜には日付がない。 ただし、作曲にはその「自作目録」を作り始めた2月頃から取りかかっていたであろう。 初演についてはっきりしないが、翌年3月までの間に演奏されたと思われる。 1784年2月10日に父へ宛てた手紙には
今のところ、すぐにも、後になってからでなく、お金になるようなものを書かなければなりません。と知らせていて、その「お金になるもの」とは自作自演による最新作の発表演奏会用のピアノ協奏曲(K.449, 450, 451, 453, 456, 459)と推測され、さらに3月20日には柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」岩波文庫 p.99
これが私の予約者全部のリストです。 私一人で、リヒターとフィッシャーを合せたよりも、30人分も多く予約を取りました。 今月17日の最初の発表会は、うまく行きました。 広間はぎっしり一杯でした。 そして私が弾いた新しい協奏曲は非常に喜ばれ、どこへ行ってもこの発表会を誉めているのが聞かれます。と伝えている。 予約者は全部で174人であり、予約料金として1000フローリンの収入になった。 また、このとき発表された「新しい協奏曲」は「第14番 変ホ長調 K.449」(自作目録第1番)であった。柴田「手紙(下)」 p.100
さらに、この曲の演奏について次のように言われている。 1790年9月、モーツァルトは義兄でヴァイオリニストのフランツ・ホーファーと下男のヨーゼフの3人でウィーンを出発し、フランクフルト・アム・マインに旅だった。 その地で行われる皇帝レオポルト2世の戴冠式に際して、演奏会を開いて収入を得ようと考えたためである。 その頃、よく知られているように、モーツァルトは貧乏のどん底にあり、この旅行のための資金として、富豪ラッケンバッヒャーから千グルテンを半年の期限で借金しなければならなかった。 とにかく、その年の10月15日にフランクフルトでの演奏会で「ピアノ協奏曲第26番ニ長調 K.537」とこの曲(K.459)を演奏したと思われている。 そのため、「ニ長調 K.537」は通称「戴冠式」と呼ばれ、この「ヘ長調 K.459」の方は「第2載冠式」と呼ばれている。
「自作目録」には伴奏として、ヴァイオリン2、ヴィオラ2、フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、バスと記入されているが、そのうちトランペットとティンパニのパート譜は現存しない。 第1楽章はヴィオッティ風の行進曲のリズムで始まる。 アインシュタインは
第1楽章は行進曲のリズムでつらぬかれており、モーツァルトの他のどれよりも、強くヴィオッティのヴァイオリン・コンチェルトの影響下にある。と言い、浅井真男訳「その人間と作品」白水社 p.413
総譜は失われたが、トランペットとティンパニは、両端楽章に慎重に入れるのがよいであろう。 第1楽章はその《軍隊的な》輝きのために、無条件でそれらを必要としており、フィナーレのユーモアはそれらによって、あちこちでいっそうの効果をあげるだろう。と述べている。 中間楽章はピアノ、弦、木管がそれぞれ対話し合う情緒豊かなアレグレット。 終楽章の流麗で繰り返し現れる主題はハイドンの交響曲第78番フィナーレのテーマを用いたものと言われる。「その人間と作品」 p.416
作曲から2年後の1786年8月、モーツァルトは「第16番 ニ長調 K.451」と「第23番イ長調 K.488」とともに、この曲の写譜をヴィンターを介してフォン・フュルステンベルク侯爵に送っているが、その際「他人にこれらの曲を渡さないように」と願っている。 ヴィンター(Sebastian Winter, 1744-1815)はかつてモーツァルト一家が西方への大旅行をした際に、従僕として道中を共にした人物である。 その後、彼は故郷のドーナウエッシンゲンに帰り、そこでフォン・フュルステンベルク侯爵(Joseph Wenzel Furst von Furstenberg, 1728-83)に仕えていた。 そのような縁があってか、フュルステンベルク侯爵はモーツァルトの作品をいくつか注文している。 そして現在、フュルステンベルク侯宮廷図書館に貴重な資料が残されている。
第1と第3楽章の自筆カデンツァがあるはずだが、その所在は不明だという。 現在、自筆譜はマルブルク Westdeutsche Bibliothek にある。
■演奏
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CD[CD.509] t=27'56 ハスキル (p), フリッチャイ指揮ベルリン・フィル 1955年、モノラル録音 |
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CD[CLASSIC CC-1085] t=28'24 ポリーニ Maurizio Pollini (p), ベーム Karl Boehm 指揮ウィーン・フィル 1976年 |
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CD[WPCC-5277] t=29'59 ピリス Maria Joao Pires (p), ジョルダン Armin Jordan 指揮ローザンヌ室内管弦楽団 1976年12月、ラジオ・ローザンヌ |
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CD[CD.549] t=29'12 エンゲル (p), ハーガー指揮ザルツブルク・モーツァルテウム 1977年 |
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CD[TKCC-30210] t=28'19 ショルンスハイム Christine Schornsheim (fp), グレツナー Burkhard Glaetner 指揮ライプツィヒ新バッハ・コレギウム・ムジクム 1989年5月、ライプツィヒ・パウル・ゲルハルト教会 |
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CD[TELDEC WPCS 21219] t=28'19 ラビノヴィチ Alexandre Rabinovitch (p) 指揮, パドヴァ管弦楽団 1998年9月、パドヴァ、ジュスティ宮殿 |
■編成 p, fl, 2 ob, 2 fg, 2 hr, 2 vn, va, bs
■作曲 1784年12月? ウィーン
断片 37小節。 アインシュタインはK.466と関連させ、K.466aとしたが、自らその説を改め、「ヘ長調 K.459」の第2楽章のためとして、ここに位置づけた。
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