ここではモーツァルトの父レオポルトの誕生年(1719年)からモーツァルトの死の翌年(1792年)までのおもな出来事を並べている。
モーツァルトが5歳の1761年からは別に各年ごとのページを用意し、詳しいことはその年のページに記載している。
1719年
1720年
1722年
1723年
1725年
1727年
1728年
1729年
1730年
1731年
1732年
1733年
1734年
1735年
1736年
1737年
- 南ドイツの自由都市アウクスブルクから18歳の青年レオポルト・モーツァルトがザルツブルクの大学で哲学と法律を学ぶためにやって来た。
やがて彼は学業から遠ざかり、もともと好きだった音楽に熱中するようになる。
- 9月14日ローラウで、ヨーゼフ・ハイドンの弟ミハエルが生まれる。
- ミスリヴェチェク生。
1738年
1739年
- レオポルトが大学を除籍になった。ヴァイオリンが得意で作曲にも自信があったので、当地の名門貴族トゥルン伯爵の楽師として召し抱えられた。
彼は持ち前の勤勉さによって、音楽家として着実に地歩を固めてゆく。
- ヴァンハル生。
1740年
1741年
1743年
- レオポルトが宮廷楽団のヴァイオリン奏者(無給)に採用された。
整理された合理的教授法、的確な指摘、厳しさと粘り強さ、幅広く豊かな教養。
レオポルトは職人的音楽家というだけでなく、優れた教育者として成長する。
1744年
- 1月29日、フランツ・ヨーゼフ・ブリンガー誕生。
ミュンヘンで司祭の教育を受け、ザルツブルクでアルコ伯爵家の家庭教師となった。
モーツァルト家とも親しく、1778年パリでモーツァルトが母の死に直面したとき、父にすぐその事実を知らせるのをためらい、まずブリンガーに伝えたことで有名。
- ラム生
1745年
1746年
1747年
- 11月21日、レオポルトはアンナ・マリア・ペルトゥルと結婚。
彼女は幼少の頃、村役人の父を失い、母とザルツブルクに移り住んでいた。
几帳面で努力家のレオポルトに対して、アンナ・マリアは快活で楽天的。
素朴な庶民性と冗談好きなところがヴォルフガングに引き継がれたようだ。
後にレオポルトが感慨を込めて振り返っているが、二人の結婚は幸せだった。
- シーデンホーフェン生
1748年
1749年
1750年
- 8月18日レニャーゴでサリエリ誕生。
- セバスチャン・バッハ死
1751年
1752年
1753年
1754年
1755年
1756年
- 1月27日夜8時、ザルツブルクのゲトライデガッセ9番地、ヨハン・ローレンツ・ハーゲナウアの家で、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが誕生。
現在この生家は博物館になっている。
翌28日、ザルツブルク大聖堂で洗礼を受ける。
フルネームは、ヨハネス・クリュソストムス・ヴォルフガングス・テオーフィルス・モーツァルト Joannes Chrysostomus Wolfgangus Theophilus Mozart。
旧市街のモーツァルト生家(ザルツブルク)
- 7月、父レオポルトの「ヴァイオリン教程」がアウクスブルクで出版された。
ヴァイオリン演奏法の名著として有名となる。そのフランス語訳は1770年パリで出版される。
後に息子ヴォルフガングが22歳の1778年、母と一緒にパリを訪れていた際、店頭でその訳本を見つけ、父に報告する。そしてその1ヶ月後、母はこの世を去る。
- 【生】トーマス・リンリー
1758年
1759年
- 父レオポルトが娘のナンネルのためにクラヴィーアの練習用「ナンネルの楽譜帳」を作った。
姉の練習を聴いたヴォルフガングは自ら3度の和音を弾き出した。
- 【生】ヨゼファ・ホーファー、パラディス嬢
- 【没】ヘンデル
1760年
- ヴォルフガングも父から「ナンネルの楽譜帳」でクラヴィアのレッスンを受け始めた。そしてモーツァルトの初期の作曲がこれに記録されていく。
- この頃、アロイジア・ウェーバー誕生?
1761年
1762年
1763年
1764年
- レオポルト重病。チェルシーで療養。
- 【生】ストリナザッキ
1765年
1766年
- 年末、3年半ぶりにモーツァルト一家はザルツブルクへ帰郷。
- 【生】ジュスマイヤー
1767年
- 第2回ウィーン旅行。最初のピアノ協奏曲
- 【没】ショーベルト
1768年
1769年
- 第1回イタリア旅行
- 【生】キルヒゲスナー嬢、ロビニッヒ夫人
1770年
1771年
1772年
- 第3回イタリア旅行。オペラ「ルチオ・シラ」
- 【没】ハフナー
1773年
1774年
- 第2回ミュンヘン旅行。ピアノ・ソナタ「デュルニッツ・ソナタ」
1775年
1776年
1777年
- 母とマンハイム〜パリ旅行
- 【没】アードルガッサー、ヴァーゲンザイル
1778年
- アロイジアに恋する。マンハイム・ソナタ集
- 7月3日、母アンナ・マリアが旅先のパリで死去。
(右の写真は葬儀が行われたパリのサン・トゥスタシュ教会。
遺体は教会付属の墓地に埋葬されたが、その墓地は7年後に廃棄されたため、墓は残っていない。)
- 【生】フンメル
- 【没】ガスパリーニ、トーマス・リンリー
1779年
- 失意の帰郷。セレナード「ポストホルン」
- 【没】コンスタンツェの父ウェーバー
1780年
1781年
- オペラ「イドメネオ」。コロレド大司教と決別。ウィーンで独立
- 【没】ミスリヴェチェク
1782年
- 「後宮からの誘拐」。多数のピアノ曲
- 8月4日、聖シュテファン教会でコンスタンツェと結婚。
(右の写真は聖シュテファン教会)
- 【没】クリスチャン・バッハ、メタスタージオ
1783年
1784年
- 自作目録を作り始める。フリーメーソンに入団
- 8月23日、姉ナンネルがゾンネンブルクと結婚。
- 9月21日、息子カール・トーマスが誕生。
- 【没】マルティーニ、フリーデマン・バッハ
1785年
- 父がウィーンを訪問。フリーメーソンの曲を多作
- 【没】ヴァイザー
1786年
- オペラ「フィガロの結婚」。モーツァルトの人気は次第に落ちる。
- 【生】カール・ウェーバー
- 【没】ロドロン伯爵夫人
1787年
- 二度のプラハ旅行。オペラ「ドン・ジョヴァンニ」
- 5月28日、父レオポルトがザルツブルクで死去。 (右の写真は墓碑)
- 【没】グルック、アーベル、ハッツフェルト伯爵、バリザーニ
1788年
1789年
- ベルリン旅行。クラリネット五重奏曲
- 【没】アルベルト
1790年
- フランクフルト旅行。オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」
- 【没】姉ナンネルの夫ディッポルト
1791年
- 「魔笛」、「レクイエム」
- 12月5日、モーツァルトの生涯が閉じる。
(右の写真はウィーンの聖マルクス墓地にあるモーツァルトの墓標)
- 【生】息子フランツ・クサヴァー
- 【没】ホーフデーメル
1792年
- ジュスマイヤーが「レクイエム」を補筆完成。
- 【没】ハーゲナウアー、ジャカン
2007/09/06